木曜日の、放課後イグザミネイション
本日は木曜日である。
部活のない日であり、普段はけんとくんと一緒に遊ぶ日であるが。
本日は流石にそんな気分にはなれなかった。
昨日の夜から小説も読めず、母と話す気分にもなれず、姉貴にメールで相談しようかと悩むほど辛くあった。
藤が全てで、藤を愛していると俺は言った。その気持ちに嘘はないし、そのつもりだ。
でも俺は戸惑ってしまった、藤ではなく海棠の言葉を信じそうになった。
学校に行きたくない気持ちを抑えて、本日も僕は行きます。あー行きたくない。
信じる者は救われる、という言葉は正しくも怖ろしい言葉である。
アナタハ、神ヲ、信ジマースカ? なんて言葉……いや言葉はないか。でもそういう感じの台詞があるように、宗教を信じる者は皆、救われている。
神が自分を助けてくれると信じているから、自分が窮地に追い込まれた時ですら神を憎まず神が助けてくれると信じている。
信じることができれば、信じ切ることさえできれば、たとえどんなに苦しかろうと辛かろうと救われるのだ、心は。
「いっつ……」
「伊津男」
朝の休み時間、藤と海棠が同時に話しかけてきた。俗に言うダブルブッキングだ。この俺がダブルブッキングなんて、世も末だ。ところで藤はなんて呼ぼうとしたのかな?
「お前の勝負はいつにするんだ? 内容と場所は早めに伝えてくれ」
海棠はそれだけ言うとそそくさと自分のグループの方に戻っていった。
その様子を見て藤は去るのを確認すると、素早く俺の元に近づいた。近い近い。
「昨日、海棠くんとちょっと話したんだけど、対戦の内容は二つ思いついたの」
軍師藤の力の見せ所らしい。人望のない劉備たる俺が腐った孔明の言葉に耳を傾けるのはごく当然のように思える。でも俺は孔明より司馬懿の方が好き。
「一つは私が有志を集い作ったショタクイズ、まあ負けることはないけど、いろいろと恥をかく。で、もう一つが……ふっふっふ」
「嫌な予感がするんですけど……」
「大丈夫! 藤を本当に愛しているのはどっちか、という勝負だから! 伊津男くんの方が私を愛しているから勝利は絶対ということ。これは海棠くん自身の発案だから反則にはならない、いいね?」
なるほどそれなら絶対に負けない自信がある! なんて今の俺には言えなかった。
そもそも以前の俺でも、好きさなんて数値にできないもので戦う気にはならないと思う。しかも海棠自身、藤が好きだからこんな戦いをしていると思っていたんだから。
それにも増して、俺は、今の藤を愛しているといえるだろうか。
藤は好きだと言ったのは違いないが、俺は藤がいないと駄目になるからとも言った。空気のようにといったが、人間は空気の大切さなんて気にしない。
そんな風に、結局は俺も藤を盾にしかしていなかった気がする。
自分がごく普通に見られるように、普通の人生を送るために、藤という理解を得られる女性をもって恋人とし、友人とし、妻として、健全そうな生活を送ろうというだけではないか。
何がジェンダー論者か、何がショタコンか、所詮は俺とて弾き出されることを恐れた一人の人ではないか。
すぐに自分を特別な存在だと思ってしまう、いやそれ自体は仕方ない。
俺にとって俺はただ一人、俺だけが俺を俺足らしめることができるのだ、俺にとって俺が特別な存在なのは間違いない。
今は俺がどうするべきか、俺とはどういう存在か、俺が俺であるために何をするべきか。
もう自分が間違っているなんて思いたくない。藤を信用できないのも、海棠を裏切るような真似もしたくない。
欲張りの発言だけれど、落ちている物は全て拾うのが主人公、敵も味方も世界も助ける、それこそショタっ子ヒーローのアニメが教えてくれたことだ。
「伊津男くん?」
俺は思いっきり立ち上がった。後ろの席の子が驚くくらいには椅子を吹き飛ばし、机も揺らして。
クラス中の注目が集まる、というほどではないが、それでも大きめの声で藤に、俺は言ってやった。
「ショタショタクイズ、本日放課後行っとこう!」
海棠にも聞こえただろう。藤はくすりと笑った。
「了承~、思い切ったね」
「思い切って吹っ切ったよ」
まだ悩むことは沢山ある、けれど今は戦おう。
この青春と冠される高校生時代、精一杯悩みと真正面から向き合うのが若さだ。
若さとは振り向かないことだとあれも言ってた。違いない。
真面目な話してたら疲れちゃったよ。まあ自分という存在についての話は完成したから、十年後くらいには家族の問題も解決できているだろう、うん。
さて放課後。
生徒会室は生徒会メンバーがいるから使えないと思うたか?
生徒会メンバーに加え、文芸部の面々、海棠、牛山、栗林まで揃っていた。
座っているのは椅子の数の都合上生徒会メンバープラス読書ちゃんで後は周りに立っていたけれど、もうすぐ俺と海棠は座ることになる。
「えー、学校全体を巻き込んだ水泳大会の二次会が、今から地味に行われるのですね?」
キヨの仏頂面にも慣れたが、表情が本当に強張っている。どうしたのー?
「これを読ませるのか? ……セクハラだぞ、これは」
分かりづらいがキヨの本音が出ました。一体、彼女の手元の紙には何が書いてあるのか!?
爽やか副生徒会長が紙を見て、ノーコメント、ドブも見たがノーコメント、そして俺を睨むなよ、防御力が一段階下がるだろ。
おおっと、紙がどんどん盥回しにされていく! おい生徒会、そういう態度があれだ、一般市民の命を無碍にするんだぞ、医者とか病院的に考えて。
挙句、例の紙は生徒会以外の人の手にも渡り始めた。
クロが見た。
「お前、マジか?」
苦笑を抑えきれず、読書ちゃんにそれを手渡す。
読書ちゃんが見た。
「……死ね」
読書ちゃんとほぼ初コミュニケーション。汚い物を払うように、紙を藤に渡した。っていうか読書ちゃん超怖いんですけど何これ。
藤が見た。
「……」
一度だけ咳払いをしてそれを読もうとするも、何かを察したように、紙をこちらに渡す。
そして、俺が直筆した俺の司会進行が始まる。
「宵空高校第一回ショタショタっ子クイズ始まりまーす! イェイイェイドンドンパフパフ!」
俺が一頻り騒ぎ終えると、完全なる静寂が生徒会を包み込んだ。
「……死ね」
読書ちゃんの鋭い一言だけが突き刺さると、藤が咳払い。
「それじゃ、二戦目ということで飯野くんの得意分野で勝負ということで、テストは事前に用意しましたのでこちらをどうぞ」
海棠はなんか色々怒っているらしいが無言、栗林はドン引き、牛山も引いているみたいだけど、言う事は言う。
「ちょ、ちょっと待ちなさい! そっちで用意したテストなんてズルじゃない!?」
「そんなことないよ、牛山さん。これは私が有志を集って作った自信作。飯野くんには教えてないし、これで飯野くんが五十点以下を取るようなら別れるって決めてるから」
そうなんだよなぁ、藤がいつの間にか用意してて……ん?
「あれ? あれ藤ー? 愛してるよー?」
「うん知ってるよー、ワタシモアイシテル頑張ってー。それでは二人とも席に着いて」
ちょ、ちょっと待って欲しい。牛山の疑問の答えにもなってないし俺が一番困っている。
けど牛山はなんかビックリして言葉を止めている。チョロイ女だなぁ、おい。
予め用意されていた、いつもの生徒会の大机と違う場所に二つ、どこぞの教室から持ち込んだ机と椅子のセットにそれぞれ俺と海棠が腰かける。
廊下を見るように、左には海棠が、右にはでかいゴミ箱が、それぞれ緊張感を醸し出さない。なんか微妙な空気。
「試験時間は三十分、試験中に不正行為が発覚した場合は即刻敗北とします。あと細かいルールは表紙の紙に書いてあるから読んどいてねー」
重々しいと思ったら、軽い感じで藤が言う。
でも小冊子状のテストはかなり本格的らしい。表紙にどどんと「ショタ」と科目が書いていなければ公式のものと見間違える。
「それでは、用意……ドン!」
なんだよその始め方! 走っちゃうところだったよ!
小冊子を開くと格子のたくさんついた白い紙が……。
……全問記述だってよ。魔術師でも苦労する、それが奇術。




