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藤家へ

 二人で学校を出た。ロマンティックが止まらないね。

 しかしこのまま彼女の家に逃避行とは、自分ながら青春しすぎで中毒になるのではないか不安すらある。

 道はわからないから藤に任せようとしたけど、藤は校門を出てちょっとのところで立ち止まった。

「それで、なにをするの?」

「まず、藤のお兄さんと話したい」

 藤の兄と俺が二人がかりで適当に説得すれば、もう姉貴と会うなんて考えないだろう。

 さらにさらにィ! 藤の保護者にあいつの異常性を知ってもらえれば説得の手間も省ける。

 でも藤の表情は暗かった。

「兄は、ちょっと……。家に来る気なの?」

 まだもれなく襲う、といったことを根にもっている様子らしい。

「まあ、うん。でも、藤には絶対なにもしない。命だって賭けていい」

 そもそもあれは冗談だってのに。

「でも、あんまり、嫌、かな」

 歯切れが悪い藤は、いつもと雰囲気が全く違う。何かに怯えている様子すらある。

「もしかして、家嫌いなの?」

 震えが手に伝わる。図星みたいだ。

 家が嫌い、それとも家に人を呼ぶのが嫌い、どちらかわからないけど後者なら俺も一緒だ。

「それなら藤の兄のことは後回しでもいい。俺の話を、しっかり聞いてほしい」

 今の俺なら大丈夫だ。なんにでも話せる。俺は強い! だからなんで自己暗示なのか。

「姉貴は、罪を犯したんだ。犯罪者になって、服役して、今でも俺達家族は村八分みたいになっている」

「えっ?」

 信じられないようだった。そりゃそうだろうけど。

 俺は結構平然としていた。姉貴が犯罪者であることは別に隠すことでもないし、俺が恥ずべきことでもないから。

 問題は、俺がしっかりしていれば姉貴がそうはならなかっただろうと思うことだ。

 俺があの時しっかり抵抗していれば、もしくは後からでもしっかり注意していれば、姉貴の行為はエスカレートすることがなく、姉貴はあんなことにはならなかったのではないか。

 そんなことを考えると、色々辛くなる。挙句自分も姉貴と同じショタコンとかね、もう救いようがないね。

 でも大丈夫、ファミ痛の攻略本だから! わけがわからなくても気にしないくらい大丈夫。

「姉貴はマジでダメ人間だから、会わせたくないわけよ。分かってくれる?」

「……言いたいことは、分かる。でも、なおさら直接会って話したくなった」

 藤の瞳には決意の炎が宿っている。あまりの熱さに諦観が芽生える。どないしましょ?

「なら、藤の兄貴に会わせて欲しい。藤が俺の姉貴に会うなら、それくらいいいだろ? 時間もあるし」

 藤は気まずそうな顔をした。唇を固く結んで、俺の瞳を見据えた。

 でも、頷いてくれた。

 黙って歩きだした藤に、俺はついて行った。

 校門を出て、閑散とした田んぼとかも近くにある宵空高校を出て、ゆっくり歩く。

「ねえ、飯野くん」

「な、なに?」

「すごく言いにくいことなんだけど……いい?」

「今さら何を! 俺と藤の間で、そんなの無しだよ」

 好意丸出し発言をしました! もし藤がこれで俺の想いに気付かない鈍感ちゃんだったら、きっと俺の人生は少女漫画なんだろう。少年が鈍感なのが少年漫画、少女が鈍感なのは少女漫画、これが基本。

 藤は、こっちを向いて、いたって真面目な顔をした。

「飯野君を脳内で女体化していいかな!?」

 ぎゃあああああああああああああああああ!!

「そ、そして、お、お兄ちゃんと、こう、かけ算しても……?」

「ちょっと待ってくれ! ちょっと、ちょっと……」

 俺を女の子にするってことは、俺のことなんとも思ってないんじゃないですか!?

 そんでお前、唯一喋る同級生と兄貴でそんなこと考える奴がいるか!? 俺だって弟いたら……うーん、藤のことを悪く言えないな……。

 うっ、姉貴のことも悪く言えなくなった。べ、べつにあれだ、同性だから。全然犯罪じゃない、むしろ普通の交流、ちょっと仲良すぎるだけ。不起訴不起訴。

「かけ算は……許す……!」

 苦渋の選択にも程がある。定期テストでもこれほど悩まなかったというのに。あの問題、簡単なんだよな。平均ちょっとしかとれないけど。

「ひゃっほう! ありがとうございます!」

 藤は藤で相変わらずだった。相変わらず過ぎて、姉貴のことなんて忘れているように見える。


 ようやく辿り着いた家の表札には『藤』と書かれていた。

 二階建て、ごくごく普通にありそうな家で、小さな庭がある。

「さて、と。ここで二つ言うことがあります」

 藤がこちらを向いてピースを作る。もう、何しても可愛い。どうあがいても、可憐。これはKARENというゲームのキャッチコピーにしよう。主演は藤。

「一つは、早引けしたから怒られることを覚悟すること。もう一つは、お兄ちゃんは飯野くんのお姉さん、闘華さんと仲が悪いから怒鳴られることを覚悟すること」

 もう怒られること確定したも同然じゃないですか! え……覚悟って暗闇の荒野に進むべき道を切り開くことってギャングスターが言ってたよ? 犠牲の心じゃないことは確かだろ?

「別にいいよ。俺には話す必要がある、使命的に、義務的に、必ずしなければいけない」

「固い意志だね。どうしてそこまでして?」

 藤を姉貴と会わせないためでーす。一方的に約束を破るようであるが、たぶん藤のためになる。

 チャイムも鳴らさず、藤は堂々と入った。自宅なら当然か。

「ただいまー」

「あの、おじゃまします」

 入って右から順に部屋、階段、廊下、左の壁に別の部屋。玄関からしてほどほど綺麗。

「お母さんとお父さんはいないはず。でもお兄ちゃん、今日は予備校ないって言ってた」

「お兄さん、浪人してるの?」

「あはは、身内の恥だね。手篭めにしていいよ」

 どこの人間が想い人の兄貴が浪人してただけで手篭めにするんだよ! なんてこった、藤相手だと俺がツッコミになってしまう。俺と藤は似たもの同士なのかもしれない。これは結ばれるべき。

 階段から、黒い服を着た男が降りてきた。別に黒服ではない。

「あ? おい、それ誰だ」

 なんてぶしつけな一言なんだ……それ、俺ってそれ?

 藤の兄貴は、第一印象最低である。

 俺への態度は勿論のこと、藤のことまで酷い扱いをするようにみえる。

「あ、うん。飯野伊津男くん。同級生なの」

「飯野? おい飯野ってもしかして……」

「えっと、闘華(とうか)、の弟です」

 飯野闘華、名前に負けない女傑である。姉貴だけどあいつはバケモンだぜ……。アマゾネスの戦士っていうよりバーサーク・ゴリラ。いやロリ体型だけど。

「なんだと?」

 と、ドスを利かせた声で言うと、つかつか歩み寄り、彼は思い切り俺を殴った。

 玄関で背中を強く打ち、顔と背中が激しく痛む。

「ちょ、お兄ちゃん何するの!?」

「芳乃、お前はこんな奴と関わるな! お前もとっととこの家から出て行け!」

 理不尽にもほどがある。残酷なこの世界でももう少し優しいよね。

「お兄さんは、姉貴が何をしたか知っているんですか!?」

 お兄さんは別に犯されてないでしょ!? 俺と被害者の気持ちを斟酌してくれ。

「誰がお兄さんだ! だがな、あの女なら何をしても不思議ではないな」

 なんだか、いちいち鼻につく。俺のことも、姉貴のことも、藤のことも悪く言うような。姉貴は別にいいけど、俺と藤まで侮辱するなんて……。

「あんたは俺を一体なんだと思っているんだ?」

「変態の弟だ。変態の血が入ってるな」

「お兄ちゃん!!」

 藤の兄は、あくまで冷徹に。藤は感情的に。そして俺も感情的になっていた。

「それは俺の父さんも母さんも侮辱しているのか?」

 藤の兄は言葉をとめた。ま、親父は愛人のとこで母さんは廃人ですけど。

 藤も視線だけで実の兄を殺さんばかりに見据えている。でも俺はそんな藤を、手で制して諌めた。

「お兄さん、二人きりで話しましょう」

「……ああ」

 藤の兄は、階段を昇っていった。

「おにい……!」

「大丈夫、俺が話つけてくる」

 そして、俺は藤をその場にして階段を昇った。

 シリアスな展開だけど、俺はオヤジにもぶたれたことないんだ! 怒りたくもなる。

 ま、殴ってくれる親父すらいないんですけど。親父は変態ではないよ、あの現状、逃げるってのが一番正しいし。

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