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13話 異世界で手に入れたものと残してきたもの。

『……ふぇあぁ~い』


 ………。

 異世界通信における第一声がそれで、俺は一瞬頭の大事な血管が切れそうになった。

 襲撃から一夜明け、身を案じた俺が翌日の昼にわざわざ時間を割き、資料室の鍵をハルカゼに借りた上で、神剣を使って連絡をとったという状況で……アリシアのこの返事だ。

 おい『赫剣のアリシア』。王国の誰もが羨む世界に四人しかいない神剣使いが、今、何度寝だお前。


 ……何でわざわざアリシアに神剣通信を入れているかというと、午前中の休み時間中にて、すれ違いざまに魔王……樫和木が俺に告げた、


「あの忠犬と連絡を取らなくていいのか? 或いは、あの『影』が何らかの力が加わった本人であるかもしれぬし『影』が彼奴の能力の具現体なら、なんらかの波及があってもおかしくなかろう。貴様も手負ったが奴もまた胸板に大穴を空けていた、最悪、それによって奴が死にでもしていたら……ククク、余にとっては都合が良い話ではあるのだがな。一人を欠いた勇者共が、余を退け得る力を、あ、うん、すぐいく! 待って! みっちゃん、大きいの選ばせて!」


 という言葉に起因していた。確かに一理あるし、その可能性は考えていなかったので通信で安否を確かめることにしたのだ。

 ちなみにザッハトルテはなるべく大きいのを選べたらしい。知るか。


「アリシア」

『……ひぁわぁ~い』

「――ゼグルーン皇国第一特別騎兵属セト・クズキリの名を以って命ず!! 今すぐ覚醒せよ!! 復唱ッ!!」

『――は、はいっ!? あ、寝てません!! えっ!? あっ!? ゼグルーン皇国第一特別騎兵属アリシア・ファイルカスタム命じられます!! 今すぐ覚醒します!!』


 ……ガッタンゴットン何かが倒れる音と、ごっすんごっすん頭やら身体やらを打ち付ける音がする。


「覚醒の後、顔を洗い、服を着替えよ!! 復唱ッ!!」

「覚醒の後、顔を洗い、服を着替えます!!」


 ……バシャバシャと水音が聞こえ、ごそごそと服を脱ぐ音がする。

 だが、しばらく経ったところで何故か全ての音が消え、すすり泣くような声に変わる。


「……?」

『――あ、あの、あのですね、セト様。その、詰め所は、周り、みんな男の人、なんですけど、このまま、全部脱いで、着替えないといけないでしょうか……み、みんな見てますけど……わ、私下着姿になって、晒し者でありますが……!!』

「お前詰め所で居眠りしてんのかよ!! アホか!! 着ろ!!」

『りょ、了解であります。皆さん、み、見ないでいただけるとありがたく……!!』


 てっきりいつも通り宿で寝てるものと思って命令したのだが、いきなり騎士団の詰め所で脱ぎだした痴女を作り出してしまったらしい。これって俺が悪いのか!?

 しくしくと泣きながら服を着終えたらしく、眠気の飛んだアリシアが通信越しに尋ねてくる。


『……お目汚しをしてしまいましたであります』

「いや、こっちからは見えないし、逆に悪かった」

『そ、そうでありましたか。では、ちょっと安心でありますね。どちらかと言えば周りの皆さんが無言で唖然としていたのがショックであります……』


 そりゃ、自分の上官がいきなり脱ぎだしたら引くだろう。俺だって引く。自分の上官がいつでも出撃出来るようにと待機している騎士団詰め所で思いっきり寝てても引くが。

 後、アリシアは身体だけなら胸も尻も極端に暴力的な身体をしてるから、単純に禁欲状態にある詰め所騎士達には刺激が強すぎたんじゃなかろうか。ある意味で最大の被害者である騎士達に少しだけ同情した。せめて色々捗ることを願う。


『はい、ところで何でありましょうか! 定時報告でありますか!』


 さっきの今で切り替えの早い忠犬だと思う。多分耳と尻尾が生えていたらブンブンと全力で振られてるんだろうな。

 ただ、本人が元気なのが分かったので既に半分以上の目的は達成しているとも言える。一応詳しく聞こうとは思うが。


「ちょっとな。お前に関わってくる状況に巻き込まれてるんだ」

『へ? 私にでありますか?』

「ちょっと長くなるが、寝ずに聞けよ」

『りょ、了解であります』



 ――説明を終えるまで、不自然な無言が二回あったので声で叩き起こしたが、なんとか全ての事情は飲み込めたようでアリシアは通信の先でふむふむ、と納得したような声を出した。


『それは、お手を煩わせて申し訳ないでありますね、セト様』

「……お前が謝らんでも。本当に直接お前に関係ない話だからな。ただ、味方に居ると心強いが、敵に回してみて厄介な奴だなとも思ったよ。どの時点でのお前の『影』なのかわからないが、いい勝負にはなってた」

『……不謹慎ながら、恐縮でありますね。騎士として研鑽を褒められるのも、セト様のパーティの一員として敵に回したくないという賛辞も、私にとってはこれ以上ない程の誉れであります故』

「だから逆に、完全に取り逃したことでちょっと厄介なことにはなってる。『クァグラム』こそ所持してないが、擬似的に『紅蓮剣』は使ってくるようだったしな」

『ほぇー。良く出来た『影』でありますね』


 感心したように言うが、状況はそれほど芳しくはない。

 異世界で誰を敵に回したくないかといえば、同じパーティにいた三人と、剣の師匠がすぐに挙げられる。流石に最後まで付き合ってくれた三人は超越者(アブソリューター)の俺より秀でた部分をいくつも持っていたし、剣の師匠に至ってはもはや語りたくもない。顔を思い出すだけでしごきを思い出して吐きそうになる。

 そんなアリシアを、不完全とは言え模した相手と、色々と制限が加わった状態で戦わないといけないというのは、少しだけ気が重い。『影』のアリシアが本物のアリシアに波及を齎さないと分かった時点で少しだけ安心はしたが。


『ですが、セト様なら大丈夫でしょう。私よりも劣るのならば尚更、そのような困難、必ずや打ち倒してくれると私は信じておりますよ』

「ありがとな」


 俺はその裏表のない賛辞を聞いて、少しだけ心が落ち着くのを感じた。異世界から再召喚されて少ししか経っていないが、その声が側にあった頃がかなり懐かしく感じられた。


「……あー。良く考えたら、お前のそういう所に、結構そっちに居た頃に助けられてたかもしれないな」

『そうでありますか? でしたら、それもまた、私の幸せでありますよ』

「……最後まで良く着いて来てくれたな。万年寝不足のお前は結構キツかっただろ、冒険」

『あはは、まだ早いでありますよ。その言葉は、冒険に決着が着き、魔王からこちらの世界を救ったときに、また聞きたいものでありますね』


 その魔王、多分今ザッハトルテで口の周りをべっちゃべちゃにチョココーティングされてるけどな。

 ……これ伝えるべきなんだろうか。未だに悩んでるんだけどどう思うよ。真面目なアリシアを必要以上に悩ませたくないっていうのもある。

 ああそうだ、あっちの世界を救うで思い出した。


「なあ、アリシア。宮廷魔術師の長って今もゼンアードか?」

『はい、そうでありますね。魔術師長はゼンアード殿であります。何かご伝言でしょうか?』

「ああ。俺をさ、そっちに呼び出したときの魔法陣って、同じものを用意出来るか聞いておいてくれるか。折を見てそれを利用してそちらに帰るかもしれない、とも伝えておいてくれ。それと、くれぐれも俺の指示なしに再々召喚だけは勘弁してくれとも伝えておいて欲しい」

『そうでありますね。そちらとの世界の境界の話となれば、軽々しく召喚を使うわけにもいかないでありますからね』

「それでも、必要な時は使わざるを得ないだろう。本当に必要になれば、手勢が必要な側の世界に、戦力を固めるかもしれない」


 そうか、そういう考えもあるかもしれないと自分で言って気がつく。

 二つの世界のどちらを優先するかという考えではなく、両方救う必要があるのだとしたら、少なくとも行き来が出来そうなこの世界とあちらの世界は戦力を寄せることも考えていいだろう。

 ただ、それによって世界の歪みというか、そういう物に影響があるかもしれないから、それは最後の手段と思っておくが。


『分かりましたでありますよ。しっかりと伝えておくであります』

「頼んだ。苦労掛けるな」

『今更でありますよ。初めて城を出たときからの付き合いでありますから。あ、それでは……』


 何かを思い出したようにアリシアは付け加えてくる。


『……逆に、一つだけセト様にお願いをしてもよろしいでありますか?』

「ああ、いいぞ。お土産なら眠くならないガムをもう買ってある」

『マジックアイテムでありましょうか、それは。楽しみにしているでありますが……お願いというのは、もし『影』が私を模した姿をしていて、万が一それを倒すことで私に波及効果があったとしても……セト様のご判断で、お切り捨ていただければと思うのでありますよ』


 ……一瞬、言葉に詰まる。

 あっさりと告げてくるアリシアに、上手く返事が返せなくなった。

 通信が言語だけで良かったと思う。多分、今俺は最高に妙な顔をしているだろう。


 その俺の様子を悟っているのかいないのか、アリシアは構わず続ける。


『私の命は、この城の外でも何度もセト様によって救っていただいたであります。今でこそ、勇者のパーティの一員として、ファイルカスタム公爵家の名に恥じぬ働きをさせていただいておりますが、所詮は末っ子、あのときセト様が私をお誘いいただけなければ恐らくは公務もままならず、放逐されていたでありましょう』

「……いや、そんなことは、ないだろ」

『いえ、そういう意味では、民と同じように、私もセト様に命を救われた一人でありますゆえ。セト様が世界のため、己のためと思うのであれば、切り捨ていただければと思うのです。セト様はその決断をされるとき、ギリギリまで悩んで、ギリギリまで苦しんでからの決断となるでしょうから、それはきっと仕方のないことなのでありますよ』

「……アリシア」

『とは言っても、セト様のことですから、中々にそのような決断は難しいかと思ってもおります。ですから、心に留めておいていただくだけで結構であります。――アリシア・ファイルカスタムは、セト様のパーティの一員として、この身を勇者の決断に委ねることを、この剣に誓うであります』


 カチャ、と剣を額に添える、ゼグルーン皇国式の敬礼を行っているのが分かった。


 大きく息を吸い、吐く。流石に、そこまでの覚悟で宣誓されると、俺も目頭が熱くなる。

 頼りになるパーティメンバーは、三年という冒険の中で俺や仲間と、かけがえのない絆を結んでくれた。そのことが、或いは俺の研鑽やステータスよりも重要な、勇者としての力なのかもしれないと、このとき改めて思った。


「……分かった。その覚悟、確かに受け取った」

『この魂は勇者様と共に、であります』


 俺は机の上で、黙ってシャーペンを額の前で掲げて、その勇者パーティの一員に礼を返した。


『……またお暇があれば通信いただければと。あ、後ですね、私ばかりに通信をせずに、同じ神剣持ちのグラッド殿やシンラ殿にも通信をしてあげて欲しいであります。特にグラッド殿でありますが、傍から見てて可哀想なくらいセト様がそちらの世界に旅立って意気消沈しておりますゆえ』

「……何だそれ。今あいつどうなってんの」

『何でも『オレの終生のライバルが異世界に逃げ、オレは剣を持つ意味を失ったッ……今すぐ殺せッ……!!』とシンラ殿に迫ったとか何とか。男のツンデレはすこぶる面倒でありますなー』

「本気で気持ち悪いので殺してやってって俺からもシンラに言おう……」


 あいつ異世界に居た頃から鬱陶しかったが、俺がこっちに来てから鬱陶しさに拍車が掛かってるな。

 何かとライバルライバルうるさかったので俺がいなくなってせいせいしてるかと思ったら完全にこじらせてやがる。本気であいつと通信するのが怖くなってきた。何言われるんだろう。


『シンラ殿もシンラ殿で、その茶番に付き合って最後は『……セトが戻ってくる事を信じよう』というところに収まるであります。ちなみにこの茶番、暇な兵士がカウントしたところ六時間に一回、日に三回はやってるらしいでありますよー』

「公演か何かか」

『両者とも、私とは違う形でセト様を慕っていたでありますし、少し声を掛けてあげても良いのでは、と思うでありますね、私は』

「……気が向いたらな。あと、絶対に俺が連絡しようとしてたとか言うなよ。剣を片手に一晩中待たれても困る」


 今のところセーナはアプリのインストールまでは出来ないみたいだが、絶対に既読表示が出るタイプのアプリは入れるまいと心に誓う。


『セト様は大変でありますね、では失礼するであります。公務に戻ります』

「……寝るなよ」

『りょ、了解であります!! もちろん、寝ませんし、寝ていたことはありませんので!! それでは!!」


 ――ぶつりと通信が切れる。

 俺は嘆息して、シャーペンを回すと、胸ポケットに仕舞った。


 少しだけ笑みが溢れる。あちらの世界もそれなりに平和だということが分かれば、そしてあちらの世界で生きてきた俺の歴史がそのまま残っていると思えば、こちらの世界を救うことに集中出来る。


 丁度そこで昼休み終了五分前のチャイムが鳴り、俺は資料室を出た。

 課題は山積みだが、今までだってそうだったし、今はもう異世界に召喚されたての頃の、何も出来ない自分ではない。

 だったら、一つずつ崩していってやろうじゃないか、と前向きに生きる事が出来ることこそ、あちらの世界で得た一番のスキルなのかもしれないと、少しだけ思った。

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