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10話 彼女が呼んだ理由、俺が呼ばれた理由。

 ……気まずい。

 かれこれ十分はハルカゼと会話がないまま、繁華街を来た道と逆方向に歩いている。


 一応安全なところまでと言った手前、ハルカゼの家まで送ることにしたのだが、それにしても到着まで何も語らないつもりだろうか。っていうか高校の方向って言われたんで高校に戻ってるんだが、こっちで合ってんのか?

 どこか釈然としない物を感じながら振り返ると、やはりハルカゼは無言で俺の後を着いて来ている。

 てっきり「お、遅いですよ、従者の自覚があるんですか」とか「お、襲われるまで潜んでいたんじゃないんですか」とか何らかの皮肉の一つも飛んでくるんじゃないかと思っていたんだが、それもない。ないのが逆に不安になる。調教されすぎじゃないか、俺。


「あ、あの」


 いや、ついに来た。袖を引っ張られて停止を求められた俺はギギギと無理やり首を動かして振り返る。さっきのお兄ちゃん達に殴られた時と同じようにある程度覚悟は出来ているから致命傷にはなるまい。


「……あ、ありがとう。ござい、ました」


 礼を言われた。どういたしまして。


「………」

「………」

「……?」


 何らかのオチを期待していたのだが、特に無いらしくてハルカゼは俺が首を横に倒して疑問を表現するのに合わせて、同じ方向に首を倒した。無駄に可愛いからやめろ。

 ……おかしい。こんなのハルカゼ違う。勇者を召喚した初日から奴隷やら下僕やらにカテゴライズして、アイテム欄で無限使用出来る全体回復アイテムが如く酷使してくれたマスター様は一体どこにいった? もしかして絡まれてる最中に俺と同じように頭でも殴られたんだろうか。

 いや、まあ多分だけど、それくらい絡まれたのが怖くて今一時的にショック状態なんだろうなというのはかろうじて分かる。現に今俺の袖を掴んでる手が若干震えているし。


 こういう光景を、異世界では実は何度も見てきた。

 そのときの加害者はそれこそ、命を奪う事を何とも思わない魔族であり、さっきの連中より何倍も性質(たち)の悪い相手だ。そんなものと相対することになって、何らかの形で助けられたとしても、命が助かったという実感が訪れるまでは少しブランクを必要とする。そのブランクの間は、誰だってこういう恐慌状態に陥るものだ。


 俺はその手を取って、温めるように握った。それにすらビクついて、ハルカゼは手を引こうとする。

 生憎カンストこそしなかったが、腕力のステータスは勇者パーティでも二番目に高かったんだ。いかにレベル99の限達者だとしても、クラスが高位魔術師ハイ・ウィザードなら腕力は普通の人間と変わるまい。内心でいつものお返しとばかりに手のひらを握りこんでやると、ハルカゼは抵抗を諦めて大人しくなった。


「効くだろ」

「……え、え?」

「手のひらが温まると、人って安心するんだってよ。いい年こいてやたら俺と手を繋ぎたがる俺のパーティメンバーの一人が言ってた。逆に緊張すると指先って冷えるとか、なんとか」

「……あ、あちらではモテてたんですね」


 あちらではといういつもに比べたら弱々しい皮肉が交じる当たり、いつものハルカゼが少し戻ってきてるのかもしれない。

 俺はその皮肉に片頬を持ち上げて笑う。


「生憎、そいつ男だよ。いつまで経っても俺をガキ扱いする、侍みたいなやつだった」

「お、男の方と手をつなぐ様は、ちょ、ちょっとキツいですね……」

「その癖、戦闘に関しては俺を崇拝してて『剣術で身を立てるにはどうしたらいい』って質問に俺が『毎日真剣に集中して剣の素振りを回数こなしてみろ』って助言をしたら、熱が40度近くある時まで忠実にこなしやがってな」


 しかも千単位でだ。普通に集中してたら数百でも辛いのに、数千ってなんだ。加えて結構体に負担の掛かる行軍訓練の最中にやらかしてたらしい。以来俺は軽々しくそいつに助言をすることをやめた。

 他にも、こっちの世界に居たころ地属性は創作でいつも馬鹿にされていたという俺の情報を受けて、格好いい地属性である為に日夜修行を積んだり、完全なるアホであったことが思い出される。


 異世界を離れて、まだ少ししか経っていないのに、随分と昔のことのように思える。まだ思い出そうと思えばその仕草や表情までを鮮明に思い出せる程度には覚えているが、一度何らかの形で顔が見える通信方法は探しておいた方がいいかもしれないとも思った。

 懐かしさと語るエピソードの中の仲間のアホさに、俺は思わず久しぶりに心から笑ってしまった。

 それを、ハルカゼは珍しいものを見たような視線で見てくる。


「……そ、そんな顔で、笑うんですね」

「まあ、俺も勇者である前に人間だし……それに別に好きでいつもしかめっ面してるわけじゃないからな。お前があれこれ命令するから、渋々従ってるせいもあるんだからな。久々に資料室整理がないと思ったら、お前が飲む紅茶に添えるジャム買いに街まで来るくらいに調教しやがって……」

「あ、え、あ……ごめん、なさい」


 ……おや?

 これは何か本当に予想外の反応だ。感謝されたと思ったら今度は謝罪とか。


 手を握ったままハルカゼの胸元を見ると、買い物袋が、俺が握っている手とは反対の手に抱かれていた。紙製の買い物袋にはご丁寧にジャムの絵が描いてあり、ハルカゼが街に出てきたのは俺と同じ理由からであったことが分かる。なおさらバツが悪くて、俺は頬を掻く。

 罵られることと礼を言われることには慣れているが、謝罪をされるという経験は勇者に不足していたので何を言っていいか分からずに言葉を探していると、蚊の飛ぶような小さな声でハルカゼは呟く。


「……セトさん、もう少し怖い人だと、思ってました」

「俺はお前の方が百倍怖いと思う」


 素直に言うとハルカゼは何が可笑しいのか小さく笑ってから、大きく息を吸い、吐く。


「……怖かったです」

「安心しろよ。テンプレ的な展開にはテンプレで対抗出来るくらいの力は、あっちで着けて来てるから」

「……そ、そうじゃなくて……セトさんが、です」

「…………いや、何でそうなる」


 俺が抗弁すると、ハルカゼは慌てて取り繕うように視線を彷徨わせる。


 とりあえず歩きながら話そうか、と提案すると、わたわたと手を遊ばせた後、先に歩き始めた俺に追いつくように着いてきた。


「あ、えっと、違う、違くて、ですね……私は、セトさんが……勇者を召喚することが、怖かったんです」

「……どういうことだ?」

「……ど、どうしましょう。話すと、少し長くなりそう、なんですけど」

「いいから聞かせろよ。そこまで聞いておいて残りは次週ってなるのはバラエティ番組だけで充分だし」


 何より、会話がないよりマシだし、自分の話ならなおさら興味がある。

 近寄りがたいと言われたことがあるが、その原因が怖いっていうのは初めて聞いた。どちらかというと愛嬌がある類の顔をしてると自分で思っていたが。妹からも良くキモカワ系って言われてたし。褒めてねえよなそれ。


 だが、俺についてどんな話が聞けるのかと思っていたら、話はもう少し深いハルカゼの生い立ちから始まった。

 恐らく、ハルカゼ自身も、唐突なハプニングでまだどの情報を俺に話していいかの整理がついていないからこそ……この一ヶ月近く隠していたその内心を話してしまったんだと思う。


「……私は、両親が魔術師でした。わ、笑っていいですよ、『魔法使い』だったんです。ただ、私は魔法を使っているところを誰も見たことがなかったそうですけど……魔術師だった『らしい』んです」

「そう、らしい、ってことは、会ったことは?」

「なかったです。両親は幼い私を祖母に預けて、あちこち忙しく魔術師としての活動をしていたみたいですから……あ、そこ、右です。近道、です」


 高校へ戻る道をハルカゼが指示する。街の方には余り来ないので当たり前かもしれないが、俺の知らない道を通りながらハルカゼは昔を思い出しながら言葉を続ける。


「祖母の家には、父母が記した魔術書がありました。父母に会えなかった私は少しでも父母の事を知りたくて、それを読みふけっていました。魔術や魔法の成り立ち、類型や分類、歴史的意味から何から、その本には魔術師の全てが詰まっていました。ぜ、全840巻ありましたけど、十歳になる頃には全て読み終えていました」

「『(なん)こち亀』だよ。本の虫にも程があるだろ。両親も良くそんだけ書き残せたな」


 呆れて言うが、この世界に限達者の高位魔術師ハイ・ウィザードが存在した理由は少しだけ理解出来た。それでも、机上の理論だけで完全に魔法を修めきれるわけはないので、単純にハルカゼ自身が素養があったとしか思えない。

 あちらの世界でも何年も修行を重ねてようやく高位魔術師ハイ・ウィザードに認定されるというのに、実践もなしでそれを極めきったハルカゼは魔術師としてのサラブレッドだったのかもしれない。あるいは、その魔術書が優秀過ぎたかどっちかだ。

 多分両方だろうな、と傍らを歩く小さな少女を見て思う。


「……だからかもしれません。いつからか、もう両親がこの世界に居ないことが分かったんです。一度も会えなかった両親はきっと、どこかの世界に旅立ってしまったか……あるいは死んでしまったかしたんだって」

高位魔術師ハイ・ウィザードだからな、多分だけどそれくらいはやろうと思えば出来ると思う。世界における在不在や有無に解答が出せるかもしれない唯一のクラスだってあっちでは言われてたし」


 まあその有無の証明って実は悪魔の証明で、事象をボカしておきたかった国家が総出で魔術師を狩る魔女狩りが行われたり、中途半端な覚醒で適当なことを言った魔術師のせいで国家が転覆する原因になったりしていたので、一概に優れてる能力とは言いがたいけど。

 実際、限達者であるレベル99高位魔術師ハイ・ウィザードのハルカゼをしても、両親の不在をなんとなくでしか感じられなかったのだから、天気予報の「明日は雨が降るから傘を持って出かけてください」程度の信憑性なのかもしれない。

 ああ、成る程、その情報で少しだけ話しが見えてきた。


「……だからか。『世界の危機』があるかもしれない、来るかもしれない、とか曖昧なこと言ってたのは」

「そ、そうです……すいません」


 逆に、不謹慎ながらハルカゼがこうやって弱ってくれてよかった部分だと思った。こんな状態にならなければ、その肝心な部分を一生聞き出せなかったかもしれない。

 ある意味でこいつはこいつで、自分の中だけで問題を処理しようとしていたのだろう。だから、俺の同情を引かない形で、命令という形を取って自分が嫌われるように仕向けていた。まあ、そこまでは俺の考えすぎかもしれないが、あながち間違ってもいないだろう。


「……実は一度、セトさんの前に勇者を召喚しようとしたことが、あったんです」

「俺の前に?」

「はい……成功、しましたけど。……すぐに、元の世界に帰ってしまいました」


 異世界からの再召喚で、ですね、と少し悲しそうな表情で言う。成る程その手があったか、と俺は少しだけ感心した。まあ、あちらへの召喚はハルカゼがしたものより大掛かりな魔術を必要としていたから一朝一夕では無理かもしれないけど。

 それに、その勇者が帰るのも無理はない。勇者にだって、勇者の都合がある。こちらの世界はある程度平和なので、しかも学生であれば尚更一人一人の存在にそれほどの重きを置いてはいない。それはある意味では悲しいことで、ある意味では救いだと思う。いてもいなくてもいいっていうのは人を傷つけるのと同時に、人を責務から解放する。

 でも勇者は違う。基本代替が利かない。その勇者はその世界を救う為に存在しているのだから、勇者が居なくなることでパワーバランスが著しく崩れれば世界の終焉すら起きうる。

 事実、俺の場合魔王がこちらの世界に飛ばされてなかったら形勢は危うかっただろう。一気に滅ぼされるとは言わないが、ジリ貧くらいにはなってたかもしれない。


 そして、その勇者はハルカゼに罵詈雑言を放っていったのだという。

 それは恐らく、俺が内心で何も説明しないハルカゼに叫んでいた罵詈雑言と同じ類のものだと思った。

 ハルカゼも、自分が悪いことを理解していたし、その罵詈雑言の正論の方が正しいことも理解していた。だからその勇者を強くは引き止めず、元の世界に帰してしまったんだ。まだその頃、ハルカゼには他人に嫌われ、憎まれる覚悟が出来ていなかったから。


 俺は、その独白に何も返せずに、ただ世界に対して少しだけ敏感な少女が生まれてしまった不幸に、嘆息した。

 世界の危機を察知出来ない鈍感さがあれば、世界に危機が訪れていることを知ってしまった上でもそれを見過ごす図太さがあれば、もう少し楽に生きられただろうにと思う。


「……だから、俺に対してはドSに振る舞ってたんだな。わざと嫌われて、本当に憎まれるところまで覚悟して。召喚呪文に隷属の為の仕掛けまで施して」


 言いながら右手を振る。そこには隷属の証の紋章が赤く光っている。

 ハルカゼは素直に頷いた。


 俺は尚更、大きく、大きく溜息を吐いた。

 最初からそう言えというのは、正直な俺の感想だった。

 だが、それは二度目の召喚をどうにか『世界の危機』を退けることと結びつけたいハルカゼにとっては、取れない策でもあったのだろう。

 俺がどういう人間か、あるいは勇者かは分からなかっただろうし、今はともかく最初は俺もあっちの世界に早く帰せと思ってたしな。


 俺の嘆息に、ハルカゼは小さい体を尚更縮めて、背中を丸くして怯えたように震えている。


「昔から……さっきみたいな、人に、絡まれることも、多くて……だから、その、きっと私には、怖い人しか寄ってこない、そういう運命なのかなって、思ってて……」

「危機とかへの感度が高いから、自然そういう方向に吸い寄せられるんだろ」

「そ、そうなのかも、しれないです……」


 弱々しく言ってみせるハルカゼの姿は、今までのそれと明らかに違い、小さく弱いものだった。

 さっきから本来のハルカゼに早く戻れと思っていたが、もしかしたらこっちの方がハルカゼの本来の姿なのかもしれない。

 俺が最初にハルカゼに抱いた、冷たい熱湯のような矛盾した印象は、そうやって生み出されたものだったのか。よく考えたらドSなのにどもる(・・・)ってちょっとありえない組み合わせだよな。


 そう考えると滅茶苦茶無理してたんだなこいつ。

 しかも完璧に完全に無駄な無理を。誰もが辛いだけの無意味な無理を。


 ……なんとなく分かっていたけれど、ハルカゼが怖い人間に吸い寄せられるのと同じように、俺にはアホしか集まってこないらしい。


 俺は、呆れて溜息を吐きながら、シュンと小さくなるハルカゼの頭に手を載せる。

 その手を載せるのにもビクリとしやがる。本来はどんだけビビリなんだよ。


 諭すようにゆっくり、言葉を重ねる。


「……お前はさ、凄いよ。『世界の危機』があるって知って、俺を呼んだんだろ。俺なんか、今でこそ勇者やってるけど、こっちの世界にいる頃はずっと待ってるばっかりだったしさ。偶然それが異世界に繋がる召喚術に巻き込まれる事が出来ただけで、自分から何かをしたわけじゃない。そう考えると、俺よりお前の方が凄いんだから、安心しろ」


 子供をあやすようにポンポンと何度か頭を撫でてやると、安心したのかぽーっとした表情で俺の顔色を伺ってくる。

 ぷるぷると震える様にチワワを連想してしまい、少しだけ笑いそうになりながら、続ける。


「んでさ、もうそろそろ演技やめていいぞ」

「え、え?」

「だって、お前の言い分が、自分がどうしても成したい……『世界の危機を退ける為に手駒として勇者を欲してる』んなら、そんなしおらしいこと言ってたら、明日からその勇者は従ってくれなくなるかもしれないだろ。流石に俺はそれには騙されねーぞ。そんな一貫性のないことを、俺を召喚したクソ性格の悪いマスターがするわけないと俺は見抜いた。流石俺、冴えてる」

「え、え、え?」

「……まあ、あっちの世界の方の危機は、今のところただの無害な幼女に成り下がってるからな。いざとなればお前にあれを拘束してもらってる間に神剣で心臓貫けば良い話だし。だから、それまでは付き合ってやるって言ってんだよ」


 疑問符を大量に浮かべるハルカゼにも分かるように、直接的な協力の意思を告げる。やべえ、少しだけ頬赤いかもしれん。

 ハルカゼの言う脅威や危機が本当にあるかはわからないし、それがあの魔王でないという確証はどこにもない。

 ただ、それだけの覚悟で召喚した勇者が俺であるなら、異世界の平和が担保されている今、それに手を貸さない勇者もまた存在しないだけの話だ。


 悪いが、俺は勇者だ。

 異世界を救う事が出来た唯一の勇者であるのと同時に、ハルカゼという召喚主にこちらの世界を救うことを願われた勇者だ。

 以前の、異世界に飛ぶ前の俺なら、無責任に投げ出していたかもしれないが、生憎もうレベルも255のどこに出しても恥ずかしくない勇者になってしまっている。だから、この世界にも危機があるなら、救わざるをえないだろう。

 

「……以前、俺に向かって言ったよな。こっちの世界を見捨てるなって。いい喧嘩文句だと思うぞ、ガッツリ効いた」


 結構刺さったんだぜ、あの言葉、と自分の胸を指して言う。


「だからな。俺がこの世界を救うまで、俺に嫌われたとしても俺を逃がさないでおけよ。それまでは、最高に嫌々お前の命令にも従うし、ジャムくらいなら買いに行ってやるから。たまに労うくらいのアメがあってもいいとは思うけどな」

「……セト、さん」

「安心して、使い倒せよ。マイ・マスター」


 ハルカゼは、何かに耐えるように大きく一回震え、そして最高に明るい笑顔で答える。


「わかりました、マイサーヴァント。明日から、美味しいロシアンティーの淹れ方から、みっちり教えますから……」

「いや、待てそれからかよ」

「大丈夫です、0.01度までは誤差にしますから」

「何気に最初の時より誤差の範囲狭まってんぞおい!!」


 ドSの振りをして横暴に振る舞うハルカゼの顔に、異世界で救ってきた何人もの人と同じ笑顔が灯ったのを見て。

 ……まあ変則的ではあるけれど、こういう形で救える人間もいるのだなと思い。

 同時に、その顔が心から見たいと思えるから、俺は勇者としてやってこれてるんだろうなとも思った。



 やがてハルカゼの家まで着き、彼女は門を潜って自分の家の前まで歩いて行く。

 結構なお屋敷なのは、果たして両親の功績だろうか。町並みにそぐわない木製の、まさに魔女の家を体現した佇まいに、少しだけ圧倒される。


 ハルカゼはドアの前で振り返り、こちらを見る。

 少しだけイタズラげに微笑んで、言葉を投げてきた。


「……助けてくれて、ありがとうございました」

「慣れてる。気にすんな」


 照れ隠しに言うと、ハルカゼは小さく笑い、自分の唇を指さす。


「ご、ご褒美は、ちゅーとかがいいですか? マイ・サーヴァント」

「初めてお使い出来た子供に対する母親かよ」


 俺が即座に至極真っ当なツッコミを入れると、何故かハルカゼは少しだけ唇を尖らせて、また学校でセトさん、とだけ告げて家の中へ入っていった。

 次いで、手のひらの紋章が少しだけちくりと痛んだ。

 ハルカゼの仕業、だろうな? ……訳わからん。何が気に食わないのか。


 そのまま手のひらの紋章を見て、いよいよこちらの世界を救う覚悟が出来てしまったことに、俺は人知れず溜息を吐いた。

 溜息を聞いてか、胸元のシャーペンが光る。



『……お人好しめ』


 うるせえ。

 ――人も好くなくて、勇者なんかやれるか。

 

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