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死神と愚者の旅 ~黒いシスターと没落御曹司~  作者: 松戸京
第1章 死神との出会いとその旅路
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死神との出会い 3

「な……なんだ? お前は」

「やめろ」

「は? い! いたたた……」


 少女は私の腕を捻り、手からガラスの破片を奪い取った。

 そのまま私は少女に組み伏せられてしまった。


「な、何を……!?」

「騒ぐな。さっさと終わらせる」


 少女は背中に手を回す。そして、なにかを掴んだ。

 次の瞬間、私は驚いた。

 彼女の背中から出てきたのは、大きな斧であった。

 まるで何もかもを叩き潰すような巨大な斧だ。


「何か、言い残すことは?」

「……は?」

「ないのか。じゃあ、死ぬんだな」

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」


 少女が斧を振り下ろそうとした時、店主が慌ててそれを止めに入った。

 少女は怪訝そうな顔で店主を見る。


「なんだ? 断罪に、何か文句でも?」

「いや、そうじゃない。ここで断罪をするのはやめてくれ。いくらなんでも目覚めが悪すぎる」


 店主がそう言うと、少女はヤレヤレという風に溜め息をつく。


「仕方ない。おい、場所を変えるから動け」

「は? なっ……や、やめろ! 引っ張るな!」

「うるさい。もうすぐ死ぬんだから文句を言うな」

 

 少女は私を引っ張って、無理矢理店から連れ出した。




 ずるずると圧倒的な力で引きずられていく。多少は抵抗しようとしたが、それは全くの無意味であった。

 私は、黒服の修道女に空き地まで連れてこられ、少女は、私を乱暴に解放した。


「いたた……な、なんなんだ、お前は!?」

「うるさいぞ。こっちは仕事なんだ」

「し、仕事だって?」


 そういうと彼女は巨大な斧の刃の先を私に突きつけた。


「そうだ。人を断罪するのが私の仕事だ」

「……は?」


 私は全く理解できなかったが、それでもただ一つだけわかった。

 殺される。

 このままだと確実に、この巨大な斧でミンチにされてしまう、と。


「さて、一応確認する。ジョージ・フロベール。何か言い残すことはあるか?」

「ま、待て! ん? じょ、ジョージ?」

「ないのか。じゃあ、死ぬんだな」

「ま、待ってくれ! 私はジョージじゃない!」


 目の前まで斧の切っ先が迫っていた。

 数秒遅れていたら、私は斧で真っ二つに切り裂かれていた事だろう。


「……なんだと?」


 少女は不審そうな顔で私を見た。

 汗だくの私は間髪入れずに続ける。


「わ、私はシャルル・フロベール。ジョージは弟だ」

「弟……ふむ。そうか」


 少女はそこまで言うと巨大な斧を肩に担ぐ。

 華奢な身体が、なぜ斧の重さに耐えられるのか、不思議でならなかった。


「そういうことか。どうも違和感があった。なるほど。これは罪人ではないのか」

「ざ、罪人? ふ、ふざけるな! 私は別に何も悪いことはしていない! そもそも殺される理由がない!」

「人様の家に押し入って、食い物を強奪するヤツが罪人でないと言うのか」


 少女の蒼い瞳が再び私を冷たく射抜く。

 そう言われると何も言い返せない。

 私は黙って俯いた。


「まぁ、いい。お前が罪人でないならもう用はない。さっさと消えろ」


 少女は私に背を向ける。

 私は、いくらなんでもあんまりだと思った。

 人のことを殺すだなんだの言っておいて、人違いとは一体どういうことか?


「おい。ちょっと待て」


 だが、少女は私の呼びかけに応えようとしなかった。

 私は急いで少女の後ろ姿を追う。


「お、おい。待て」


 少女はようやく面倒臭そうに振り返った。


「なんだ。私は忙しいんだ。お前のような宿無しに構っている暇はない」

「や、宿無し……!」


 怒りのあまり血管がプツンといってしまいそうであったが、なんとか私はそれを我慢した。


「ま、待て。なぜ、私の弟を殺そうとしているんだ?」

「弟?」

「ああ。言っただろう? ジョージ・フロベールは私の弟だ」


 少女は、生者と死者の中間地点を彷徨う者のような瞳で私を見る。

 そして、軽く溜め息をつくと、懐から何かを取り出した。


「ほら。これをやるからとっとと消えろ」


 そういって少女が投げて寄越したのは、札束だった。

 それは、三万ベルガだった。

 この国の通貨単位はベルガである。

 三万ベルガというのは、国の兵士の一月分の給与に相当する。つまり、中々の大金というわけだ。

 もちろん、家を追い出されたばかりの、当時の私からしてみればそれは端金、どうということもない金だったが、問題は少女がそんな金額の大金を、まるで紙切れを投げて寄越すように手渡したということだった。

 私は、そんな少女の行為に激しく逆上してしまった。


「ふ、ふざけるな! こんな端金……!」

「なんだ。三万で端金だと? 随分と強欲な宿無しだな。ほら。後二万か?」


 また札束を見せる少女。私はその時、堪忍袋の緒が切れた。


「い、いいか!? よく聞け! 私はブランダ王国国王認可貴族フロベール家、二十八代目当主、シャルル・フロベールだぞ! お前のような小娘、私が本気になればこの人差し指で消し飛ばして――」

「ほぉ……その物言いだと、本当に罪人の近親者のようだな」


 少女はようやく私という存在に興味を示したようであった。

 少なくとも、まともに笑ったことを知らないであろうその表情は、奇妙な歪みを以てして、微笑みの形を作っていた。


「あ……ああ。そうだ」

「それなら話は早い。案内してもらおうか」

「待て。その前に聞きたいことがある」


 少女は再び面倒臭そうな顔をした。


「なぜ、ジョージを殺そうとしているんだ?」


ジョージは私からしてみれば変人だが、世間一般から見れば秀才で、とても

誰かに命を狙われるような人物ではなかったからだ。


「言われたからに決まっているだろう」

 少女は淡白に私にそう言った。


「言われた? 誰に」

「依頼人だ」

「依頼人?」

「断罪人は依頼されればどんな罪人も殺す。それが掟だからな」

「だ、断罪人?」

「なんだ。お前、断罪人を知らないのか」

「あ、ああ。私は貴族だからな。下賎な民共の職業など知らん」

「下賎、か。そんな下賎な民の職業に依頼をしたのは、お前の父親なのだがな」


父が、ジョージを殺すことを依頼する……?

馬鹿な。そんなことをしてどうするのだ?

ジョージは大切な跡取りだぞ。

まさか、ジョージを殺して私を呼び戻すなんていうこと、懸命な父がするわけもない。

だとしたら……


「おい」

「あ? なんだ?」

「案内しろ。お前の家」

「あ……ああ。わかった」

 私は、そんな眼の前にいる少女の姿をした死神の言葉に、言われるがまま、従ってしまった。

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