不穏の影
「何かあるな」
急ぎ故に、大きく揺れる馬車の中でマリアンナはボソリとそう言った。
「……なんだって?」
私は思わず聞き返す。
「ええ、そうですわね」
エリスもそれに同調する。
「何かあるって……何があるんだ?」
アルドンサも訊ねる。
「さぁな。わからないが、何かあるな」
「なんだそれは? その……直感、みたいなものか?」
「直感、ねぇ。そうかもしれないな。だけど、何かある。ここまで簡単に逃げられたのも気になる」
「ま、まぁ、それはそうだが……しかし、何かあるっていうのはなぁ……」
私はアルドンサの顔を見る。アルドンサも理解できていないようで不思議そうな顔をしている。
「まぁ、私やエリスにわかるのは何かあるってことだけだ。それ以上のことはわからない」
「そんな……だ、だが、今の私達にできるのは……」
「国王に事態を報告する……確かに、王国の兵士の力があれば革命都市の勢力なんてほんの一瞬で押しつぶすことできるでしょうね。ですが、なんでしょうね……こう……モヤモヤとした感覚があるのですよ。シャルル様」
エリスも相変らず不自然なことを言っている。
つまり、漠然とした不安を、二人の断罪人は感じているということだろうか?
私達にはわからない何かを……
「ま、まぁ……とにかく、私達は王都へ向かう。そして、そこで今一度王に謁見し事実を伝えるのだ。私達にできることはそれしかない」
アルドンサが確認するかのように取りまとめた。
しかし、私も既にその時には不安になっていた。
果たしてそれで全て解決なのだろうか?
万事上手くいくというのだろうか……
「ところで、エリス」
と、マリアンナが唐突にエリスに話しかけた。
「はい? なんですか、マリアンナ」
「お前、結局どうして戻ってきたんだ?」
「どうして? 戻ってきてはいけなかったんですの?」
キョトンとした顔でエリスはマリアンナを見る。
「いや、お前の性格からして戻ってくるのが不思議なくらいだったからな。面倒なことはお前も嫌いだろう?」
マリアンナの言葉を聞くと、エリスはニヤリと微笑んだ。
「ええ。そうですわね。面倒なことは嫌いですわ。ですが、あの場で情けをかけられてからずっと考えていましたの。シャルル・フロベールは一体どういう考えでワタクシを助けたのだろう、と。ですから、ワタクシもシャルル様のお側にいることで、そのお気持ちを少しでも知ろうと思いましたの」
そういってエリスは覗き込むようにして私を見る。
光りのない瞳を前に私は、思わずゴクリと唾を飲み込んでしまった。
「シャルル」
と、アルドンサの釘を刺すような声と共に私を睨んできた。
「あ……え、エリス。わ、私は別にあの時、明確な考えというか……君とマリアンナに殺し合ってほしくなかっただけで……」
「ですから、そこが重要なのですわ。あの場面でワタクシとマリアンナは殺しあうべきでした。それなのに、シャルル様はそれを止めた……なぜ止めたのか、とめることが出来たのか……それを知りたいのです」
そういって柔らかく微笑むエリス。
知りたいといっても、今言ったのが私の気持ちの全てだったのだが……
結局エリスに関してもマリアンナと同じようにわからない。
しかし、なんだろうか。
こうして目の前にエリスがいることを考えると、やはり私の行動は正しかったと思える。
目の前で真紅の修道服に身を包んだエリスを見ていると、不思議と安心するからだ。
「あら? どうかしましたか? シャルル様?」
「え? あ、あはは……いや、なんでもないよ」
思わず私は適当に笑い返す。
「シャルル」
またしてもアルドンサが睨みながら私にそう言った。
「わ、わかっているよ、アルドンサ……」




