愚者と死神と王様 2
さて、アリシアの城を出て私達は傭兵の街ベルリヒンゲンへと向かうこととなった。
私は無論、そんな街のことを聞いたことさえもなかったので、アリシアに出かける直前に書いてもらった貰った地図だけが頼りとなっている。
「ベルリヒンゲンまでは、歩くと一週間程か……」
「一週間!?」
と、背後から素っ頓狂な声が聞こえた。
無論そんな声をあげるのは、隣で相変らずの無表情のままのマリアンナではない。
「……ああ。そうだ、ミネット」
ブランダ王国の元国王はとてつもなく不満げな顔で私を見た。
「……だから僕は嫌だと言ったんだ……」
「仕方ないだろう。現状、モニカとクリスタ、クローネに陣取っている断罪人達に対抗するには、傭兵の街に行って協力を仰ぐしかないんだ」
「協力って……相手は傭兵だぞ? 協力してくれるかどうかなんて、わからないじゃないか」
ミネットは頬を膨らませてそう言った。
確かに、それはそうだ。
だが、王国がモニカに乗っ取られている今、金さえ払えば戦争に参加する傭兵ぐらしか頼る存在がいないのもまた事実である。
もっとも、その金に関しても、現在我々はそんな大金を持ち合わせてはいないのだが……
「それでも、行かなければ何も変わらない。だから文句を言ってないで行くぞ」
「ちぇっ……なんだよ。シャルルも最近僕に対してうるさくなってきたな……」
「何か言ったか?」
「……何も言ってないです」
子どもをあやすようにしながら、ようやくミネットは歩き出した。
マリアンナはそのやり取りを、特に面白く無さそうに見ていた。
「あー……マリアンナは、ベルリヒンゲンの街って知ってたのか?」
思わず私は言葉に困ってマリアンナに訊ねた。
「まぁ、名前ぐらいは知ってた。それに傭兵と断罪人なんてのは似たようなもんだからな。金さえ払えば人殺しでもなんでもする」
「あ、ああ……」
「もっとも、傭兵は断罪人みたいに個人の依頼では動かない。戦争の時だけだ。だが本質は同じ。だから、革命都市に傭兵がたくさんいたのも、私には納得できる状況だった」
そういえば、革命都市にはたくさんの傭兵達がいた。
しかし、死ぬ直前のエリックの話を思い出せば、その者たちは全員おとり部隊として王立騎士団に成すすべなく敗れたという。
「……ん? 待てよ。なぁ、マリアンナ。あの革命都市にいた傭兵達って……やっぱりそのベルリヒンゲンから来ていたのか?」
「さぁな。傭兵の事は詳しくない。ただ、群れるヤツもいればそうでない奴もいるってぐらいだ。あそこにいた連中がベルリヒンゲンの奴らかどうかは知らん」
確かに、そもそも、あそこにいた断罪人以外の人間が、闘技場でのエリックの「試練」をクリアした人間だったはずだ。
かといって、全員が全員そうではないはずだ。
となると、雇われた「傭兵」が存在したはずである。
「そうなると……」
「おい!」
と、背後からまた大きな声が聞こえてきた。
見ると、ミネットが私とマリアンナを睨みつけている。
「な、なんだ? ミネット」
すると、ミネットは明らかに不機嫌な様子でこちらにやってきたかと思うと、いきなり私の隣にいたマリアンナを思いっきり突き飛ばした。
「なっ……おい、何するんだ! ミネット」
「うるさい! いいか? 僕は王様なんだぞ! その僕を放って二人だけで会話をするな!」
「はぁ? ミネット……別にお前を無視したわけじゃ……」
「黙れ! お前も! 今度僕に失礼な態度をとったら容赦しないからな!」
マリアンナは何も言わずにミネットを見ていた。
黙っているだけで凄みの様に、ミネットは少し怯んでいた。
私も、いつマリアンナが斧をミネットに突きつけてくるか不安だった。
「わかった。じゃあ、お前はシャルルと一緒に歩け」
「……へ?」
しかし、あっさりとマリアンナはそれだけ言って先に歩き出してしまった。
「は……ははは! わかればいいんだ! ほら、シャルル! 行くぞ!」
手のひらを返したように元気になったミネットは私の腕をつかんで歩き出した。
やはり、行った先も不安だが、ベルリヒンゲンの街に行くまでも、どうにも私には不安に思えて仕方なかったのであった。




