キヨの足掻き・中篇
家に帰り、ご飯を食べて、学生服に着替える。
俺、真面目すぎない? あんな誘われ方で本当に釣れるとかどんなダボハゼだよ、奴が釣り吉なのやも知れぬ。
ま、しかし、能力をお姉さんが上げてくれるというのだから誘われていかない手もないだろう。キヨは属性多いし、普通に美人だし、誰だって嬉しい。
いや正直超行きたくない、寝たり遊んだりしたい、でも後が怖いじゃないですか……。
晴れがましい空に憂鬱な独白を零しながら、夏を感じさせる爽やかな風を浴びながら、ひたひたと湿ったように進む。
そういえば梅雨のシーズンだった気がするのに、結構晴れている。こいつぁツイてる!
学校に着いた。こっちも着いてるけど、キヨと出会ったことは全然ツイてないね。
下駄箱からすぐのとこの生徒会室、そこにキヨは一人でいた。
「やあ」
「あ、どもっす……」
「そう萎縮するな、君と私の仲ではないか」
キヨはそう言って笑いかけてくれた。
が、キヨと俺の仲ってなんだよ、部員と部長、生徒と生徒会長、そして恋敵、萎縮する要素しか見当たらない。
「と、とりあえず原稿用紙とかペンとか持ってきたんですけど……」
「ああ待ちたまえ。さっき文章を校正してやるといったな、あれは嘘だ」
なにこの人、コマンドーなの? 俺二番目くらいに殺されるの?
十万ドルくらいポンッとくれそうなほど度量の大きなキヨのクセに、嘘をついてまで俺を呼び出した理由はなんなのか。
この人は同性愛者なので告白とかはない。でも最初に告白とか考えちゃう時点でかなり俺はこの人を意識している。や、本当になんかいい感じに美しいんですって。
が、油断はしてられない。この人が他に俺を呼ぶ理由、二人きり、つまり……闇討ち。
俺はペンを握り締め、すぐ立ち上がれるよう軽く腰を浮かし、対話を試みる。
「嘘って……じゃあ、何のようですか?」
「藤くんについて話し合いたい」
「藤は、お、お、俺のものです!」
藤の名前を出されて穏やかでいられるほど俺は大人ではない!
「まずは落ち着いて、話を聞けっ!」
が、キヨも藤については譲る気がなさそうである。超怖い、今なら譲ってしまい……しまわない!
「な、なんでしょうか……」
「いやなに、なんだかんだ言って私と藤くんのなりそめはそれほど新しいものではないのだ。私は彼女が一年の頃から知っていてね、何度かアプローチを試みたことがあるんだ」
それは実に意外な事実である。でも藤が一年の頃とか俺は全く知らない。
「その頃、君と藤くんに付き合いはないようだから、親しさでは互角といったところだろう」
「いや待って、俺は姉貴が藤と同じ塾に通っていたから少しだけ親しい」
「いや私は彼女を生徒会に誘ったからもっと親しいはずだ」
「誘われても断ったのなら別に親しくないでしょう。俺は藤と付き合ってるも同然だし、何より先輩は振られてるじゃあないですか!」
「あっ!! 貴様それを言うか!」
白熱した議論はキヨが思い切り机を叩き立ち上がって、俺がビビッてイスを五メートルくらい引いたところで一端止まった。
「……そうだな、互いに納得はできないが、ここは互角ということにしよう」
キヨはフッと溜息をついて、努めて冷静に言った。
「そ、そうすね……」
それしか言えませんでした。この人って意外と感情的なのねん。
「それでだ、改めて聴きたいことがあるのだが、いいかね!?」
当然俺に拒否権はないので、黙って頷く。
するとキヨは結構恥ずかしそうな感じで、乙女チック全開な雰囲気で尋ねる。
「その……彼女が、腐女子というのは、事実なのか?」
「ええ、残念ながらそうでしょう」
姉貴は腐ってないのに、何故か藤は腐っている。早すぎたんだ……。ていうかその事実確認を藤としていないのか。
キヨは黙って思案顔になったので、俺も仕様がなく実は持ってきていた西尾さんの本を読む。っていうかいつも通りですね、刀ですね。
化とか偽とかあるけどあっちは肌に合わんのです。アニメは観たし、話し方とかは似てるけど刀の展開の熱さが好きだからあんまし関係ないんだよね。
これとイナイレが我が人生の二強である。ジャンルは違うが本当に好きなものってそんなもんだ。
最高格好良くて最高いかした人がやられたくらいでキヨは机をトントン叩いた。
「なあ飯野くん、藤くんは男性同士の絡みが好きであると言うのだな?」
「そうですね。まあ彼女は女体化でも何でもありですけど」
「それは、興味深いな。こんな喋り方を続ければ私にも何かチャンスがないだろうか」
「ないですよ。俺がいるんですから」
「なに?」
と、キヨさんはかつてないほど凍てつく眼差しをこちらに向けた。俺じゃなきゃ失神していた。いや俺でも失神しそうである。
「なあ飯野くんよ、君は良い、小さな男子に興味があるだけで結局女性も好きなのだから、両思いになることくらい多々あろう。だがしかし、私はどうだ? この日本社会、女性が女性と結婚することはできず私は肩身の狭い想いをし続けることになる。だが藤くんはそんな私を決して拒否することなく、一人の人間として向き合ってくれた。君には彼女以外にも相手がいるかもしれないが、私には当面彼女しかいないのだよ」
「俺にだって藤しかいないですよ! 勝手なことを言わないでください」
そもそも振られてるじゃん、という前にキヨは息せき切って立ち上がる。
「いや言う! 藤くんも君もなんだかんだ言ってノーマルだ! 結局はパートナーが異性でも平気ではないか! 私は違う、男じゃ駄目なんだ、私にはどうしても女性しか愛せない……私には、この苦痛を分かってくれるのは藤くんしかいない……」
「いやいや、藤にこそわからないでしょ、そんなこと。そもそも恋愛と藤は無縁ですし」
藤にそんなキヨの乙女心が分かるとは思えない。彼女はあくまで真摯に考えて、一緒に悩んで、でもそれだけ。完全に第三者からの一般論を出す意志のない観客って感じだろ? 現に俺はそんな感じ、はっきり言えば「ふうん、ショタコンって大変なんだね、頑張って」ぐらいの励まししかない。
藤は確かに同性愛者だからといってキヨを嫌悪しない、けれどそれで苦労しているからって同情もしない。ただ話を聞いてくれるだけで俺は嬉しいからいいけど。
やっぱりキヨは何にも分かっていないんだろうね。ふっふっふ、かわいそうに。
「ま、いいじゃないですかなんでも。藤が俺を好もうとあなたを好もうと、ここで二人で議論をしてもどうにもならないじゃないですか」
「そうはいかんぞ、飯野くん。君が藤くんを好きである限り、藤くんは君と添え遂げることになっているのだ。君が諦めてくれなければ私が困る」
THE・自分勝手! この人、自分と藤のためなら俺のことなんて屁とも思ってない。
「あなたねぇ、諦めろって言ったってそんな人の好き嫌いはすぐに変わらないでしょ? それにあんな美人は他にそうそういないし、それでいて俺を慕ってくれるなんてもう宇宙に一人ですよ?」
冷静に考えて、学業優秀でほどほど運動も出来る感じで、頭も良くて、先生からの信頼が厚い、美人でしかも俺に慕ってくれる女性……え、なにこの理想の相手?
俺のこと好きな人、というのもなかなか思いつくものではない、姉貴はもはや人以外の何かなんじゃないかと思うし……クロ? はオスであるうえ、頭悪そうっていうか絶対悪いだろ。
ヤバイな、実績も事実上も何もかも藤が一歩リード、いや一歩どころかもう42,195kmはリードしてる。
「ふむ、それもそうか……」
キヨは俺の言葉に納得してくれたのか、顎に手を当て再び思案に入った。
では俺も読書、カラクリバトルに赴きますか……と再び本を開きかけた時、キヨが突然声を出した。
「そうだ! 私を好きになればいいんじゃないか!?」
んー? この娘は何を言っておるのだね?
俺は目を細めて、本を閉じなおし、言葉を心中で復唱する。
キヨを好きになる、というのがキヨの結論であるらしい、が……。
はあ、まあ確かにキヨは藤に劣らぬ、というか多少勝る能力の持ち主だろう。身分もいいし、今の腐りかけ藤と比べれば『彼女』というステイタスではかなり優れているだろう。
それに、同性愛で苦しんでいるキヨなら、それこそ俺のショタコンを真摯に考え、その苦しみを分かち合ってくれるかもしれない。
が、だ。やはり藤の方が良い。それは俺が古い考え方の人間で恋愛からなる愛が尊いとか考えているのも一因だろうが。
短期間だけど藤とはいろいろあったのだ、一緒に過ごし、悩み、苦難を乗り越えた女性。
そうやすやすと離れられないのは当然! それに藤の方が胸大きいし!
「生憎ですがお断りさせて頂きます。あなたと藤では差がありすぎる」
「どうしても駄目か? 私の二番目の相手、とは結構人気の立場だと思うぞ?」
それにほら、愛がないじゃない。愛さえあればラブイズオーケー、ということはつまり、愛がなくてはラブイズントオーケーなのだ。自分で言って意味が分からないけど。
「もう帰ってもいいですか? なんというか……不愉快! そう不愉快です!」
うってつけの言葉を思いついた俺は少しテンションを上げて叫ぶ。
するとキヨはいきなり自分の制服を破きだした。
ボタンは弾けとび、薄水色の下着が露になり、俺の視線が胸元に吸い寄せられる。立派な谷間が出来るような巨乳を曝しながらキヨの顔は恥じらいどころか決意の炎すら宿っている。しかし大きいな……いや、ち、違うんです、不可抗力なんです。
「私がもし、この場できゃーとかいやーんと叫んだらどうなると思う?」
え、待って、どうなるの? 今にも俺が叫びだしそうだったんだけど?
いやはや藤の方が胸大きいけど、キヨも大概デカい。男を悦ばせるいやらしい肉体してる。肉体と書いて『からだ』とルビを振ると倍エロい。
「なあ飯野くん、この場でするのはただの口約束だ。君が藤くんから手を引くと一言でも言ってくれれば、私はそんなまねはしない」
「え、ちょっと待ってください。キヨが叫んでもただの痴女でしょ?」
自分で脱いで人を集めるとか変態にも程がある。正直引くわ、人のこと言えんけど。
キヨは正直茫然と俺を見ていたが、ようやく口を動かした。
「あのな飯野くん、普通はこういう場合、君が私を襲ったと思うものだ。すると君は社会的に抹殺される」
しばらく考えて、俺は気付いた。
生徒会室という密室に男女が二人、かたやエリート女子高生生徒会長、かたや変態とあだ名される男子高校生……。
いや、一応気付いてたけどね、高度な現実逃避だよ、叩かれまくる釣り宣言とかそんなんじゃないよ?
くっ、目の動きに全神経を集中させたあまり脳がおろそかになったんだ、恨むならあの胸を恨め! でも俺にはあの胸を恨むことなんてできない!
……どうしようか。
そもそも俺が手を引くという口約束をしても、キヨの服がびりびりな時点で手遅れな気がする。
が、そこは天才生徒会長、人を騙くらかす手段の一つや二つは心得ているだろう。かなり下衆。あと、ダマクラカスってカタカナにすると凄くイスラーム圏の大都市っぽい。
俺、世界史やってるけど結構楽しいよね。真っ先に少年十字軍が思いついちゃったけど、普通に古代ギリシャとか藤も飛びつきそうだし、何より昔の戦争とか軍人ってロマン。
日本史も戦国武将とか結構面白そうだし藤と話が合いそうだからやってみようと思ったけど、まあそこは趣味で。
さてと、そうと感じさせないほど鮮やかな現実逃避も済ましたし、真剣に考えよう。
藤から手を引くといえばこの場は切り抜けられる、失うものは俺の安っぽいプライド。
そもそも俺の安っぽいプライドなんて本当に安いからね。嫌いな姉貴に御器をかぶる奴を退治してもらう程度には安い。なんなら無料配布しているレベル。
ならまあこの場を切り抜けるのが一番、と思っていたのか? 甘い甘い。
第一に俺はやっぱり嘘が嫌いである、ショタコンを隠したくないくらいには嫌いである。
ま、それは俺のフリープライドの話だから割とどうでもいい。
もし俺がこの場で嘘をつき切り抜けたとして、キヨはそれを藤に伝えるだろう。
藤はどう思うか、少なくともこんな窮地であっても評価がマイナスになる。
あの子、あれでもキヨとのこと真剣に考えてあげたみたいだから、俺の評価が減っていけばマジでキヨと付き合いかねん、マジで。
ならここでどうするか。
一つは「叫びたければ叫べ! 僕は屈しないぞ!」と格好良く啖呵を切って人生終了コース。この場合、俺は姉貴と同レベルに見られるが、藤とキヨの仲も穏やかにはならないだろう。
もう一つ思いついた手段は、この場でキヨに襲い掛かりイヤらしい写真を撮って脅迫するというもの。そして口を封じれば万事解決。
こんな手段を思いついてしまい「あれ、これよくね?」と一瞬でも思ってしまった俺のことを誰かにぶん殴って欲しい。姉貴に罪をなすりつけたい。
でも前者でも後者でも人生終了しちゃってるよね?
果てさてどうしたものやら。プライド無料配布として土下座靴舐めでもするか。
「な、なにか他に許してもらう手段はないでしょうか?」
努めて笑顔になり、掌をもみもみと重ねる。セールスマンスタイルである。
キヨは無言の笑顔のまま、既に裂かれたカッターシャツをちょっとずつ千切っている。
「選択肢は二つ、諦めるか、諦めないか」
虚ろな瞳でアッハイという程度には追い詰められている。忍殺は読んだ事ないです、でもロマンだよね、忍。
忍者はジャンプ漫画で三大看板になれるし、深道ランキングの一桁台にもなれる、ガンダムファイト第十三回大会でも一敗のみと好成績も残せる!
クノイチとか超エロいし、外国のスパイも素敵だけど日本の忍者はロマンがある。スパイの一般的なイメージのボディに張り付くスーツも悪くないがクノイチの忍装束のが良い!
話は変わるけど、まあこんな糞女見せ付けられたらそりゃショタに走るってもんだよね、いや年上の女性って本当に姉貴なりこいつなり汚いし嘘つくし犯罪まがいのことするし、いや姉貴は実際に犯罪者でしたけど。
どうすんの、どうすんの、どうすんの俺! 続く!




