死神との出会い 5
ジョージの部屋の中の灯はまだ付いていた。
そして、ジョージは部屋の中心を大きな机に向かって、書物を読んでいる最中であった。
「お前が、ジョージ・フロベールか」
ジョージはゆっくりと本を閉じ、立ち上がった。
「ついに来たか。死神」
少女は、背中に手を回す。
黒ずんだ、大きな斧の柄が少女の手に握られる。
「何か、言い残すことはあるか?」
「ああ。ある」
すると、ジョージは立ちあがった。
「私は何か間違ったことをしたか? 間違っているのはこの国だ。民は貧困にあえいでいるのに、王侯貴族は皆、見て見ぬふりで、服一枚にしても、庶民が年間に稼ぐ金額の軽く倍のものを買いこんでいる。これでいいのか? いや、いいわけがないのだ」
ジョージは誰に言い聞かせるでもなく、熱っぽくそう述べた。
今思えば、当時の私には、それがどういうことなのか理解できなかったが、ジョージはあくまで自分は正しいことをしていると思っていたのだろう。
「言いたいことはそれだけか?」
少女が少しずつジョージとの距離を詰めて行く。ジョージは堂々として少女に対峙していた。
「ああ。私は自分が間違っているとは思っていない。だから、死も恐れない」
「そうか。じゃあ、死ぬんだな」
少女が斧を振り上げる。
そして次の瞬間には、真っ赤な血しぶきをあげて、ジョージの体は巨大な斧に潰されてしまった。
ジョージは、あっという間に死んだのだった。
「ふぅ。終わった」
少女はぞっとするほど無表情で、頬に微かに血しぶきを浴びていた。
私はそんな彼女を見て反射的に「死神」という言葉を連想した。
「おい。主人はどこだ」
「……ここだ」
ジョージの部屋の扉の前には、まるで待ち構えていたかのように我が父が立っていた。
おそらくジョージが殺される一部始終を見ていたのだろう。
「ち、父上……」
「ん? おお、シャルルか」
父はなんだか酷くやつれているようであった。
私を見ても、家出した子供が帰ってきたくらいの薄い反応であった。
「こ、これは一体?」
「ジョージはな、悪魔にとりつかれてしまったのだ」
「悪魔?」
「ああ。国王は間違っているだの、私達の生活に問題があるだの……とんでもないことを言うようになってしまった。やはり、勉強ばかりしすぎていたせいなのか、もはやこれまでか、というときに私はそこの断罪人に、依頼をすることを思いついたのだ」
私は全く理解ができなかった。
ジョージが悪魔にとりつかれた? そんな風には見えなかった。
ジョージはただ勉強しているだけだった。そして、勉強したがゆえに、そういった考えを持つようになったのではないか?
この一週間という短い期間だが、私は身を以て経験した。この国の落差を。
貴族はまるで天国のような生活。宿無しなどは、家畜よりも酷い扱いを受けている。
誰も手を差し伸べてくれず、野垂れ死ぬ宿無しを、私はこの一週間でも何人か見てきた。
死の直前のジョージの発言は、そんな経験をした私にとっては不思議でもなんでもなかった。
「そ、そんな……」
「すまなかったな、シャルル。お前を家から追い出したのも、この惨劇をお前に見せたくなかったからなのだ。しかし、まさかお前が断罪人を連れてきてしまうとは……」
父は悲しそうな顔で俯く。
しかし、その顔には、ジョージの死に対しての哀れみは、一切持ち合わせていないようであった。
「おい。主人よ」
ここで死神がようやく口を挟んできた。
「お、おお。悪かったな。どれ、今三千万ベルガを持ってこさせよう」
「いや、それには及ばない」
父が小間使いにそう指示を出そうとすると、少女はそれを遮った。
「なんだ? 報酬がいらないと言うのか?」
「いや。ちゃんと貰っていく。現物で」
少女は私の方をチラと見遣る。
その蒼炎のような瞳は、そのまま私を飲み込まんとしているようにも見えた。
「ど、どういうことだ?」
「コイツを、貰っていく」
少女が指差したのは、現金ではなく、私自身だった。
「……は?」
私は拍子抜けな声を出した。
「何をいっているんだ。断罪人よ。報酬は現金で、というはずじゃ……」
「現物、だ。教会の掟でもそうなっている。いいじゃないか。こんなドラ息子。三千万ベルガの代わりとしては充分だろう?」
「し、しかし――」
「出来の良い悪魔憑きの弟は三千万で、出来損ないの放蕩兄貴はそれ以上の価値っていうのは、些か、筋が通らないんじゃないか?」
無表情のまま、父を責め立てるように少女はそう言った。
「……そうだな」
「ち、父上!?」
「断罪人よ。息子シャルルを、報酬の代わりとして渡すことを了承しよう」
「ああ。わかった」
「お、おい! ちょっと待て! こんなこと通るはずが……」
しかし、少女は私の首根っこを掴むと、再びズルズルと引きずり出した。
「じゃあ、これで終わりだ、フロベール伯爵。せいぜい、お元気で」
「あ、ああ」
「ちょ……ち、父上!?」
私は、そのまま少女に連行されてしまったのであった。