死神との出会い 4
「ここだ」
頭の中の整理ができないまま、私はフロベール家の門の前に戻ってきた。
門の前には夜警の番兵達が控えている。
「おい、どうする気だ?」
しかし、少女は私の問いかけは無視し、そのまま門の前に立った。
すぐに番兵達が異様な風体の彼女に近付いてくる。
「おい、お前。何者だ」
「断罪人だ」
すると番兵達は、まるで蛇に睨まれた蛙のように竦み上がって、何も言わずに門を開けた。
「どうも」
少女はそう一言だけ残して門の中へと入っていった。
そして、私もすぐさま門へ近寄っていく。
「おい、お前」
すると、また番兵達が近寄ってきた。
「おい、お前。ここはお前のような宿無しが来ていい場所じゃねぇぞ」
その時の私は、風体からしてみればただの宿無しであった。
だが、私とて、なんの意図もなく、こんな風にノコノコここまで戻ってきたわけではない。
「おい、私を忘れたのか?」
「あ? ……あぁ、アンタ、放蕩息子のシャルルか。知っているぜ。勘当されてもうこの家とは関係ないんだろ」
ニヤニヤと番兵達は下品に笑っていた。
「フン。それがな、今回、私は免罪されたのだ。父上にな」
「はぁ? そんな話、聞いてねぇけど」
「秘密の話だ。そりゃあ、父上も大事な長男が嫁をとれば、考えも変わるだろう」
「嫁?」
「ああ……今の少女こそ、私の花嫁、愛する人だ!」
間抜けな顔の番兵達に、私は自信満々でそう言った。
番兵達はキョトンとした顔で私を見ていたが、次の瞬間には、真っ青な顔をして震え出した。
「ん? どうした、お前達?」
「そ、そうでしたか……しゃ、シャルル様。断罪人と……」
「は? だから、その断罪人というのは、なんなのだ?」
そう聞くと、番兵達は俯いてしまった。
その時の私には何がなにやらさっぱりで、私を見て哀れみの視線を与える番兵達が、些か不快であった。
「い、いえ。ご存知でないなら、ご存知でない方がよいかと」
「フン。なんだその言い方は。もういい、さっさと門を開けよ」
「は、はい……」
番兵達がようやく門を開けた。私は意気揚々としてそれを通り抜ける。
久しぶりの我が家だった。何もかもが懐かしく思えた。
私は、門から遠すぎる屋敷の玄関までの道のりさえも全く苦にならず、浮かれた気分だった。
屋敷の玄関の扉を開けると、入ってすぐの広間に、先程の少女が立っていた。
「おお。丁度いい」
少女は私を見つけると、こちらへ歩み寄ってくる。
「なんだ? どうした?」
「この屋敷、広すぎる。対象の部屋がわからん」
「なるほどな。ジョージの部屋なら案内するが?」
「そうか。ありがたい」
私は少女を引き連れて、階段を登る。
屋敷はシーンと静まり返っていて、私と少女が階段を登る音だけが木霊する。
「なぁ、ちょっといいか?」
ジョージの部屋まで残り半分程度というところで、私は少女に話しかけた。
だが、少女は返事を返さない。
「本当に、ジョージを殺すのか?」
もはや殺すという言葉さえも、フワフワと浮かんでいて重力が感じられなかった。
きっと何かの間違いだと、私は未だこの時考えていた。
「それは、依頼の確認か?」
「え?」
しばらく階段を登った所で、ようやく少女が返答する。
「近親者であるお前が、父親の代わりに、私に契約の確認をしているのかと聞いているんだ」
「え……ああ。まぁ、それでいい」
「そうか。なら応えはその通りだ。もちろん、殺す。報酬は三千万ベルガ。きっちり現物で貰うことになっている」
「さ、三千万ベルガ?」
私は目を丸くして少女に聞き返した。
私が着ているボロボロになって原型を留めていない服でさえ、五百万ベルガだ。
それなのに、ジョージの命はたった三千万ベルガで取引きされたというのか?
いくらなんでも冗談が過ぎるというものだ。
「なんだ? もっと弾んでくれるのか?」
「ば、馬鹿者。そんなこと……」
「なんだ。貴族の癖にケチ臭いんだな」
少女は無表情でこんなことを言っていた。
私はこの時ようやく、気付いた。
この少女は人を殺している。一人や二人ではない。
それこそ獲物を喰い殺す獣の日常のごとく、作業的に、何人もの人間を……
「で、この階段を上りきればジョージの部屋か?」
「え……ああ」
「わかった。お前はもうここでいい。ありがとう」
そういって少女は颯爽と階段を上っていった。私もそれに続く。
危機感に今更気付いた私は、そのことを弟に伝えなければならなかった。
このままでは私の弟は、間違いなくあの巨大な斧で真っ二つに切り裂かれてしまう。
既にジョージの部屋の扉は開いていた。
私は、慌てて中へ入っていった。