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敗者の旅路 11

「……こっちだ」


 階下に下りると、村長は広間に立っていた。

 村長の言う通り、既に煙が部屋の中には充満していた。


「で……ゲホッ……どうするんだ?」


 アルドンサがぶっきら棒にそう訊ねる。

 すると、村長は身をかがめ、テーブルをどかし、その下にあった取ってのようなものを掴んだ。


「な、なんだ?」


 村長がその取っ手を掴み、そのまま引き上げる。

 すると、床が開いたのだ。

 おかしな表現ではあるが、まさに扉のように床の先に空間が現れたのである。

 その先には階段が続いているのが見えた。


「な、なんだこれは……」

「……ふっ。私が趣味で作った秘密通路だ」


 村長は口の端をあげてニヤリと笑う。


「……これでも王国の元兵士だった」

「何? 兵士……そうか。すまない。国のために戦った人に対し無礼だった」


 アルドンサはそう聞くと、剣を鞘に収めた。


「……いや。いいんだ。兵士だったのはたった2、3年だ。その後はこの村に戻って、親父の後を継いで村長の役をしていた。暇だったからな……こんな必要のないものを……いや、今は必要か」


 そういうと村長は、階段を降り始めた。


「……早く来い。時間がない」


 村長は蝋燭を手にし、そのまま階段を降りていった。

 私とアルドンサは戸惑ってしまった。


「……ぼ、僕は、付いて行くぞ!」


 そういってミネットが先に行ってしまった。

 慌てて私とアルドンサもそれに続くことになった。


「……こ、これは」


 階段を降り切ると、その先には広い通路が通っていた。


「おい、村長。これも、アナタが作ったのか?」


 アルドンサが目を丸くしながら訊ねる。


「……いや。これは旧時代の遺物さ。かつて、迫害された信仰者が、こういう秘密の地下通路を作ったそうだ。私はそこまで階段を作っただけだ」

「信仰者……なるほど。やはり神の使途は強いということか」


 アルドンサが皮肉交じりにそう言った。

 信仰者……この通路を作ったのはさすがにジンゼ教徒ではないと思うが……


「……こっちだ」


 村長が歩き出した。私とアルドンサ、そしてミネットもその後に続く。

 暗い通路に、村長の持っている蝋燭の光りだけが輝いている。

 どこまでも続くかと思われた通路だったが、以外にも早く、行き止まりが訪れた。


「ここで、行き止まりか?」

「……いや、出口だ」


 そして、村長は壁に向かって手をついた。

 すると、そのまま村長が手を当てた部分の壁が小さく窪んだかに見える。

 次にかすかに、ガシリと音がした。


「……開いたな」


 村長は今度は壁を両手で押す。

 すると、村長が押した部分の壁が、まるで扉のように開いたではないか。


「な、なんだ……これは」

「……ふっ。昔の人間は、頭がよかったってことさ」


 壁が開いた先には再び階段が見えた。

 村長は階段を登って行く。私もアルドンサ、ミネットもソレに続いた。


「……あ」


 階段を上りきった瞬間だった。

 瞬時に空間が広くなる……というよりも、それは外であった。


「で、出られたのか……」

「……ああ。あれが、村だ」


 村長が指を指す。

 見ると、確かに中央部で何か燃えているような気配がある。


「……村長。アナタは……」


 私は思わず巨躯の男性に謝ってしまった。

 しかし、村長は特に表情を変化させることもなかった。


「……私は、兵士だった。その期間はたった数年……だが、先代の国王に恩義がある」


 ミネットが思わず声を漏らす。

 村長は先を続ける。


「……国王は、かつてこの国が飢饉に陥ったとき、自ら各地方を巡って民を元気づけた。さらに、できるかぎりの食料を配給した……この村にも国王はやってきた。そして、私に会った……国王は、私のことを覚えていたんだ。私は感動した。一兵士のことさえも覚えている先代の国王に……」


 村長は遠い昔を思い出すかのようにそう話していた。


「……先代が亡くなったことは、こんな辺鄙な村にも伝わってきた。そして、その後を、幼い子が継いだということも……そして、つい最近は、おかしな格好をした奴らが、革命が起きると言ってやってきた」

「それは……修道服だったか?」


 村長は小さく頷く。


「……そして、奴等はつい先日にもやってきた。革命が成功した、と。しかし、逆賊たる国王が逃亡しているから、もしかすると、この村にやってくるかもしれない、と」


 ミネットが小さく震えているのがわかった。

 私も驚いた。

 既に、奴等は先手を打っていたのだ……


「……それは、村の奴らにとっては、つまり、村にやってくる奴らが逆賊だ、ということになった。そんな折にお前達がやってきたんだ」


 村長は私達のほうに目を向ける。


「……お前達がそうなのかはわからない。だが、私は仮にそうであってもなくても、お前らを逃がすつもりだった」

「それは……なぜ?」

「……私は、兵士だった。お前達が王族でもなんでもない、ただの旅人だとしたら、村の奴ら……つまり、この国の民が、間違ったことをするのを止める義務がある。たとえ、ソレが昔のことだとしても、私はブランダ王国の兵士だから……な」

「……もし、私達が王と、その一味だったら?」


 すると、村長は私から視線を反らす。

 その視線は、間違いなくミネットのほうに向いていた。


「……さぁな」


 そういうと村長は私達に背を向けて村の方へ歩き出した。


「ど、どこへ?」


 と、村長は振り返った。

 そして、小さく私達に微笑み返す。


「……村だよ。村長だからな」


 それだけ言って村長は、その後は振り返らず、村の方へともどって言った。

 其の影が小さくなるまで、私達はただ呆然と立ち尽くしてその後姿を見ていたのだった。

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