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旧作1-3  作者: 智枝 理子
3/4

Ⅲ.mine

 あぁ。まただ。

 あの女。

 何考えてるんだ。

 この辺りは、盗賊も多くて危険な場所なのに。

 亜精霊だって多いし。

 なんで、キャラバンを離れて一人でふらふらしてるんだよ。

 …ほら。捕まった。

 ラクダも連れずに女一人で歩いてるから。

 あぁ、もう。

 信じられない。

「おい、やめろ」

「なんだ?」

「その女は俺のものだ。手を出すな」

「何言ってやがる」

「やっちまえ!」

 砂の魔法を辺りに引き起こし、相手の武器を巻き上げる。

「次はお前らの体を切り刻むぞ」

「くそっ、魔法使いか!」

「逃げるぞ!」

 ラクダが駆けていくのを見送っていると、女が俺の背中を蹴る。

「な、何するんだよ!」

「助けてくれって頼んだ覚えはないわ!余計なお世話よ!」

 何、言ってるんだ?

「感謝される覚えはあっても、蹴られる覚えはないぞ」

「あんたもあの連中と同じなんでしょ!」

「はぁ…?」

「私を助けて、私をどうしようって言うの」

「どうしようって…」

 今まで人間を助けて、そんなことを言われたのは初めてだ。

 黒い髪に、紅の瞳。

 砂漠に居ればどこででも見かける衣装に、遊牧民なら誰もが持っている曲刀・ファルシオン。

「さっさとキャラバンに帰れ。迷子になるぞ」

「失礼ね。私には私の用事があるの」

「おい、キャラバンはそっちじゃないぞ」

「あなた、うちのキャラバンに居た?」

「居ないよ」

「どこの人?」

「一人旅だ」

「嘘。砂漠で一人旅なんて聞いたことがないわ」

「いいだろ」

「ラクダもない」

「うるさいな」

「人間なの」

「…何に見える?」

 紅の瞳が、俺を覗きこむ。

 そして、笑う。

「人間ね」

「なら聞くなよ」

「気に入ったわ」

「え?」

「気に入った。付き合って」

「は?」

「言ったじゃない。私はあなたのものだって」

「…あれは、」

「手伝って。探してる花があるの」

「おい、何の話しだ」

「満月の晩にだけ咲く花」

 あれのことか…?

「月の渓谷に咲くの」

「今日は満月じゃない」

「でも、ほとんど満月だわ」

「満月は明日だ」

「知ってるの、花のこと」

「知らない」

「知ってるのね」

「おい、話しを聞け」

「私のキャラバンに来て。明日、連れて行って」

「何言ってるんだ」

「何よ。可愛い女の子の頼みが聞けないって言うの」

 なんて、我儘で自分勝手なんだ。

「嫌だよ。さっさとキャラバンに帰れ」

「私の名前はエレ。あなたは?」

「…レイリス」

「レイリス。明日、またキャラバンを抜け出す。約束よ」

 エレはそう言って、俺の首に腕を回すと、頬に口づける。

「それじゃあね、レイリス」

 そう言って、エレはキャラバンに向かって駆けて行く。


 ※


 歌が。

 歌が聞こえる。

 高く、包み込むように響き渡る歌。

「エレ」

「遅いわ」

「こんなところで歌なんて歌ってたら、また盗賊に襲われるぞ」

「どうせ助けてくれるでしょ?」

「助けないよ」

「なら、どうして来たの」

「通りがかっただけだ」

「私のこと心配なんでしょ?」

「心配なんてしてない」

「してたじゃない。こんなところで歌ってたら、また盗賊に襲われるって」

 …詰んだ。

 エレが笑う。

「来て欲しい時は歌うわ」

「いつも傍に居るわけじゃない」

「私の歌は嫌い?」

「…好きだよ」

「みんなそう言うわ」

「なら聞くなよ」

「面白い人」

 どっちが。

「さぁ、連れて行って」

「…目を閉じて。暴れないっていうなら連れて行っても良い」

「変なことしない?」

「する」

「いいわよ」

 どこまで、天邪鬼なんだ。

 目を閉じたエレを抱える。

 人間は、俺の魔法に耐えられないからな。

 砂の魔法で月の石を削り、その上に乗る。

 そして、月の石に砂の魔法を使って、浮き上がる。

「素敵…。飛んでる」

「目を閉じてって言っただろ」

「閉じた後、開けちゃいけないなんて言ってないわ」

 あぁ。

 もうあきらめよう。

「そうだったな」

「ねぇ、星に近づいてる」

「星はずっと遠い」

「月に近づいてる」

「月もずっと遠い」

「遠くないわ。だって、あなたの瞳の中にあるもの」

「…エレの瞳の中にもあるよ」

 月の渓谷。

 断崖絶壁の、月の岩の上へ飛ぶ。

 なんとか、月の石が砕けきる前に、上に登れたか。

「綺麗…。砂漠じゃないみたいだわ」

 これが、月の石の本来の色。

 月明かりを満面に受けて、一面が青白く光り輝く。

「ねぇ、花ってどこにあるの?」

 今日は満月だから。

 エレをおろし、そのまま目を閉じて、魔力を集中する。

 月の女神へ。

 この光を届けるために。

「光が、昇って行く…。こんなの、初めて見たわ」

 下からじゃ見えないようになっているから。

「この光はどこへ行くの…?月へ?」

 そして、月の女神に願う。

 魔力の回復を。

「この、光は?」

 目を開くと、一か所に天上から光が降り注ぐ。

「これが、探してた花だよ」

 光が収まったその場には、一輪の花が咲く。

「これが…?」

 花を摘む。

「月の力の結晶だ。俺の魔力を回復するための花」

 花を、エレに渡す。

 人間が手に取れるか知らないけど…。

 花は、その輝きを失ってエレの手に収まった。

 一輪の花が、風に揺れる。

「やっぱり月の精霊なのね」

「いつから気づいてたんだ」

「瞳を見た時から」

「瞳?」

「前にも助けてもらったことがあるわ。小さい頃に」

「覚えてない」

「十年前だもの」

「…覚えてない」

「月の花を見つけたら、もう一度会ってくれるって約束したわ」

 思い出せ。

 …無理。

 そんなのいちいち覚えてない。

 十年前ってことは、エレは子供じゃないのか?

 子供…。

 だめだ。思い出せない。

 いや…。

 覚えてる。

 前も蹴られた。

「お前、あの餓鬼か。男だと思ってた」

「失礼ね」

「こんなに美人になるとは思ってなかったな」

「私、美人でしょう?可愛いでしょう?」

「…あぁ」

 人間って、そんなこと言うっけ?

「歌も好きでしょう」

「あぁ」

「一緒に居たら楽しいわよ」

「飽きないだろうな」

「私に言うことない?」

「え?」

「…帰るわ」

「あぁ、キャラバンの近くまで送ってやる」

「次は、マーメイドの涙を探しに行きましょう」

「は?」

「付き合ってくれるわね?」

「どこにあるのか知らないぞ」

「私も知らない」

「そんなもの、どうやって探すんだよ…」

 エレは笑う。

「ほら、一緒に居たら楽しいでしょう」


 ※


 歌声。

「綺麗な瞳をしてたね」

 いつも同じ曲。

「今すぐに会いに行きたいよ」

 毎日、毎日。

 歌詞ももう覚えてしまった。

「なんていう歌なんだ」

「一輪の花」

「知らない」

「覚えて」

「もう覚えたよ」

「今日はどこに行くの」

 毎日毎日。

 よく飽きないな。

「どうしたの?」

「迎えに来るのが、面倒になって来た」

「良い案があるわ」

「奇遇だな。俺もだ」

 抱き寄せて、その唇に口づける。

「攫うよ」

「攫って」

「離さないよ」

「離さないで」

「後悔する」

「後悔なんてしない」

 もう一度。キスをして。

 その瞳を見つめる。

「エレ。愛を教えて」

「教えることなんて何もないわ、レイリス」

「愛したい」

「愛してるって言って」

「愛してる」

「私も愛してる」

「…言葉を教えて欲しいんじゃない」

「ねぇ、私の歌は好き?」

「好きだよ」

「私のことは好き?」

「好きだよ」

「私のことを愛してる?」

「愛してる」

 あぁ、そうか。

 この感情を表現する言葉が、愛だったのか。


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