キヨの相手・前編
「おい飯野ー!」
教室で俺を呼ぶのは教師と藤くらいである。が今、教師は教室に居らず、藤はというと突然の声にびくっと驚き、席で萎縮している。
が、その声が誰のものか分かればすぐに萎縮もなくなった。
藤もそんなに驚かずとも、こんな野球に誘う中島みたいに俺を呼ぶ人間は一人しかいないだろうて。
「どうしたんだ、こんなところに」
クロはなかなか朗らかな笑顔を持ってこっちに入ってきた。
必然、まにわにことクラスの方々は怪訝な顔つきである。
我が校にいじめは存在しませーん、だって本人が割りと気にしてないから。かませ犬程度の畜生どものことをいちいち気にしてられるか。
クロもクラスの不穏な空気を感じ取ったのか周りを一瞥するが、気にせず俺に声をかける。
「飯野、実は俺と柊ちゃん、今日部活出れないんだ。だからそれを伝えて欲しくて。それと……」
クロはもう一度、クラスを一瞥した。
そして小さな声で。
「なんかあった?」
「何もない、むしろ普通だ。わかったら帰れ」
クロは一瞬怒ったような顔をしたが、諦めて戻った。
大変だなぁ、周りを気にする奴ってのは。
俺はもう気にしない。ただ藤だけがいてくれればそれでいいんだ。
それにしても読書ちゃんとクロが一緒に部活に出ないとは、これが問題。
あいつもマセているではないか、俺と藤ほどではないがな!
HO・U・KA・GO!
このテンションは持続しないが、藤と俺が生徒会室に向かっていた時のことである。
耳とか鼻とかが赤くなり、眼鏡を拭き拭きしているドブが生徒会室から出てきた。
「ん……ああ、君達か」
いつもの元気がない。眼鏡を外すとイケメンなんてあるけれど、この人が眼鏡を外すと何か物足りない感が出てしまう。胡椒でも振り掛ける?
くいっと腕を引かれた。
「伊津男くん、何があったか聞いてよ」
ひそひそっと耳元に口を近づけられて下の名前を呼ばれたらもう俺はインスタントラヴァーズ。
また下らんことばかり言ったが、ただ事ではないのは確か。
もう大人と言ってもよい先輩のドブが泣きながら生徒会室から出てきたのだ、やすやすと踏み込んでよいものかと悩まれる。
それを藤は俺に聞かせようとする、ひどいけれど、男子同士の方が話せることもあるのは確か。
「先輩、どうしたんですか?」
俺の勇気が輝く。たぶん今ならヘル&ヘブンとか使える。
「いや、大したことは……」
「大した風に見えますよ! 保健室にでも行きますか!? 二人になるとか……」
「……うん、じゃあ、話だけでも聞いてもらおうかな」
というわけで、俺とドブはとりあえず二人で出歩いた。
藤はこちらを一瞥すると、遠慮せず生徒会室に入りました。まあ先輩に言った手前仕方なし。
やってまいりました、運動部が使っている水道場。蛇口は半分以上が上を向き直接水ががぶがぶ飲めるようになっていて、下には洗いかけのユニフォームが散乱している。
体育館の近くで時たま体育館と下駄箱を行き来する生徒が訪れるが、俺とドブの話に耳を傾けようという酔狂者はいないだろう。
「実は、俺と清は付き合っていたんだ」
キヨ!? キヨマジかー。キヨ中古だったかー、ま、どうでもいいんですけど。逆に清純そうな女の子がそんな感じだと興奮するまである。
という無駄話を考える前に考えることは二つ。
付き合って『いたんだ』ということと、ドブが滅茶苦茶に泣いていた事である。
「それで……何があったんですか?」
なんとなくわかるけど、そう聞かねばならない、ドブのためにも。
アレだよ? 別にドブの口から直接フラレタっていう言葉が聞きたいんじゃないよ、ほら、自分の気持ちに整理をつけるとかいう感じのそれ。
ドブは、口にするのも苦しそうで、冷や汗すら流しつつある。ぷぷっ。
一度鼻を啜り、
「……清は、俺のことを全然愛していなかった……」
いやまあ、高校生に愛とか求められてもねぇ、重いよ、愛。
でも、俺も藤に愛されてなかったら泣きはらすどころか、ヤンデレと化して犯罪を犯すくらいならいっそ少年を愛するってなって結局犯罪を犯す気がする。詰みました。
だが、他人と俺は違うので、ドブのことをドブのこととして考える。
「愛なんて……先輩は少し無理をさせていたんじゃないですか?」
「無理……か。確かに、俺は清に無理をさせていたかもしれない。でも!」
ドブの壁ドンである。壁が可哀相だから止めてあげてほしい。
ドブは歯軋りぎしぎし、言い辛そうに言葉を飲み込んで言う。
「ずっと好きだった。幼稚園の頃から気付いたら目で追っていた……」
そりゃ純粋にストーカーレベル。そんな時から無理させてたのかよ、救いようがなくてもう地獄に落ちてくれていいレベル
「それがこの間、ようやく、一歩進んだんだ。なのに、なのに……」
やっと付き合ってくれたのだろう。でフラレタと。笑いこらえるのに必死なんだけど。
「いったい、何がどうしたんですか!?」
まだドブは口ごもる。真実を言わない、何かを隠している。
言葉より先に、涙が溢れている。
辛辣なコメントに定評のある俺でも流石にこれ以上は問い詰めることはできない。
「……今日は、帰りますか?」
「ああ……流石に、顔は出せないよ」
そして、しばらく泣いているドブを励ましてやった。
この時間、これまでの時間、これが致命的といえるほどに重く、肝要な時間だった。




