死神との出会い 6
「……一体、どういうつもりだ!」
しばらくして、街外れまでやって来た時、私はようやく少女に解放された。
少女は相変わらずの無表情、刺すような視線で私を見ていた。
「どうもこうも、お前をあの伯爵から買い取った」
「ふ、ふざけるな! そんな奴隷売買の真似事など、許されるわけが――」
「お前は今日から私の奴隷だ。せいぜい私に売り飛ばされないように、頑張ってくれ」
少女は背負っていた荷物を降ろした。
その時になって気付いたが、その背中にあったのは、巨大な斧と同じくらい巨大な荷物であった。
「これを背負え」
「はぁ!?」
「いいからさっさとしろ」
少女は、無理矢理、私に荷物を背負わせた。鈍い衝撃が全身に走った。
思い返してみると、よくここで背骨が折れなかったものである。
「お、重い……」
「いいか。それを落としたら、即、お前を海の向こうの大陸にでも売り払うからな」
「な、なんだと……!?」
「さて、次の依頼地は、と」
「ふ、ふざけるな!」
大声を出して、少女が背負わせた荷物を放り投げる。
「何が奴隷だ! 私はフロベール家の長男だぞ! そもそも! なぜ、ジョージを殺したのだ!? ジョージはなにも悪いことをしていないのに……なぜ……」
「そりゃあ、お前達がフロベール伯爵にとって、邪魔だったからだ」
「……え?」
父上にとって、我々が邪魔?
父上は私達を愛してくれていたはずだ。
なのに、邪魔……?
「ああ。伯爵には新しい妾ができた。確かに、亡き妻との子供であるお前たちも可愛かったが、いかんせん、やはりその妾との間に生まれた子供の方がかわいかった。結果、どうにかしてお前たちを消し去りたかった。で、彼はまずお前を路地裏に捨てた。問題は弟だ。頭のいい弟は、そんなことをすればすぐに感付いてしまう。そこで伯爵は感付かれようがどうしようが、そんなことは関係ない手法を用いることにした。それが、断罪人に頼む方法だった、というわけだ。それに、幸い、ジョージ・フロベールは最近、この国の貴族のあり方や社会構造について疑問を抱いていたらしい。いわゆる革命家かぶれとでもいったところか。そんな不穏分子は生かしておけないというのも大儀名分となったわけだ。たぶん、ジョージの方はそれが原因で死んだと思っているだろう。ま、そうなると、そんなヤツは私がやらなくても他の誰かに断罪されたと思うが」
妾、子供、消し去る……
すべてが妄想と空想の産物であってほしいと、これほどまでに思ったことはない。
私はその場に座りこんでしまった。
「は、はは……う、嘘だ」
「嘘じゃないさ。まぁ、彼の不幸といえば、私とお前が出会ってしまったことだな。結果としてお前は、命を永らえることになった」
「な、永らえる?」
「ああ。もし、あのまま屋敷に残れば、遅かれ早かれ、お前は実の父親に殺されていただろうよ。ま、私としてはどうでもよかったんだが、よく考えれば教会規約に反する。お前を助けてやることにした」
「私を……助けた? お前が?」
「ああ。そうだ。死ぬとわかっているのに見捨てれば、それは見殺しと一緒だ。そもそも私が間違いを起こさなければお前とも知り合うこともなかった。だからこそ、私は自分のミスを自分で買い取ったというわけだ。ほら、さっさと行くぞ。お前、名前はなんだったか?」
「え? 私の名は、シャルル。シャルル……」
違う。
もう、私は、フロベール家の人間ではないのだ。
だったら、私は既にフロベールの姓を名乗ることもできない。
それどころか、私は正真正銘の没落貴族……いや、元貴族になり果ててしまったのだった。
「そうか。じゃあ、シャルル。行くぞ」
「……おい」
少女は振り返らずに立ち止まった。
「なんだ」
「お前の名前は?」
ここで少女はふり返った。
蒼く揺らぐ瞳が、私をまっすぐに見据えていた。
「名前なんてない」
「へ?」
「私には名前なんてない。少なくとも人に名乗るような名前はない。なぜなら断罪人に名前なんて必要ないからだ」
少女はそのまま歩きだそうとして、何かを思い出したかのように立ち止まった。
「まぁ、一応教会では断罪人の区別をつけるために、呼び名はある」
「その呼び名は?」
「マリアンナ。『漆黒のマリアンナ』、だ」
少女は私の方へ振り返った。
黒い修道服が風に舞って、より一層不気味に見える。
その下には華奢でほっそりとした少女の肢体があったが、私にはそこにいるのが、人間でない何か、例えるならば、死神そのものにしか見えなかった。
この時を以てして、私と「漆黒のマリアンナ」の長い旅は、始まったのであった。