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死神と愚者の旅の終わり

 深夜。

 私を乗せた馬車はどうにかその日のうちに屋敷に戻ってくることができた。

 馬車が止まると同時に私は扉を開く。


「旦那様、お疲れさまでした」

「ああ。二人とも、すまない」


 運転手二人に労いの言葉をかけ、私は屋敷の玄関へと向かう。

 そして、扉を開ける。


「おかえりなさいませ、旦那様」


 と、はじめに迎えてくれたのは、執事のサンソンだった。


「ああ。ただいま」

「いかがでしたか? 本日の外遊は?」

「え? あ、ああ……まぁ、ね」

「公爵たるもの、たまには外遊も必要だとは思いますが、公爵としての仕事もキチンとこなしてくださいませ」


 釘を刺すつもりで言ったのだろうが、あまりにも棘のある調子の言葉に、私は思わず苦笑いで返すことしかできなかった。


「あ、あはは……わかっているよ。私は、今日はもう寝ることにするよ」

「かしこまりました。お部屋のご用意はできていますので。では、お休みなさいませ」


 そういって事務的な様子で執事は去って言った。

 私もそのまま自分の長い廊下を通って、自分の部屋へと向かう。

 扉を開け、そのままベッドに飛び込む……と思っていた矢先だった。


「シャルル」


 と、背後から聞こえてきた声。


「あ……アルドンサか」


 その声は、アルドンサだった。その背後にはメイド長のソフィアもいる。

 アルドンサの表情を見ると、どことなく不機嫌そうな顔で私を見ている。


「……今日は、どこに行っていたんだ?」

「え? あー……ちょ、ちょっとね」


 私がそう言うと、アルドンサはわざとらしく大きな溜息をついた。


「リベスの街に、何の用があったんだ?」


 私は思わず返す言葉はなかった。どうやら、あの衛兵二人は、この短時間にアルドンサに喋ってしまったようだった。


「あー……すまない。その……二人きりで話したいんだが……いいか?」


 私がそう言うと、ソフィアは目を丸くしていたが、ヤレヤレと大げさに首をふってそのまま私とアルドンサを残して去っていった。


「じゃあ、私の部屋で話そうか」

「ああ。そうだな」


 明らかに不機嫌そうなアルドンサと私はそのまま部屋に入った。

 そして、蝋燭の明かりだけが照らす薄暗い部屋の中、ベッドに二人で腰掛ける。


「で、どういうことなんだ?」


 アルドンサの質問に私は戸惑うつもりはなかった。

 そもそも、いつかは聞かれることだったのだ。私だって分かってはいたことなのである。


「……アルドンサ。あの街から離れた場所に小さな丘があるんだ」

「丘……? それがどうしたんだ?」


 私は、目を細めて過去を思いだす。

 10年前。まだ、元御曹司として世間を全く知らなかった時の自分を。


「……君と出会う前、まだマリアンナと二人で旅をしていた時のことだ。私はあの街で、一人の少女と出会った……私はその少女に様々なことを教えてもらった。世界、そして、人間が生きるということの素晴らしさを……」


 私は話していると、アルドンサの視線を感じてそちらを向く。不機嫌そうに私を見ていた。


「……ふふっ。アルドンサ。そんな目で見ないでくれ。あの頃の私はそもそも、人を好きになるとか、そんな余裕はなかったよ」

「え……いや、私は、そんな……」

「……まぁ、今思い返してみれば、あれは初恋だったんだろうが、あの時はそんな感情もなかった。しかし、フロベールの家に捨てられ、絶望していた私にとっては、あの少女は救いだったんだ」

「……で、最初の丘とその少女、どう関係があるんだ?」


 アルドンサがそう言った。私は一呼吸置いてからアルドンサを見る。


「その丘に、その少女が眠っているんだ」

「え……死んだのか?」

「ああ。あのマリアンナに断罪されてな」


 私がそう言うと、アルドンサは黙ってしまった。薄暗い部屋を沈黙が支配する。


「……すまん」


 しばらくしてから、アルドンサが謝った。


「アルドンサ……謝ることはないんだ。黙っていた私も悪い」

「しかし……シャルル。お前は……」

「……今となっては、何もかも遠い思い出さ。そもそも、あの死神さえも、私から遠く離れてしまった。今の私の隣にいるのは、アルドンサ。君じゃないか」


 私がそういってニッコリと微笑みかけると、アルドンサは少し戸惑ったようだったが、すぐに私に微笑み返した。


「……私だけじゃないぞ」

「え?」


 そして、アルドンサは自らの腹を愛しそうに撫でる。


「もうすぐこの子もお前の側にいるようになる。私達は、ずっと一緒だ」

「アルドンサ……」


 私とアルドンサはもう一度互いに見つめあい、その後、唇を重ね合わせた。


「……うん。やはり、シャルルはシャルルだな。出会ったときとまったく変わっていない」

「え? そうか?」

「ああ。あの時の私……いや、吾輩の目には狂いはなかった、というわけだな」


 アルドンサはそう言って悪戯っぽくウィンクした。

 そして、ゆっくりとベッドから立ち上がる。


「さて……もう私は寝るとするよ。健康にも気を使わなければならないからな」

「ああ。一人で大丈夫か? ソフィアを呼ぼうか?」

「はっはっは。大丈夫だ。私を誰だと思っている? 王国騎士団団長だぞ?」

「あはは……そうだったな。おやすみ、アルドンサ」

「おやすみ、シャルル」


 そう言って今度こそアルドンサは部屋を出て行った。



 部屋には私一人となった。

 私は、ふと窓辺に近付く。空には月が美しく輝いている。


「あ……」


 似ていた。

 何に似ていたって、あの日だ。

 私が、あの死神に出会ったあの日に。強盗に失敗し、危うく断罪されそうになったあの日に。


「……マリアンナ」

「なんだ」


 思わず息が止まるかと思った。私はゆっくりと声の聞こえてきた方に顔を向ける。

 そこに、死神は立っていた。

 美しい白い髪に、相変わらずの蒼い炎のような瞳。違う点といえば、10年の月日が、彼女の身長を私の肩くらいまで伸ばしたということだった。


「……あー……ずっと、そこに?」

「ああ。お前とアルドンサが惚気ているときからな」

「ちちくり……あ、あのなぁ。私達は夫婦なんだぞ。別に惚気ているわけでは……」


 そこまで言って私はふと気付く。

 なぜ、ここにマリアンナがいるのか。

 いや、無論、彼女に聞きたいことは一杯あった。この10年一体何をしてきたのか。

 だが、何よりも頭にあがってきた疑問は、一体なぜ、今日という日にマリアンナがやってきたのか、ということだった。

 そして、私の頭に一つの結論が浮ぶ。


「……依頼か」


 私がそういうとマリアンナは斧を取り出した。

 かつては彼女の身長に対して大きすぎていた斧も、今ではちょうどいいサイズになっている。


「ああ。遠く飢饉に苦しむブランダ辺境の村からな。王都でいい暮らしをし、自分達のことなど考えていない、この国で一番偉い貴族を断罪してほしい、と」

「……なるほど。確かに、食料政策は一定の成果をあげているとはいえ、辺境まではいきわたっていないことも事実だからな」


 マリアンナは一歩ずつ私に近付いてくる。私は怖くはなかった。


「……で、お前はそれをいくらで請け負ったんだ」

「いくら? どういうことだ?」

「だから……これは断罪なんだから、しかるべき報酬があるだろ?」


 そう言うとマリアンナはキョトンとした顔のままで私を見た。

 そして、かすかに、頬を緩めて口元を上げ、笑ったように見えた。


「報酬は、ない」

「……え? な、なぜ?」

「なぜ? その理由は、お前ならそれがわかっていると思うがな」

「私が……わかっている?」


 そういうとマリアンナは斧を閉まった。そして、その蒼い瞳で私を見る。


「困っている人間に手を差し伸べる。これは、お前が言っていた人間らしさじゃないのか?」


 私は、その言葉を聞いた。確かに、マリアンナの口から。

 そして、涙が流れるのを感じた。

 そうか……そうだったのか。

 私の行いは、マリアンナに伝わっていたのだ。


「……ああ。そうだ。それは、紛れもなく人間の行いだよ」

「そうか。私は、間違っていなかったのか。よかった」

「……さぁ、マリアンナ。断罪してくれ。そういうことなら、私は喜んで断罪されよう」


 すると、マリアンナはそのまま私を見る。しばらくそのまま私を見て、ふいに顔を反らした。


「え……お、おい。マリアンナ? 断罪、しないのか?」

「ああ。しない」

「なぜ? 依頼があったんんだろう? 私を断罪するっていう……」

「ああ。だが、断罪対象がいないからな」

「え? いないって……それって、私のことじゃ……」


 すると、マリアンナは表情を変えずに私を見て、ゆっくりと先を続ける。


「いないよ。私の目の前にいるのはこのブランダという国をどうすればより良い国にできるか考えている公爵様だ」

「え……そ、そんな……マリアンナ……」


 そう言うと、マリアンナはいきなり私に何かを投げて寄越した。


「え……これは……」


 それは、私がかつてマリアンナに渡したあの十字のシンボルだった。


「忘れていたが、報酬だ」

「え? 報酬?」

「ああ。私の荷物持ちをやってくれたことに対する報酬だ」

「え……しかし、マリアンナ。私は――」


 そういい終わる前に、マリアンナは窓を開く。

 一陣の風が部屋の中に入ってきた。


「シャルル。私は世間では今や『義賊』と呼ばれている。だが、やっていることは断罪人時代と変わらない。相変わらず、私は死神なんだ」

「そんな……マリアンナ、お前はもう人間だ! もう、死神なんてやらなくていい! 帰ってきてくれ!」


 すると、マリアンナは笑った。

 今度は確かにはっきりと分かるほどに優しく私に微笑みかけた。


「私にとっては、お前が私のことを人間だと思ってくれていればそれでいい」

「マリアンナ……私は――」

「私は、これからも死神を続けるつもりだ。だから、シャルル。心配するな。死は誰にでも訪れる。私は常にお前と共にある」

「しかし……マリアンナ。それでも――」


 そう言おうとした時だった。

 いきなり、マリアンナが振り返り、そのまま私の唇に、自身の唇を重ねてきた。

 先ほどのアルドンサとの口付けとは全く違う、どこか冷たい感じすらある口付けだった。

 ほんの数秒、唇を重ねると、マリアンナは窓辺に立つ。


「シャルル。さよならだ」

「ま……待ってくれ! マリアンナ!」


 私が叫ぶと、マリアンナは振り返る。


「私は死神だ。もうマリアンナという名も捨てようと思う。仮に呼ぶとするのならば……『漆黒の死神』かな」


 マリアンナがそう言った瞬間、強い風が吹き込んできた。

 思わず私は目を瞑る。


「……あ」


 もう一度目を開けると、すでにそこにマリアンナの姿はなかった。 

 私は、ふと手を見る。

 手には、十字のシンボルのアクセサリー。

 そして、唇には未だにマリアンナの唇の感触が残っていた。

 私は夜空を見上げる。

 輝く月の白さは、どこか、マリアンナのあの美しい白い髪の色を思い出させる。

 自然と、私の両目から涙が流れた。




 こうして、愚かな私と「漆黒の死神」の長い旅は、ようやく終わりを迎えたのだった。

これでシャルル君とマリアンナの旅は本当に終わりです!今までお付き合いいただきありがとうございました!まさかここまで長くなるとは思わなかったのですが……お読みいただいた方は、本当にありがとうございました!

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