星空の会話
「……はぁ」
背中におぶっていたミネットを地面に横たえ、ようやく私は一息つくことが出来た。
既に頭上には夜空が広がっている。
マリアンナが既に焚き火を起こしていた。
「この調子だと、ベルリヒンゲンまでには予定よりも大分掛かりそうだな」
ミネットをつれてくるのは果たして正解だったのか……今更ながらに私は思い始めてしまった。
「そうだな。まぁ、仕方ない」
マリアンナは淡々とそう言った。
やれやれ……この国は今危機的状況にあるというのに暢気なものである。
「急がないとな……あのままにしておいたらモニカやクリスタが何をしでかすかわからないからな」
「おい、シャルル」
と、ふいにマリアンナが私の名前を呼んだ。
「ん? なんだ? マリアンナ」
「お前、これからどうなると思う」
一瞬マリアンナのその質問は理解することができなかった。
「え? ど、どうなるって?」
「そのままの意味だ」
しばらく私は何も言えず、ただ黙ってしまった。
そして、少し目を反らしてからようやく頭の中に言葉が浮んできた。
「あー……そ、そうだな。と、とにかく、モニカとクリスタをどうにかする。どうなる、というか、どうにかする、だな」
「違う。私が聞いているのは、どうなるか、だ」
マリアンナは強い調子で今一度訊ねてきた。
どうなるか……
私は何も応えることができなかった。
しばらく、私とマリアンナの間に沈黙が流れる。
パキッ、と焚き火が音を立てる。
「さ……さぁ? わからないさ。上手くいけば、王国を取り戻すことが出来るだろうし……それができなければ……」
すると、マリアンナは少し悲しそうな目で私を見た。
「じゃあ、仮に王国を取り戻した後はどうする」
「え? ど、どうするって……また、元通りの生活を……」
「元通りの生活か。つまり、お前は私とまた断罪の旅を続けるっていうのか」
「え……?」
思わず私はその時頭が真っ白になってしまった。
そして、次の瞬間にマリアンナの言いたいことがようやくわかった。
「あ……そ、それは……違う」
「違う、か。何が違うんだ」
「だ、だから……もうお前も、断罪なんてする必要なんてないんだ。だ、だから……」
「なぜ」
「え? な、なぜって……それは……」
するとマリアンナは私から目を反らし、夜空を見上げた。
蒼い瞳には満天の星空が映し出されている。
「なぁ、シャルル。私は、人間になっているのか。お前、言ったよな。私を人間にするって。私は人間になっているのか。モニカやクリスタとは違うのか」
「あ、当たり前だ! お前は、モニカやクリスタとは違う!」
「どう、違うんだ」
「え……違うに決まっているだろ……そ、そんなの……」
「しかし、私も今まで散々人を断罪してきた。ここ最近それをしていないだけだ。それだけで、私はモニカやクリスタと違うって言えるのか」
マリアンナが抑揚のない声で私に聞いてくる。
違う。
私はそうはっきりと言いたかった。
しかし、その時、丁度いい言葉が思いつかなかった。
あまり語彙を知らなかった私である。
だから、その時、私は、ただ思ったことを口にした。
「……ああ。違う。今まで私やアルドンサ、そして、こうして今も私とミネットと一緒にベルリヒンゲンまでの道を旅しているお前が、モニカやクリスタと同じわけがない」
真正面からマリアンナを見て私はそう言った。
それは、願いでもあった。
今、目の前にいる少女が、変わりつつあるということ。
私だってそれを少しずつではあるが実感はしていた。
だから、とにかく、その時の私にはただ、自分の思ったことをそのまま口にすることしかできなかったのである。
マリアンナは私を見ていた。
そして、そのまま何秒かジッと見つめた後、目を反らし、そのまま横になった。
私の思いは伝わったのだろうか……
「……ああ、もちろん、違うに決まっている」
私は一人でボソリとそう言った後、もう一度広大な夜空を見上げたのだった。




