姫様との旅行 1
「……はぁ」
既に城を出てから、半日が経とうとしていた。
ほとんど黙ってきてしまった感じだが、大丈夫だろうか。
マリアンナはいいとしても、アルドンサ、そしてミネットのことが心配だ……
「やっぱりもう一人くらい連れてくるべきだったかな?」
「あら、私と二人きりの旅は不満?」
「え? あ、ああ。いやいや、アリシアが悪いわけじゃ……」
「フフッ。分かっているわよ。ホント、シャルルは可愛いわね」
黒いドレスの上にこれまた黒い上着を着たアリシアは、悪戯っぽく笑った。
まったく……どうにも私はこの吸血鬼の少女のいい玩具になってしまっている感じがある。
「しかし……アリシア、大丈夫か?」
「ん? 何が?」
「いや、ここまでずっと歩きっぱなしだし……疲れていないかな、と思って」
「あら? 心配してくれるの? さすが、シャルル。紳士ね」
「いや……別に私は……」
「でも大丈夫よ。人間ほど柔じゃないもの。三日間くらい連続で歩けるわ」
やはり吸血鬼とはそういうものなのか……私は思わずマジマジとアリシアを見つめてしまう。
と、その視線に気付いたアリシアが目を細めて私を睨んできた。
「あのね。そうは言っても私はレディなのよ。気を使ってくれてもいいんだからね?」
「あ、ああ。分かっているよ。ちゃんと夜になったら休もう」
「うふふ。わかっていればいいのよ。わかっていれば」
結局、私は完全に主導権をアリシアに握られたままでクローネへの道を急いだ。
果たしてクローネはどうなっているのか……
私はふと、アルドンサの言っていたことを思い出す。
カルリオン公爵とあの屋敷にいた人々は、皆無事だろうか……
「シャルル?」
「え? あ、ああ……すまない」
「どうかしたの?」
アリシアが不安そうに私に訊ねてくる。
「あ、ああ……アリシア、ちゃんと言っていなかったが、今私達が向かっている王都クローネという街で革命が起きたんだ」
「革命? この前も言っていたわね。じゃあ、実際に起きちゃったわけね?」
「ああ……革命とは下の者が上の者を打倒することだ。アルドンサの父親とその屋敷にいた人々のことが心配でね」
「騎士様の? ああ、なるほどね……そうねぇ。それは心配よね」
アリシアも深刻そうな顔でそう言った。
って、私はなんで暗い感じにしてしまっているんだ。
ここで暗い考えを持っても仕方ないというのに……
「あ、ああ。すまない。ここでそんなことを言っても仕方ないな。先を急ごう」
「……それにしても、モニカは一体何をしようとしているのかしらね?」
アリシアは考え込むようにして腕を組んだままでそう言った。
「……アリシアにもわからないか?」
「ええ。前回、アイツがやろうとしたことは大方検討がついたわ。そして、その結果として私がこんな身体になった。でも、アイツが本当にやろうとしたことは結局失敗したのよ。その前に魔女に対する弾圧が始まっちゃったから。じゃあ、今度はなんだと思う?」
「なんだと思う、って……それが分かったら苦労はしないよ」
「そうよね……いいわ。その王都とやらに着くまでにゆっくり考えましょ」
そう言うと、アリシアはいきなり私の腕に抱きついてきた。
「なっ……なんだい? アリシア」
「うふふっ。わかっているわよ。シャルルがあの騎士様のモノなんだってことは。私だって、いつか現れる白馬の王子様を待つ所存だけど、今はアナタがその代わりの王子様になってくれても、いいんじゃない?」
「え……えぇ?」
「何? まさかとは思うけど、断るわけじゃないわよね?」
そういってアリシアは、その黒い瞳をぎらりと輝かせた。
無論、私に断るという選択肢は存在していなかった。
「……わ、わかったよ」
「うふふっ。いい返事ね。さぁ、先を急ぎましょう」
結局、その日はアリシアの気が済むまで私とアリシアは手を組んだままで王都への道を急いだのであった。




