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偽りの騎士

革命都市の情報を手に入れたシャルル。さっそく宿屋に戻るが、そこには傷心のアルドンサが待っていた。シャルルはアルドンサから「真実」を話されるのであった。

 革命都市の情報を手に入れた私は、そのまま宿屋に戻った。

 しかし、宿屋を前にしてアルドンサのことを思い出す。

 アルドンサのあの様子……果たして革命都市の話を持ち出していいものかどうか……

 私は宿屋の前で少し考え込んでから、足を部屋へと向けた。

 アルドンサの様子が可笑しくなったのはアリシアの城を出てから……いや。違う。もっと根本的な問題があるはずだ。

 アルドンサはアリシアに一体何をされた? アリシアに剣を向けていたアルドンサは、その剣の刃を握られて……

「……剣を、折られた」

 そうだ。剣を折られたのだ。

 私は急いで部屋へと向かう。

 アルドンサはかつてあの剣を自分の宝だと言っていた。自分にはこれしか宝がないのだ、と。

「アルドンサ!」

 私は扉を開ける。

 すると、アルドンサはこちらを振り向いた。その頬には涙が流れた跡が見える。

 アルドンサは折れた剣を前にして、ベッドに座り込んでいたのだった。

「……アルドンサ」

「あ……ああ。シャルル。お帰り。どうした?」

「君……泣いていたのか?」

「え? ああ、いや、何。大したことじゃない。気にしないでくれ」

 アルドンサはそういって折れた剣を掴むと、鞘の中にそれを収めた。

「さぁ……寝ようか」

「なぁ、アルドンサ」

「ん? どうした? シャルル」

 私はアルドンサを真っ直ぐに見た。

 アルドンサも私のことを見返してくる。

「……君、一体どうしたんだ?」

「え? 何がだ?」

「その……君の様子が可笑しい気がするんだが」

「様子が、おかしい? ふっ……ははっ! そんなことない。いつもとおりだ」

「……剣が折れたことに関係があるのか?」

 私がそういうとアルドンサの動きが止まった。視線を私から反らし、気まずそうな顔をする。

「……違う。関係ない」

「嘘だ。だったら、なぜ先ほどまでずっと剣を見ていた? 君にとってその剣は宝物だったんだろ? それが折られたから、君は――」

「違う!」

 アルドンサは大きな声でそう言った。私は思わず言葉に詰まってしまう。

「あ……違う……違うんだ。私は……」

「アルドンサ。一つ聞きたいんだ。あの時も気になったんだが、どうして、カルリオン家という名門貴族に生まれた君が、あの剣しか自分にとっての宝物はない、と言ったんだ?」

 彼女は何もいわなかった。正確には、何も言いたくなさそうな顔だった。

「アルドンサ。私は君に何度も救われた。だから、一回くらい、私にも君を救わせてくれ」

 しばらくの沈黙。アルドンサも私も何も言わず、夜の町の静けさだけが私達を包んでいた。

「……はぁ」

 アルドンサが小さく溜息をついた。そして、ベッドに腰掛ける。

「さすがに、これが限界だろうな」

「え? 限界?」

「……ああ。私がいい加減、お前の前でアルドンサ・カルリオンを演じることの、限界だ」

「演じる……ど、どういうことだ?」

 アルドンサは私のことを上目遣いで見ると悲しそうな顔になった。

「……私は、アルドンサ・カルリオンじゃない」

「え……だって、君は……」

 さすがに何を言っていいかわからなかった。

 自分はアルドンサ・カルリオンではない、ということの意味がわからなかったのである。

「……っていうと勘違いされそうだな。すまん。『今』の私はアルドンサ・カルリオンだ。別にお前に名前を偽っていたということはない。正真正銘、名門貴族カルリオン家の第二子、アルドンサ・カルリオンだ」

「じゃあ、一体どういうことなんだ?」

「……なぁ、シャルル。少し外に出ないか?」

 アルドンサは立ち上がった。薄い笑みを浮かべ私を見ている。

 きっと何か今から重要なことが打ち明けられる。そう確信しながら私はアルドンサと共に宿を出たのだった。


「今から18年前のことだ。ブランダ王国の武闘派貴族、アロンソ・カルリオン公爵は隣国であるザスレン公国に、ブランダの領土拡大の命を受けて戦を仕掛けた」

 アルドンサは宿屋から出てしばらく歩いていると、唐突に口を開いた。

「そして、その領土拡大の標的となったのはザスレン公国、シュレスヴィヒ領だった。領主であったヴィッテンベルク伯爵は力の差を感じながらも勇敢に戦った。彼には守るべき民と家族がいたからな」

 アルドンサは立ち止まり、夜空を見上げた。

「しかし、力というものは圧倒的だった。あっという間にヴィッテンベルク伯爵は追い詰められ、最終的に彼は戦争で討ち死にした。彼の死を悼んだ妻もその後を追い、最終的にヴィッテンベルク家で残されたのは、娘のクリームヒルトだけとなった。さて、問題はここからだ。実はアロンソ公爵も、長引くシュレスヴィヒとの戦いで大事な息子を亡くしていたんだが……ここまで言えばわかるだろ?」

 私は何もいえなかった。いや、アルドンサの言いたいことはわかっていたのだ。

 だが、その真実は、あまりにも私にとって衝撃的すぎたのである。

「公爵は娘のクリームヒルトを引き取った。当時3歳だったクリームヒルトにもわかっていたのだがね。自分が負けた親の敵に引き取られたってことは。13歳になるまでクリームヒルトはカルリオンの家では笑ったこともなかった。しかし、たまたま読んだ騎士道物語からクリームヒルトは思ったんだ。自分も騎士になろうと。騎士になってこの国の頂点に立ち、今一度自分の父と母を殺した相手……いや、国家を見返してやろう、と」

 そうしてアルドンサは大きく溜息をついた。

「……復讐の気持ちがまったくなかったわけではないよ。でも、カルリオン公爵は実の子でもない私を引き取り、ここまで育ててくれたんだ。私には未だにカルリオン公爵が私を引き取った本当の理由がわからない。息子の代わりにしても、別に敵の忘れ形見じゃなくてもよかったろうに。それでも、私はカルリオン公爵に感謝しているし、私は私のことを、クリームヒルト・ヴイッテンベルクではなく、アルドンサ・カルリオンだと思っている。で、あの剣は、ヴィッテンベルク家の家宝だったのだ。だから、私にとって真の意味での宝物、だったというわけだよ」

「……アルドンサ。君は……」

「……ふっ。どうだ? 幻滅したか? 今まで私は……お前のことを騙していたようなものだな。私は埃高い騎士などではない。戦力を考えずに敗れた愚かな敗北者の娘で――」

「そんなことはない!」

 思わず街中に響くような声で私は叫んでしまった。

「……シャルル」

「君の生い立ちがどのようなものであろうと……君は君だろう?」

「……違うよ。今の私は、あくまで作り物の私だ。騎士のフリをすることで、自分を演じているんだ。本当の私は未だに過去から抜け出せない情けない女なんだ」

「それでも、いいじゃないか」

「……え?」

「どんなに情けなかろうが、どんなに自分を偽っていようが、何の問題があるんだ? 私は、この旅でそんな人間に何度も会ってきた。だが、私はそうした人間が必死に生きてきたことを知っている。皆、同様に一生懸命に生きていた。その生き方に違いはあれど、必死だったんだ……君も、そうなんだろう?」

 私は思わず涙を流していた。

 どうして、こうも私の周りにはかように過酷な過去を持つ人ばかり集まってくるのか。私がそういう星の元に生まれたのだろうか。

 アルドンサは私を見据えていた。私もただその瞳を見ている。

 すると、アルドンサはゆっくりとこちらに歩いてきた。そして、私のすぐ目の前で立ち止まる。

「……初恋の相手は、父だった」

「え?」

「3歳の私の初恋は父だった。父のような男といつか結ばれたいと、幼いながらに思っていた……ふっ。随分とませた子どもだったんだな。私は」

 アルドンサはそのまま私の首に手を回してきた。

 そして、そのピンク色の唇と優しく、私の唇に重ねた。

 時間が無限にも思えた。私とアルドンサのいる空間だけが、まるで別の世界にとばされてしまったかのように思えた。

 しかし、そんなはずもなく、しばらくすると、アルドンサは私から離れた。

「お前は、父に良く似ているよ」

「あ……あはは……そ、そうか」

「……よし! もう大丈夫だ」

「え? ほ、本当か?」

 アルドンサは大きく伸びをして、私の方に振り返る。

「もう大丈夫だ。あの剣も私には必要ないしな」

「え? いいのか? 家宝だったんだろう?」

「ああ。でも、私にはもっと大事なものができた」

「大事な……もの?」

 そういうとアルドンサはニカッと歯をむき出して笑った。

「お前だよ、シャルル」

 そういわれた瞬間、私は、頬が紅潮するのを如実に感じ取った。

「はっはっは! そう恥ずかしがるな! 今更だぞ、シャルル!」

「なっ……う、うるさい!」

 アルドンサはそういって走り出した。私もその後を追う。

 今宵だけは、私は、家を勘当されて旅に出る羽目になって本当によかったとそう思えたのだった。

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