月の下で 7
次の日。
完全快復した私は、マリアンナに叩き起こされ、再びあの大重量の荷物を背負うと、旅路を開始した。
マリアンナが言うには今日は谷にまで差し掛かる程度まで歩くという。
あのマリアンナの謎の液体が効いたのか、身体が軽い。今ならなんでもできそうな気分であった。
「おい」
しばらく歩くとマリアンナが話しかけてきた。
「なんだい?」
「身体の調子はどうだ」
「え? ああ。おかげさまで絶好調だ」
「そうか。よかったな」
マリアンナの、蒼い冷えた瞳は、すぐに無関心そのものに戻った。
「なぁ、マリアンナ」
「あ? なんだ?」
「お前、実は優しいよな」
「は?」
マリアンナは立ち止まった。
私はその先を続ける。
「そうだ。お前は、教会、とやらに、無理矢理こんなことをやらされているだけじゃないのか?」
「なんだ。お前、まだ熱でもあるのか?」
「違う。お前はきっと本質的には優しい娘なのだ。そうでなければ、あんな風に私の面倒を献身的に見てくれるはずがない。そうだろう?」
おそらく、その時の私は是非ともマリアンナに、マリアンナ自身が普通の少女であること、そして、断罪という行為が狂気の沙汰でしかないということを認めさせでもしたかったのだと思う。
献身的な看病をされた私は、マリアンナが、普通の少女と変わらないのだ、と信じたかったのだ。
「優しい、か」
マリアンナはそう呟いただけであった。そして、それとほぼ同時であった。
「おい、そこのお前ら」
道端から声がした。
見ると、そこには五人ほどの男達が、剣や斧、その他武器を持って立っていた。
「なんだ、貴様らは?」
「なんだ、って? わかんだろ? 普通」
男達はどうみてもガラの悪そうな風体。
今ならば一目でわかるが、盗賊であった。
「なんだ。お前ら」
マリアンナも無愛想な声で対応する。
「へへへ……見たところ巡礼中の修道女とその従者みてぇだな。おい。痛い目見たくなかったら身包み置いていけ」
修道女……マリアンナは修道服を着ていた。
表面上は確かにどう見ても修道女である。
その本質が修道女とは間逆であるにしても。
「断る」
マリアンナはきっぱりとそう返事した。
「ほぉ……じゃあ、何をされても文句はねぇよな?」
男達は下卑た笑みを浮かべながら、少しずつ近付いてくる。
私は自分のことよりも、本能的に、この盗賊達の安否を心配してしまった。
いや、当然のことかもしれない。死神に自ら命を差し出す、文字通り、自殺行為なのだから。
「ふぅん。じゃ、そっちも文句はないんだな?」
「は? 何が?」
マリアンナはふいに私の方へ振り返った。
「おい、シャルル」
「な……なんだ、マリアンナ」
「お前、さっき私が優しい、って言ったよな?」
私はゴクリと唾を飲み込んだ。
「……あ、ああ」
私は確かに、しっかりと、腹のそこからそういったのだった。
「ふぅん。そうか」
するとマリアンナはそのままの状態で、目にもとまらぬ速さですばやく動いた。
そして、次の瞬間には、あたり一面血の海だった。
盗賊達は見事に巨斧で潰され、切り刻まれていた。
血に染まったマリアンナは、私の方にもう一度向き直った。
私はその時、やはり感じてしまったのだ。
死神の「漆黒のマリアンナ」を。
「で、お前はこれでも私が優しい、と?」
なぜかマリアンナは勝ち誇ったようにそういった。
私は何も言い返せなくなってしまったのだった。




