死神との出会い 3
「な……なんだ? お前は」
「やめろ」
「は? い! いたたた……」
少女は私の腕を捻り、手からガラスの破片を奪い取った。
そのまま私は少女に組み伏せられてしまった。
「な、何を……!?」
「騒ぐな。さっさと終わらせる」
少女は背中に手を回す。そして、なにかを掴んだ。
次の瞬間、私は驚いた。
彼女の背中から出てきたのは、大きな斧であった。
まるで何もかもを叩き潰すような巨大な斧だ。
「何か、言い残すことは?」
「……は?」
「ないのか。じゃあ、死ぬんだな」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
少女が斧を振り下ろそうとした時、店主が慌ててそれを止めに入った。
少女は怪訝そうな顔で店主を見る。
「なんだ? 断罪に、何か文句でも?」
「いや、そうじゃない。ここで断罪をするのはやめてくれ。いくらなんでも目覚めが悪すぎる」
店主がそう言うと、少女はヤレヤレという風に溜め息をつく。
「仕方ない。おい、場所を変えるから動け」
「は? なっ……や、やめろ! 引っ張るな!」
「うるさい。もうすぐ死ぬんだから文句を言うな」
少女は私を引っ張って、無理矢理店から連れ出した。
ずるずると圧倒的な力で引きずられていく。多少は抵抗しようとしたが、それは全くの無意味であった。
私は、黒服の修道女に空き地まで連れてこられ、少女は、私を乱暴に解放した。
「いたた……な、なんなんだ、お前は!?」
「うるさいぞ。こっちは仕事なんだ」
「し、仕事だって?」
そういうと彼女は巨大な斧の刃の先を私に突きつけた。
「そうだ。人を断罪するのが私の仕事だ」
「……は?」
私は全く理解できなかったが、それでもただ一つだけわかった。
殺される。
このままだと確実に、この巨大な斧でミンチにされてしまう、と。
「さて、一応確認する。ジョージ・フロベール。何か言い残すことはあるか?」
「ま、待て! ん? じょ、ジョージ?」
「ないのか。じゃあ、死ぬんだな」
「ま、待ってくれ! 私はジョージじゃない!」
目の前まで斧の切っ先が迫っていた。
数秒遅れていたら、私は斧で真っ二つに切り裂かれていた事だろう。
「……なんだと?」
少女は不審そうな顔で私を見た。
汗だくの私は間髪入れずに続ける。
「わ、私はシャルル・フロベール。ジョージは弟だ」
「弟……ふむ。そうか」
少女はそこまで言うと巨大な斧を肩に担ぐ。
華奢な身体が、なぜ斧の重さに耐えられるのか、不思議でならなかった。
「そういうことか。どうも違和感があった。なるほど。これは罪人ではないのか」
「ざ、罪人? ふ、ふざけるな! 私は別に何も悪いことはしていない! そもそも殺される理由がない!」
「人様の家に押し入って、食い物を強奪するヤツが罪人でないと言うのか」
少女の蒼い瞳が再び私を冷たく射抜く。
そう言われると何も言い返せない。
私は黙って俯いた。
「まぁ、いい。お前が罪人でないならもう用はない。さっさと消えろ」
少女は私に背を向ける。
私は、いくらなんでもあんまりだと思った。
人のことを殺すだなんだの言っておいて、人違いとは一体どういうことか?
「おい。ちょっと待て」
だが、少女は私の呼びかけに応えようとしなかった。
私は急いで少女の後ろ姿を追う。
「お、おい。待て」
少女はようやく面倒臭そうに振り返った。
「なんだ。私は忙しいんだ。お前のような宿無しに構っている暇はない」
「や、宿無し……!」
怒りのあまり血管がプツンといってしまいそうであったが、なんとか私はそれを我慢した。
「ま、待て。なぜ、私の弟を殺そうとしているんだ?」
「弟?」
「ああ。言っただろう? ジョージ・フロベールは私の弟だ」
少女は、生者と死者の中間地点を彷徨う者のような瞳で私を見る。
そして、軽く溜め息をつくと、懐から何かを取り出した。
「ほら。これをやるからとっとと消えろ」
そういって少女が投げて寄越したのは、札束だった。
それは、三万ベルガだった。
この国の通貨単位はベルガである。
三万ベルガというのは、国の兵士の一月分の給与に相当する。つまり、中々の大金というわけだ。
もちろん、家を追い出されたばかりの、当時の私からしてみればそれは端金、どうということもない金だったが、問題は少女がそんな金額の大金を、まるで紙切れを投げて寄越すように手渡したということだった。
私は、そんな少女の行為に激しく逆上してしまった。
「ふ、ふざけるな! こんな端金……!」
「なんだ。三万で端金だと? 随分と強欲な宿無しだな。ほら。後二万か?」
また札束を見せる少女。私はその時、堪忍袋の緒が切れた。
「い、いいか!? よく聞け! 私はブランダ王国国王認可貴族フロベール家、二十八代目当主、シャルル・フロベールだぞ! お前のような小娘、私が本気になればこの人差し指で消し飛ばして――」
「ほぉ……その物言いだと、本当に罪人の近親者のようだな」
少女はようやく私という存在に興味を示したようであった。
少なくとも、まともに笑ったことを知らないであろうその表情は、奇妙な歪みを以てして、微笑みの形を作っていた。
「あ……ああ。そうだ」
「それなら話は早い。案内してもらおうか」
「待て。その前に聞きたいことがある」
少女は再び面倒臭そうな顔をした。
「なぜ、ジョージを殺そうとしているんだ?」
ジョージは私からしてみれば変人だが、世間一般から見れば秀才で、とても
誰かに命を狙われるような人物ではなかったからだ。
「言われたからに決まっているだろう」
少女は淡白に私にそう言った。
「言われた? 誰に」
「依頼人だ」
「依頼人?」
「断罪人は依頼されればどんな罪人も殺す。それが掟だからな」
「だ、断罪人?」
「なんだ。お前、断罪人を知らないのか」
「あ、ああ。私は貴族だからな。下賎な民共の職業など知らん」
「下賎、か。そんな下賎な民の職業に依頼をしたのは、お前の父親なのだがな」
父が、ジョージを殺すことを依頼する……?
馬鹿な。そんなことをしてどうするのだ?
ジョージは大切な跡取りだぞ。
まさか、ジョージを殺して私を呼び戻すなんていうこと、懸命な父がするわけもない。
だとしたら……
「おい」
「あ? なんだ?」
「案内しろ。お前の家」
「あ……ああ。わかった」
私は、そんな眼の前にいる少女の姿をした死神の言葉に、言われるがまま、従ってしまった。