どうでもいい話ばっかり・Gが好きな人間なんていません!
そこに奴はいた。
震えが止まらない。必死の思いで家を出た俺は止まらない汗を拭いながら、息が整うのをただ待った。
膝から崩れ落ちる。ズボンが濡れているようだが、全て汗らしい。そう信じた。
呼吸がまだ乱れている。何より心臓の早鐘が止まらない。鼓動がそのまま体に伝わり、全身の震えになっているようだった。
怖い。恐い。本能的な恐怖、絶望、諦念、明確な死のイメージが脳に刻み込まれる。
……語るも恐るべき、見るも忌むべき、この世の災厄の集合体とも呼ぶべき存在。
俺は、俺はあれのことを、Gと呼ぶ。
黒光りする、G。
……まあ、少しだけ誇張した。でも汗がだくだくで、家を飛び出て、心臓がばくばくいっているのは紛れもない事実。
死とかはあれ、俺シンクロモンスターだから、男子高校生にショタコンをチューニングしてるから、召喚を無効にして破壊されたり、逆に敵のGが出てきたり、Gの効果でドローされたりする。
恐るべきコックローチ、悪の大ボスGOゴールである。
これは英雄たる男性の力が必要。つまりはヒーローマン、ヒーローマンに来て欲しい。
あれは本当に主人公が良かった。男の娘とも言い切れない中性的な外見にみかこしが備わって最強に見える。
という余談はさておき、要は真庭蜚蠊をどうするかである。鑢さん、出番ですよ!
ちなみに漢字表記を見つけたけど、右の字がもうなんて書いてあるかも分からないし、書けと言われても書けない。ややこしすぎるだろ、害虫のくせに。
ちなみに本名はごきかぶりさん、御器をかぶかぶするからそういう名前とか聞いたことがある。皿まで食うなら毒も食って死ぬべきだろ……。
……いや、マジでどうしよう……。
虫はマジでヤバい。どれ嫌い嫌いかと言うと、どれくらい、のくらいを嫌いと言ってしまうほど嫌いで、もう嫌い嫌いしましょ! って感じである。
其の前に何が有ったかを知らせねばなるまい。
思い出すのも酷であるが、屋内に溜まった塵袋を一つ、手にした処で持ち上げる、すると溢れる蜚蠊、飛翔疾走這いよって、縦横無尽に炸裂す。
我、英雄求む。
大体そんな感じである。要は家の中がドキドキパニックで夢工場レベル。
誰かを頼るという手段もあるが、母さんはタイミング悪く祖父母の所、藤に頼るのは、ちょっと情けなくて嫌、他の知り合い? 俺がショタコンだって知って逃げてったよ。
残る一人は、旅してる姉貴。
もし姉貴が近くにいたら頼ろうと思い、我が家で最も優れた電子機器である携帯電話を光らせた。
家にGが出た。今どこ?
と、件名のみで済ませてしまった。でもまあ、あの姉貴ならいいよね。
と思ったら高速で返信があった。
二時間待って。
同じく件名のみ。
んなもん、待てるか。
ところがどっこいこれが現実っ……!
待ちましたっ……! 二時間っ……、圧倒的っ……二時間っ……!!
まあノリだけだよね。いやアニメだけは見たんだけどね。にわかなもんで。
俺が二時間、自分の家の外でどんな思いをしたか考えて欲しい。適当なことを言いたくもなるのだ。普段からこんなんだけど。
母さんが帰って来ないのが不思議。まあでも母さんもゴッキー無理だけど。
あれだから、主婦にストレスをチューニングしたシンクロなんだね。
だが、姉貴は召喚を無効にされない効果を持っているに違いない。
あの人は昔っから怖いものなしだった。男も虫も近所の野良犬も父親も全部に打ち勝ってきた。
して、漸くあの人は訪れた。
赤いボレロはざっくりと胸元が開かれ、そこに黒い下着と蒼い宝石のネックレスが映える、見せブラというやつだろうか、大胆極まりなく、はしたないとすら思うが、不思議と姉の薄い胸だとそれがファッションなのかと思える。また頭の黄色い花の髪飾りが長く艶やかな髪を一筋に纏め上げ、幼げな姉貴によく似合っている。
逆に下半身は妙にむっちりした太腿網タイツにしか目が行かない。
さて、珍しく外見をしっかりと描写したわけだが、要するに俺は赤、青、黄の三色+網タイツなので混沌幻魔アーミタイツと言いたかっただけである。だからパンツ付近の説明はしないのでもう履いていないことにしてくれても構わない。
「さて、初めてのメールがまさか虫退治とはねぇ。可愛いじゃない」
「いいから頼むわ」
「本当にやるの?」
「なにが?」
「二時間も経ってる」
「二時間半な」
姉貴はしばし茫然とした後、呵呵大笑。
「本気だったんだ! 虫が怖いって本当の本気だったんだ!!」
どうやら、俺が本気じゃないと思っていたらしい。
だったらなんだ? 俺が虫が出たからそれを理由に疎遠になっていた姉と仲直りしようと思った、と思っていたのか?
そうなら、もはや呆れを通り越して苛立つ。
「頼むから早く虫を退治してくれ。家の中にも入れない」
「うーん、それもまあいいけど、条件がある」
「なに?」
俺がきつめに言うが、相変わらず姉貴はへらへらしている。
「虫捕まえて逃がしたら、好きなコスプレで写真を取らせてもらいます」
「嫌です」
「じゃ、またね」
「ああわかったわかった五匹で一枚ね!」
半ばヤケクソになって言うと、さすがの姉貴も驚いたらしい。
「五匹で一枚って……写真撮っていいの! そんで虫、どんだけいんの!? 十匹二十匹いたら……パワポケのミニゲームになるレベル」
他人が使うと気付くけど、『ほにゃららなレベル』っていうのは兄弟の口癖らしい。恥ずかしいな、気付くと。
「それで、頼んでいいの?」
「弟の晴れ姿のためだ。任せてみなさい」
そういって、姉貴は行った。
窓から、Gを鷲掴みにしていちいち『とったどー!』と叫ぶ姉貴は野生児そのものである。
今、麗しい姿をしているにも関わらず、どうしてあんな野生的な行動ができるのか、不思議でならない。
「十匹ー!」
二枚か。
「二十匹ー!」
四枚?
「三十匹……もう、やめていい?」
六枚! そして姉貴の面倒くさいスイッチが入ってしまった。
「ちょっと待て、お前、幼い日に俺にしたことを忘れたか!」
窓から姉貴はげんなりとした表情で言う。
「過去の重い十字架を、虫退治の理由に使うなよ……何より、あんな至福の時間を忘れるわけないでしょ、人生で一番刺激的だった……」
やっぱり救いようがない。どうしてこの人は反省しないんだ。まあ俺が今ネタみたいに使ったから駄目なんだろうけど。
それでも、俺は本当に虫が駄目なのだ。姉貴の手とかもう二度と触れないレベル。どころか姉貴自身に二度と会いたくないレベルでもある。
「で、Gはいなくなったの?」
「まあ上の部屋も見たけど、粗方掃除したかな。しっかし、掃除してんのな? ふぇー、私にはとても真似できないわ。明日は燃えないゴミだから気ぃつけてね」
それだけ言うと姉貴はまたどこかへと行った。
なるほど、今にしてみれば随分まともな人間に見えなくもなくなくなくってよ。つまり良い人っぽい。血ぃ吸われそうだけど。
家内に戻ると、ゴミ袋をのんびり整理することにした。
俺も姉貴も、こういう風に真人間に戻っていくのかもしれない。
逃げることをやめ、悪事を働くことをやめ、社会に適応していくのだ。
ショタコンは絶対辞めないけどね!! っていうか意志で辞めるもんじゃないし。




