心休まらぬ土曜日の午後
生徒会室を出ると誰も居ない、休日の学校だからだけど、クロもそそくさ帰ったのか、何しにきたんだ。
キヨは服を一体どうするのだろうか、と一瞬は悩んだが取り立てて気にはしなかった。
通りすがりの剣道部顧問に見つかってとか、道具を借りに来たショタ高校生ととか全然考えませんでした。ほ、本当にエロくないよ? 悪いのはあの水色の下着。
普通に靴を履き替え、歩いて帰宅。自転車は家で眠っている。
太陽はまだまだ天高く、ともすればカッターシャツを汗でにじませるほど。
生徒会室は何故か電気ついてなくてひやひや涼しかったが、やはり外は日射が直接当たり、蝉の声までうるさく熱い。
こんな日は家でごろごろに限る。扇風機かけながら漫画とかアニメとかマジ最高。
またはサイクリング、我が愛機のグリューネファーべファーラドとともに風を切るのだ。
単に緑色の自転車なのだが、最近はドイツ軍人という設定で擬人化までしつつあり、性格も定まってきた。死にたくなったらこいつと一緒にどこまでも行こうと思っている。
とりあえず、歩いてみたら、コンビニが。俳句でも何でもない近況報告。
おうち大好き人間といえど、この時間で家に戻るのもなんかあれ、なんかあれなのだ!
こういう時はコンビニコミックを読むしかない。
流行ってた巨人だって昔は余裕で立ち読みできたし、筋肉マンとか昔のコミックも読める。
人として立ち読みとかどうなのかと思うこともあるが、まあいちいち気にしてもあれ。
さてさて今日は何を読もうかな、漫画タイムなんとかかな、なんて呑気に考えていると見知った顔を目にした。
いや、確かに見知った顔とは言ったけど、それは見たことがあるということで、見慣れた顔という意味ではない。
ウェーブがかった長い金髪、ぱっちり睫毛にクリーム色のセーターぽいセーラー服、肌は浅黒めで割りと美人、不良っぽい女性というよりかは嫌な感じのリア充である。
というか、例の親父のあれである。あればっかりだけど、これはちゃんと言葉にできるけどあえてしないだけのあれ。
向こうはこっちを見て、こっちも向こうを見てしまっている。俗に言う深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いているという奴だ。あれは邪神か何かと言っても差し支えない。
俺がするべきことはわからないが選択肢は三つ。
一つは逃げ出す、次に無視する、最後に必死に名前を思い出す、のどれか。
逃げ出そうとしたところでその子が読んでいた雑誌を棚に強引に戻し、つかつかとこっちに来た。
そして、前みたいに腕を掴まれた。
「あんた! たしか光男さんの子供よね?」
「い、いえ、人違いです」
「はぁ!? 私は顔覚えているんですけど!」
「私は忘れました」
腕に入る力が強くなった。痛いし怖い、なんで俺って女運ない? 知り合いの女性が増えて「俺もハーレム主人公かな」とか思ってたのに、ちょっとひどすぎない?
いや待て伊津男、最近のヒロインというものは一筋縄にはいかないもの、たぶんこれくらいがノーマルになる日も来る。でも現段階ではただの酷い人達である。
「忘れたってことは知ってたってことじゃん! 飯野伊津男でしょ! 私の名前は!?」
と、尋ねられましても。
「斉藤さん?」
「西橋よ! に・し・ば・し・か・な!」
西橋火奈、どこかで聞いた名前だな……なんてボケはもうやめて。
「そういえばそんな名前だったね。ごめんごめん、人の名前をおぼえるのは苦手で」
「へえ! それが事実だとしても、光男さんの子供かって聞いて嘘を吐いたのはなんで!?」
「そんな人、親でもなければ子でもないから」
西橋さんは悔しそうに、怒った。
歯は噛み締め、瞳は俺を射抜くように、足はいつでも逃げ出せるように右足を後ろにしている。
まあ今の一言が衝撃的だったのは違いない。自分の愛している人がいかに拒絶されているか、好きな物を否定されることは本当に辛い。だから皆もショタに対する理解を……。
「あ、あんたねえ! それでも光男さんの子供なの!?」
「え、いや、だから違うって」
「ちがくないでしょ!」
え、なんか可愛くない? この子泣きそうなんだけど。
仮にも年下の女の子を泣かせようなんて、藤にもキヨにもクロにも非難される恥ずべき行いであろう、だがしかし、この娘が俺の母親になりえると考えれば多少の暴言だって許されるだろう。
「そういえば西橋さんはこの辺りの人なんですね? 知りませんでした」
灯台下暗しとはまさにこのこと! あの糞親父この辺りの女子高生と変態行為に及ぶとは、許されない変態さんです!
「っていうか何で敬語なの? 別に呼び方は火奈でいいし、普通に喋りなよ」
藤にもキヨにも喋り方を注意されたというのにこの子にまで……俺ってそんなに喋り方変なん? いや変なのは自覚している。
「いえいえ、あえて敬語を使うことで距離を開けているんですよ」
「そういうの、丁寧語っていうのよ、知ってる?」
ふふんとこのクソガキは人を小馬鹿にしたような笑顔を見せた。そういう小さいことに拘るほうが馬鹿だと思うんだけど。
でもそういう区別がつく分の教養(小学生レベル)があるのは良いと思うし、ちゃんと指摘するところも好きだ。
嘘なく、間違いを見逃さずに正す、これをしっかり行うことが出来る人のなんと少なきことよ。
ま、社会に出たら空気を読めだとかなんとか言ってそういうのは放置が善とされたりするし、いつまでこの子が純心でいるか是非とも知りたいね。
っていうかやっぱりムカつくんだよこいつ! くっそ腹立つ!
落ち着こう、年下だ、年下。年下の女の子と張り合って何の意味があるのか。
立ち読みを害された以上、家に帰るほかない。
「何はともあれそろそろ家に帰るよ。それじゃ」
「待ちなさいって。私、もっとあんたのことが知りたいんだけど」
髪の毛をさわさわしながらカナがいう。
いやその前になにその良い感じの台詞。俺のこと好きなの? だったらちゃんと目を見て言ってよ! いやジョーク、理由ぐらいは分かる。
「別に俺のことを知ろうが知らまいが関係ないよ。親父も俺も、もうほとんど関係ないし」
息が詰まったようにカナが黙った時に、さっと腕を振り払ってコンビニを出た。
家から五分もかからないコンビニ、結局陽は未だ赤くならず、燦燦太陽という方がうってつけ、時間にして三時になったくらいだろう。
結局家に着いてしまった。もうこのまま炎刀まで読んじゃうしかない。
が、我が家に着くといーじすくんが活動していた。
説明しよう! まず我が家の扉は引き戸でスライド式なのである。重複したね。
で、いーじすくんは中にいる人を閉じ込めるための丁度良い長さの棒である。ほら、引き戸って扉を動かないようにつっかえ棒とかあるでしょ? それがいーじすくん。
引き戸なんだから扉は二枚仕立てで、普通のドア側と普段使わない側のドアがある。
で、常軌を逸してしまった人のために普通のドアを封じ込めるのがいーじすくん、と言っても普段使わない側を使えば簡単に外に出られるけど、それに気付かない人が我が家にはいる。
わかりにくい説明をしたから簡潔に言うと、ヤバイ時の母さんを家から出さないように閉じ込めるのである。
ほら、現に中から扉を叩く音が聞こえる。耳を澄ましてはおぞましい母の声を聞いてしまうのであえて無視。マジで深淵に引きずり込まれる闇の囁きだから。
まあ落ち着いて。
いーじすくんがいるということは、誰かが母を閉じ込めたということ。
その誰かを俺は捜さなくてはならない。
が、すぐにいた。
家の壁に背を向けて、だるそうに座って眠りこけている女。
まあ言うまでもなく姉貴なんだけどさ、あまりに無防備だ。防具を買って装備しないレベル。
化粧は崩れかかっていて化け物のような表情になっているが、それでも露出度の高めな黒の下着と赤のボレロは相変わらずで、短い黒のミニスカから太腿も惜しげもなく出されている。
性犯罪者だから同じ目に遭え、とか思っても口にしちゃ駄目だな。うん、俺はまだ人間としてちゃんとした精神を持ちたい。
けれどこの世に神がいるのなら、この女になにかしらの天罰を与えて欲しいものだ。
偉い神父か司教曰く、最初から真面目に生き続けたものと、悪事を働いた後真面目になった人では後者の方がエライらしい。
理由はあんまり憶えていない、でも後者の方がしっかり神の考えに従って改めたからとかそんなんだと思う。
ふざけんな、って思わない? 言いたいことは少しは分かる、一度堕落し、楽を知った者が再び禁欲精神に入れ替えるというのは非常に難しいだろう。
でも、だからってそいつらの方がもてはやされるなんておかしいじゃないか? 成長してようやくスタートラインに立っただけじゃないか。
……いや、違うか。前科者は所詮スタートラインにすら立てず苦労苦労の日常を送っている。一度悪事に身を染めて、そこから更生しただけで零になるなんてことはない。
あの天衣無縫で天真爛漫な姉貴も、こうなっては社会の荒波にもまれ、こんな風に寝ているただの一人の女。ま、自業自得だけど。
昔はいろいろ会ったけど、今こうしてみれば俺の方が強いんだろう。
寝ている姉貴の顔を掴んで、上げてみた。
汚い化粧で汚れた姉貴の顔は、人間の顔よりなお汚らしいものに見える。
その不自然に彩られた目蓋が開かれる。
「……天使が起こしてくれるなんて、良い世の中だねぇ。で、どうしたの?」
「そりゃこっちの台詞。何をしでかしたのかな、と思って」
天使ねぇ。俺の考えていたことをよんで発言しているみたいだ。なんかうざったい。
すると姉貴はぼんやりと俺の顔を見たまま、ぼろぼろと涙を流し始めた。
「どっ、どうしたのさ!」
「私ってそんなに変わったかなぁ!」
香水臭いからだを押し付けて、姉貴はわんわんと泣き始めた。
もうね、わけがわからないよ。
まず姉貴はそこそこ稼いできたので、そこそこのお金を家にくれようとしていた。
ところがどっこす、姉貴は母に親父の愛人と勘違いされて危うく刺されかけたらしい。
まあ姉貴にしてみれば俺が癒しで母が唯一の味方、その母に殺されかけたとあっては泣きたくもなるだろう。
恐ろしいのは、母さんがついに姉貴の顔まで間違えるようになったことだ。
こないだ十分くらい食材の乗っていないまな板を包丁でとんとんしてて、ようやく出た台詞が「あらやだ、まな板を忘れていたわ」だからな。いやいやまな板以外の物ですって。
「そんなに泣くなって。母さんも、大変なんだよ」
俺だって辛いんだし、姉貴だってモロ水商売っぽいし楽じゃないんだろう。冷静に考えれば親父だって、カナの両親との関係とか複雑そう。飯野家全滅かよ。
いや待て、その中ではなんだかんだ恋愛相手のいる俺と親父幸せじゃね? しかも俺とか姉貴とキヨとカナと藤という女子の話相手結構いるし。事情は複雑だけど。
「ま、気の持ちようだよ。良い事あるって、なんか」
「超、超適当じゃん……」
さすがに気が滅入っているらしい。俯いたまま顔を上げようとすらしない。
多少は同情するので、まあサービスがてら頭をなでなでとしてやった。
髪の毛だけはワックスだとかなんとかを使ってないみたいで、つやつやと手に気持ちいい。
「どう?」
「ううー、もっともっとなでて」
ナデナデシテー、ブルスコファ……。
その後は気が済むまでナデナデしてあげましたとも。俺って本当に優しいやつだと思うから奇跡が起こってハッピーエンドになってほしい。




