狼と死神 1
断罪人を名乗る少女、マリアンナに出会った元貴族シャルル。親から金でその身を買われたシャルルはマリアンナと旅を始めたのであった。
マリアンナと私は町を離れ、街道に出ていた。
私の少し前を歩くマリアンナは、私の方に振り向こうともしなかった。
一方の私は、重いマリアンナの荷物を、苦心しながら運んでいたが、この時になってようやく私にも物を考える程度の余裕はできていた。
私が考えていたのは、ジョージが殺されたことだった。
世界でたった一人の弟が殺されたのだ。
それなのに、あまりのことで私には考える暇すらなかった。
よくよく考えれば、いや、よく考えなくても一大事だ。
それなのに、不思議と私はこんなにも落ち着いてしまっている。
それは、殺した本人も、何も感じていない無表情であるからだ。
「おい」
私は意を決し、マリアンナに話しかけてみた。
「なんだ?」
意外にもマリアンナはすぐに返事をしてくれた。
「お前、よくもジョージを殺してくれたな」
私自身、可笑しな話題の振り方だったと覚えている。それでも当時の私は躍起になっていたから、とりあえずマリアンナに対しこう言った。
マリアンナは訝しげな目つきで私に振り向いた。
「それがどうかしたか?」
「なんだと? ふ、ふざけるなよ……! 私は、怒っているんだ。世界に一人しかいない私の弟が殺された。しかも、殺した本人が目の前にいるんだからな!」
「そうか」
無関心にマリアンナはその場から離れ、私を置いて歩き出した。
「お、おい!」
私は語気を荒げて、マリアンナを呼びとめる。
「なんだ。しつこいな」
マリアンナは、少し苛立ったように私を見た。
「だからだな……私は、怒っているんだ」
「そうか。で?」
「で、って……普通、自分の肉親が目の前で惨殺されたら怒るだろ!」
「そうなのか?」
マリアンナは全く理解できないと言う風に私を見た。
私には、理解できなかった。
「お前は、あんな風に人を殺しておいて何か感じないのか?」
「いや。全然」
「全然って……何かあるだろ?」
「ない。一々考えていたら、仕事にならないだろ。それこそ、断罪人なんてやっていられない」
逆にマリアンナは、不思議そうな顔で私を見ていた。
私は、自分が言っていることが間違っていて、マリアンナが言っていることが正しいのではないかという錯覚さえ覚えてしまった。
こうまで悪びれないと、私も、もうそれ以上、マリアンナを責め立てる気にはなれなかった。
確かに世界に一人しかいない弟であったが、私達兄弟の仲がいいかと聞かれれば、そうでもない。
しかし、ジョージはあんな数の書物に囲まれて何を考えていたのか。
国の構造、貴族の生活……それは、私が生まれてから考えたこともないことだ。
「で、話はそれだけか?」
「え? あ、ああ……」
「じゃあ、さっさと歩け。お前、歩くの遅いぞ」
そんなことを言われても、私は重い荷物を背負っているのだ。
確かに馬鹿みたいに大きな斧の重さに比べれば軽いかもしれないが、今まで貴族のもやしっ子生活を送ってきた私にとってそれは、巨大な岩のごとき重荷である。
といっても、海の向こうに売り飛ばされてはたまらないので、私は重圧に耐えながらマリアンナの後を追うしかなかったのだが。