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死神と愚者の旅 ~黒いシスターと没落御曹司~  作者: 松戸京
第1章 死神との出会いとその旅路
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死神との出会い 5

 ジョージの部屋の中の灯はまだ付いていた。

 そして、ジョージは部屋の中心を大きな机に向かって、書物を読んでいる最中であった。


「お前が、ジョージ・フロベールか」


 ジョージはゆっくりと本を閉じ、立ち上がった。


「ついに来たか。死神」


 少女は、背中に手を回す。

 黒ずんだ、大きな斧の柄が少女の手に握られる。


「何か、言い残すことはあるか?」

「ああ。ある」


 すると、ジョージは立ちあがった。


「私は何か間違ったことをしたか? 間違っているのはこの国だ。民は貧困にあえいでいるのに、王侯貴族は皆、見て見ぬふりで、服一枚にしても、庶民が年間に稼ぐ金額の軽く倍のものを買いこんでいる。これでいいのか? いや、いいわけがないのだ」


 ジョージは誰に言い聞かせるでもなく、熱っぽくそう述べた。

 今思えば、当時の私には、それがどういうことなのか理解できなかったが、ジョージはあくまで自分は正しいことをしていると思っていたのだろう。


「言いたいことはそれだけか?」


 少女が少しずつジョージとの距離を詰めて行く。ジョージは堂々として少女に対峙していた。


「ああ。私は自分が間違っているとは思っていない。だから、死も恐れない」

「そうか。じゃあ、死ぬんだな」


 少女が斧を振り上げる。

 そして次の瞬間には、真っ赤な血しぶきをあげて、ジョージの体は巨大な斧に潰されてしまった。

 ジョージは、あっという間に死んだのだった。


「ふぅ。終わった」


 少女はぞっとするほど無表情で、頬に微かに血しぶきを浴びていた。

 私はそんな彼女を見て反射的に「死神」という言葉を連想した。


「おい。主人はどこだ」

「……ここだ」


 ジョージの部屋の扉の前には、まるで待ち構えていたかのように我が父が立っていた。

 おそらくジョージが殺される一部始終を見ていたのだろう。


「ち、父上……」

「ん? おお、シャルルか」


 父はなんだか酷くやつれているようであった。

 私を見ても、家出した子供が帰ってきたくらいの薄い反応であった。


「こ、これは一体?」

「ジョージはな、悪魔にとりつかれてしまったのだ」

「悪魔?」

「ああ。国王は間違っているだの、私達の生活に問題があるだの……とんでもないことを言うようになってしまった。やはり、勉強ばかりしすぎていたせいなのか、もはやこれまでか、というときに私はそこの断罪人に、依頼をすることを思いついたのだ」


 私は全く理解ができなかった。

 ジョージが悪魔にとりつかれた? そんな風には見えなかった。

 ジョージはただ勉強しているだけだった。そして、勉強したがゆえに、そういった考えを持つようになったのではないか?

 この一週間という短い期間だが、私は身を以て経験した。この国の落差を。

 貴族はまるで天国のような生活。宿無しなどは、家畜よりも酷い扱いを受けている。

 誰も手を差し伸べてくれず、野垂れ死ぬ宿無しを、私はこの一週間でも何人か見てきた。

 死の直前のジョージの発言は、そんな経験をした私にとっては不思議でもなんでもなかった。


「そ、そんな……」

「すまなかったな、シャルル。お前を家から追い出したのも、この惨劇をお前に見せたくなかったからなのだ。しかし、まさかお前が断罪人を連れてきてしまうとは……」


 父は悲しそうな顔で俯く。

 しかし、その顔には、ジョージの死に対しての哀れみは、一切持ち合わせていないようであった。


「おい。主人よ」


 ここで死神がようやく口を挟んできた。


「お、おお。悪かったな。どれ、今三千万ベルガを持ってこさせよう」

「いや、それには及ばない」


 父が小間使いにそう指示を出そうとすると、少女はそれを遮った。


「なんだ? 報酬がいらないと言うのか?」

「いや。ちゃんと貰っていく。現物で」


 少女は私の方をチラと見遣る。

 その蒼炎のような瞳は、そのまま私を飲み込まんとしているようにも見えた。


「ど、どういうことだ?」

「コイツを、貰っていく」


 少女が指差したのは、現金ではなく、私自身だった。


「……は?」


 私は拍子抜けな声を出した。


「何をいっているんだ。断罪人よ。報酬は現金で、というはずじゃ……」

「現物、だ。教会の掟でもそうなっている。いいじゃないか。こんなドラ息子。三千万ベルガの代わりとしては充分だろう?」

「し、しかし――」

「出来の良い悪魔憑きの弟は三千万で、出来損ないの放蕩兄貴はそれ以上の価値っていうのは、些か、筋が通らないんじゃないか?」


 無表情のまま、父を責め立てるように少女はそう言った。


「……そうだな」

「ち、父上!?」

「断罪人よ。息子シャルルを、報酬の代わりとして渡すことを了承しよう」

「ああ。わかった」

「お、おい! ちょっと待て! こんなこと通るはずが……」


 しかし、少女は私の首根っこを掴むと、再びズルズルと引きずり出した。


「じゃあ、これで終わりだ、フロベール伯爵。せいぜい、お元気で」

「あ、ああ」

「ちょ……ち、父上!?」

 私は、そのまま少女に連行されてしまったのであった。

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