吸血姫の憂鬱 1
城門の前まで来て、私達は立ち止まっていた。
相変わらず、古城の城門は壊れかけ、そこかしこに雑草が生えまくっている。
「……た、確かに、誰もここには来なさそうだな」
ミネットが怯えながらそう言った。どうやら、既に相当この城が怖いらしい。
「さ、さて……シャルル。お、お前から先に入れ」
「え? ミネット。今まで君が先頭だったのに?」
「う、うるさい! ぼ、僕の命令だぞ! さっさと入れ!」
ミネットがムキになってそういったので、仕方なく私は城の中に入った。
無論、城の中も前と同じように荒れ果てている。
人の気配は……感じられなかった。
「……う、うぅ……き、気味が悪いな……」
「み、ミネット。私の袖にしがみつかないでくれ。歩きにくい」
「し、しがみついてなどいない!」
ミネットは涙目になりながら、私のすぐそばを歩いている。
マリアンナとエリスはいつも通りの表情。
そして、アルドンサは居心地悪そうな顔で辺りを見回している。
……この前来たときはアルドンサが、丁度今のミネットのような状態だったが……さすがにこの城に何が潜んでいるのかわかっている以上、怖がることもないのだろう。
そして、私としても、あの黒いドレスを纏った美少女がいつ現れるものかと、内心、少し緊張していたのだったが。
「お、おい……シャルル」
「ん? どうした? ミネット」
と、ミネットが震えながら私に話しかけてきた。
「な……何か聞こえないか?」
「え? 何か?」
「あ、ああ……こう……女の子の笑うような声が……」
私は耳を澄ましてみた。
すると、かすかに声が聞こえてきた。
確かに、ミネットの言う通り、微かに聞こえてきたのだ。
「……フフッ」
「ひっ!?」
と、ミネットが私に抱きついてきた。
聞こえた。
確かに私にも今聞こえた。
しかし、その声はかなり近くで聞こえてきた。
そして何よりその声は私には聞き覚えのある声だったのだ。
「な、なぁ? 聞こえただろう?」
「ああ。そうだな」
「なっ……なんでそんな平気でいられるんだよ!?」
半狂乱になりながらミネットが私にそう訊ねてくる。
私は柔らかくミネットに微笑みかける。
「あはは……大丈夫だ、ミネット。私達に害を及ぼす存在ではないよ」
「そ、そんなことわからないじゃないか! も、もしかしたら……ば、化物……」
「あら。化物だなんて、失礼ね」
と、その声は今度は私の背中から聞こえてきた。
私は振り返る。
私が振り返ると同時に、私の両隣を歩いていた断罪人二人が、斧と銃、それぞれをその声の主にむけて構えた。
「あら? 何? 今度は戦争でも仕掛けにきたのかしら?」
「……いや、違うよ。アリシア。マリアンナ、エリス。武器を下げるんだ」
私がそういうと二人は武器を下げた。
「なるほど。そういうわけではないのね」
宵闇のような真っ黒な瞳。
そして、それと同じくらい真っ黒なドレス。
妖艶な笑みを浮かべた少女……
「まぁ、用事はなんでもいいわ。問題は……あの時もう二度と会うことはないって言ったのに……どうしようもない王子様ね。アナタは」
「すまない……アリシア」
「フフッ。別にいいのよ。私にとって時間は永久。暇すぎて死にそうなことに変わりはないのだから」
そういってアリシア・アルフォードはニッコリと私に微笑みかけた。
「……で、シャルル。そこの気絶してるのは、どうするの?」
「え? あ! ミネット!」
アリシアに言われて見てみると、ミネットは完全に白目をむいて倒れていた。
「フフッ。どこかの騎士様みたいね?」
アリシアはそう言ってアルドンサのほうを見る。
アルドンサはばつが悪そうに顔を背けたのだった。




