女神の家
「うふふ~、今日もクローネの街は平和ですねぇ~」
迎えにきた馬車の中の窓の外を見ながら、モニカは目を細めてそう言った。
「人間平和が一番ですよぉ~。みんな仲良く楽しく暮らせているのが何よりですねぇ~」
そういって向い合って座っている私とアルドンサに、モニカは微笑みかける。
アルドンサは機嫌悪いこと丸出しの仏頂面だし、私自身もその言葉に対しどう反応したらいいのかわからなかった。
「それにしてもぉ~、アルドンサさん。一つお聞きしてもよいですかぁ~?」
「なんですか。シスターモニカ」
「どうしてぇ~、アルドンサさんは、家出なんてしたんですかぁ~?」
アルドンサはそんなことを聞かれると思わなかったのか一瞬面食らったようだったが、コホンと咳払いをしてモニカを見る。
「家出というか……私は騎士を目指すものです。己を鍛えるために旅に出たんですよ」
「そうですかぁ~。ご立派ですねぇ~。その旅先で、シャルルさんと出会ったんですねぇ~」
「ええ、そうです」
「うふふ~、素敵ですねぇ~。それで、旅はどうでしたかぁ~?」
「え? ああ……色々な者を見ましたよ。それこそ、この国が幸せな人ばかりではないという場面もね」
すると、モニカは不思議そうな顔でアルドンサを見る。
その目はどこか空恐ろしいというか、奇妙な威圧感を与えるものだった。
「幸せじゃない、ですかぁ~? うふふ~、アルドンサさん、変なことを言いますねぇ~。そんなわけないじゃないですかぁ~。この国の人たちは、ありとあらゆる人たちすべてが幸せなんですよぉ~」
「シスターモニカ。貴女にはわからないことかもしれないが、この国は今危機的状況にあるんだ。皆が幸せのわけないだろう」
アルドンサは少し語気を強めてそう言う。
しかし、あくまでモニカは微笑を湛えたままだ。
「そんなことありませんよぉ~。この国は安泰です。だって、この国はジンゼの神に守られているんですからぁ~」
神を出されてしまうとアルドンサとしても何もいえなくなってしまったのか、それ以上先を続けるのはやめたようだった。
「あ、そろそろ大聖堂ですねぇ~」
モニカの言う通り、先程見た豪壮な建物が、再び私達の間の前に姿を表した。
大聖堂の前で、私とアルドンサ、そしてモニカは止まった馬車から降りた。
「さぁてぇ~、ここが、ジンゼの神の聖なる家であらせられる、クローネ大聖堂ですよぉ~」
そういってモニカは入口と思われる扉の前に向かって行く。
大きな扉は常時開け放されているようで、私とアルドンサはそのまま中に入ることができた。
大聖堂の中、礼拝堂は、ドーム状の巨大な空間だった。
天上付近にあるステンドグラスから光りが差し込むのは、これまで見てきた教会、そして、革命ト死にあった断罪人たちの修道院と同じような形式のつくりだ。
礼拝堂には何人かの信者と思われる人たちが椅子に座って静かに祈りを捧げている。
「うふふ~、今日も皆さん、いい心がけですねぇ~」
と、モニカが声を発した途端、それまで静に祈りを捧げていた信者たちが一斉にこちらを見る。
「モニカ様だ!」
そして、信者たちは一気にこちらへやってきたかと思うと、すごい勢いでモニカを取り囲んだ。
「モニカ様!」
「女神様!」
皆、モニカに対してある種狂気染みた視線を向け、各々必死に呼びかけている。
そんな信者たちに対してモニカはあくまで笑顔で対応している。
「はいはい~。みなさん。ご機嫌いかがですかぁ~?」
「モニカ様! 今日もジンゼの神のご加護で私達は健やかに生きていることができています!」
信者の一人が興奮した様子でそう言う。
「そうですかぁ~。それは何よりですぅ~。さぁ、皆さん、私に構わず祈りを続けてください~。祈れば祈るほど、ジンゼの神は皆さんに微笑むんですよぉ~」
モニカのその言葉には、なぜか目に涙をためて頭を下げる信者さえいた。
私はあまりの光景に言葉を失ってしまった。アルドンサも同様に絶句しているようである。
「では、皆さん、また後でぇ~」
そういって礼拝堂を後にした、私達がその先にあった廊下に進んでも背後からは「モニカ様!」とか「女神様!」とかいう呼び声が聞こえてくる。
「うふふ~、皆さん、私をあんなにも慕ってくれるんですよぉ~。しかも、女神、だなんてぇ~。困りますよねぇ~。私は神ではなくて、神の下僕なんですからぁ~。本当にこの国の人たち優しい人たちですよぉ~」
心底嬉しそうにモニカはそう言う。
「……くっ。反吐が出る」
「はい~? アルドンサさん、何か言いましたかぁ~?」
「いえ。何も言っていませんよ」
「そうですかぁ~。では、先に行きましょうかぁ~。お二人に是非ともお見せしたい場所があるんですよぉ~」
そういってモニカは先に進んで行く。
「……おい、シャルル」
と、アルドンサが私の耳に口を近づけてきた。
「なんだ? アルドンサ」
「お前、どう思う?」
「どう思う、か……異常だな」
「……私もそう思う。ジンゼ教がこんなことになっているとは思わなかった」
アルドンサは深刻そうな顔でそう言った。
「とにもかくにも、モニカについていくしかないだろう。私の予想では、あまりいいものを見せられるよは思わないけどな」
私がそういうとアルドンサも頷いた。
「お二人さぁ~ん。こっちですよぉ~」
私達の深刻さと対照的に、純白のシスターだけが、いかにも天真爛漫というような陽気な声で私達に呼びかけてきたのだった。




