アリシアの古城 4
アルドンサを起こすシャルル。化物などいなかったとシャルルは説明するが、釈然としないアルドンサ。そんな二人の前に、再び黒いドレスを来た少女が姿を表すのであった。
「アルドンサ。起きるんだ。アルドンサ」
「……ん? ん……はっ!」
アルドンサは目をパチリと開けると、思い切り良く飛び起きた。
「こ、ここは!?」
辺りを見回し私にそう訊ねる。
「なんだ。まだ寝ぼけているのか。ここは古城だよ。君は化物退治を依頼されてここに来たんだろう?」
「化物……そうだ! 化物は?」
「ははは。まったく。とんだ食わせ物だったよ。あの町の連中は」
「食わせ……もの?」
容量を得ないという風な顔で、アルドンサは私を見ている。
「ああ、君が気絶している間に一通りこの城を見て周ったが、化物なんていなかったよ。人っ子一人いない、正真正銘の廃墟さ」
「そ、そうなのか?」
「ああ。そうだ」
私は断言するようにそう言った。アルドンサはキョトンとしていた顔をしていたが、しばらくすると立ち上がる。
「……そ、そういうことなら仕方ないな。いないなら仕方ないな、うん」
「ああ、そうだな。仕方ない」
「あー……よし! 町の者達に化物なんていなかった、なんて言っても仕方ないからな。このまま町の者達には何も告げず、ここら一帯を立ち去るとしよう」
「え? いいのか?」
「いいんだ。さぁ、早くしよう」
明らかにさっさとここから出たいという本音が顔を覗かせているアルドンサが、そのまま急いで歩き出してしまった。
仕方ないので、私もその後を追う。
入口の扉を開け、門の前にまで来る。
「ん?」
「どうした? アルドンサ」
アルドンサが立ち止まった。そして、いきなり剣を鞘から抜く。
「なっ……なんだ? どうした?」
「どうやら、シャルルよ。町の者たちは間違っていなかったようだぞ?」
私も前を見た。
すると、門のところに丁度人影が見える。
「あ……あれは……」
「……シャルル。ここで待っていろ。私がここで化物を退治してくる」
「え……ま、待て。君は怖いものが……」
「ふっ……何。アレはどう見ても人だろう。おそらくアイツこそが化物の正体だ。アイツはこの城を根城として町の者たちに迷惑をかける賊に違いない。この私が成敗してくれる!」
「なっ……ま、待て。本当に賊かどうかなんてわからないだろう? 単純にこの城に住んでいるだけかもしれないし……」
「こんなボロ城に住んでいる時点で相当怪しい存在だ。とにかく用心するに越したことはない」
すると、私達がそうこうやり取りしているうちに人影の方がこちらに歩み寄ってきた。
その人影は、黒いドレスを来た、髪の長い少女だった。その瞳は黒く、まるでありとあらゆるものを飲み込んでしまうのではないかというくらいに美しい。
「おはよう、シャルル」
そして、少女は私にこう挨拶してきたのだった。
「おはよう? ……シャルル。これはどういうことだ?」
アルドンサが攻め立てるように私に聞いてくる。私は溜息をつくことしかできなかった。
「……はぁ。アリシア。どうしてここにいるんだ? 私はもう朝に出て行くときには私達の前に現れないでくれと言った筈だぞ?」
「だって、せっかくアナタ達が旅立つのに、さよならも言えないなんて、やっぱり変だと思ったのよ」
そういって不機嫌そうにむくれるアリシア。
完全に私の計算違いだった。私の予想なら何事もなくこの城から旅立てると思っていたのだ。
「な、なんだ! 貴様!」
完全に混乱している様子のアルドンサは、剣を構えその切っ先をアリシアに向ける。
しかし、まったくアリシアは物怖じしなかった。
「あら。どうも、始めまして。間抜けな騎士様」
「な、なんだって?」
「だって、アナタ、ずっと私が話しかけてからずっと気絶してたのよ? それなのに、そんな風に鎧を着て剣を構えて騎士のフリをしているなんて滑稽ね」
馬鹿にしたように笑うアリシア。アルドンサは眼に見えて怒っていた。
「おい、アリシア! そんな風に言うのはやめてくれ。アルドンサに失礼だろ」
「あら。だって本当のことでしょ? シャルルだって、こんな頼りない騎士様に守られるなんて、嫌よねぇ?」
そういってアリシアは剣を構えているアルドンサのほうに益々近付いていった。アルドンサは怒りと混乱で思わず剣を握りしめる。
「く、来るな! これ以上近付くと、本当に斬るぞ!」
「ふふっ。おかしな子。アナタの人生で人を斬ったことなんて、今までないでしょ? そんな度胸すらない……だから、そうやって騎士のフリをして強がっているのよね?」
「ば、馬鹿にするな! 私は騎士だ! 貴様のようなヤツに馬鹿にされる筋合いはない!」
「でも、そんなアナタにも優しくしてくれるシャルルに会えて嬉しかったのよね? 強がらない自分でも受け入れてくれるシャルルに会えて嬉しかったのよね?」
「うるさい! 黙れ!」
そして、ついにアリシアはアルドンサの目と鼻の先にまで近付いた。喉先に既に剣の先が当たっている。アルドンサは剣を構えている方だというのに、その握る手は震えていた。
「ふふっ。そんなに憎らしい? 怒っているんでしょ? だったら、殺しなさい。私を殺してみなさいよ」
「あ……ああっ……」
「でも、そんなことして大丈夫なのかしら? そんなことをしても、シャルルはアナタを受け入れてくれるのかしら? そもそも、『本当』のアナタを知っても、シャルルはアナタを受け入れてくれるのかしらね?」
「う……あ……ああ……」
「お、おい! アリシア! いい加減にやめてくれ!」
アルドンサの様子が可笑しかったのだ。ガクガクと足が振るえ、顔を背けたくてもアリシアから顔を背けることができないようだった。
「何? 殺さないの? だったら、この剣、アナタには必要ないわよね?」
そういうとアリシアは剣を刃の部分を躊躇なく握り締めた。そして、思い切り良くそれを握り締める。
「あ、アリシア……や、やめろ!」
握り締めたアリシアの手からは真っ赤な血がドクドクと流れている。それでもアリシアは握るのをやめようとしない。
アルドンサも、どうにかその手から剣を引き抜こうとしているようだったが、まるで歯が立たないのか、剣はビクともしない。
そして、アリシアがニヤリと笑ったかと思うと、剣の刃を一層握り締めた。
すると、アルドンサの剣は、まるで人が筆をへし折るがごとく、その刃が二つに割れてしまった。
「あ……ああ……」
剣が真っ二つになってようやくアルドンサはその場にへたりこんでしまった。
「……どう? シャルル?」
「……え?」
「これで吸血鬼だって証明できたかしら?」
アリシアはニッコリと優しく微笑んでいた。
私は何も言えずただ黙っていた。
「さて、お連れの騎士様もこんな状態だし、もう少し、このお城にいた方がいいんじゃない?」
アリシアのその言葉に私は肯定することしかできなかった。
「ふふっ。お利口ね。じゃあ、お城に戻りましょう」
アリシアはそういって私の横を通って城の中に入っていった。
私はアリシアが城の中に入ったのを見計らってからアルドンサの側へと近寄って行く。
「アルドンサ……」
アルドンサはゆっくりと振り向く。その顔はまるでそれこそ「化物」にあったかのように恐怖でひきつっていた。
「……シャルル」
「大丈夫か?」
私が訪ねると、アルドンサは真っ二つになってしまった剣を見てから私を見て、そのまま俯いてしまった。
「……一人にしてくれ」
嗚咽交じりアルドンサはそう言った。
私は何も返事をすることができず、そのまま城の中へと戻っていった。




