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旧作1-3  作者: 智枝 理子
1/4

Ⅰ.embrace

「彼女を頼みたいんだ」

「私は水源管理人だ。遊牧民の娘は預かれない」

「なんでも頼みを聞いてくれるって言っただろ」

「あのなぁ」

「頼む。彼女のお腹には、俺の子供が居るんだ」

「子供、だって?」

「そうだ」

「だって、お前は、」

「それが、彼女の望みだったんだ」

「どうしろって言うんだ」

「俺の子供の父親になってくれ。子供は人間だ。人間として生きさせたい」

「あの娘を娶れと言うのか?」

「お前にしか頼めない」

「頼めないって。この先、愛しても居ない女性と、子供と、三人で暮らせって言うのか?馬鹿馬鹿しい」

「彼女は子供を生めば死ぬ」

「…は?」

「精霊の子供を人間が生むことは出来ない」

「おい、」

「子供は人間として生まれてくるが、必ず母親を殺す」

「お前、ならどうして、子供なんて」

「愛する人の子供を産むことが、人間の幸せだって。死んでも叶えたい願いだって」

「お前、それを信じたのか」

「…違うのか」

「いや…。それを望む女性もいるだろうけど。でも、」

「彼女と同じ時を生きることは出来ない。彼女は、いずれ別れが来るならば、愛されたまま死にたいって。…俺は彼女を一生愛し続けると誓ったのに。彼女は、その愛が本物なら子供を産ませて欲しいって言ったんだ」

「お前…」

「俺は、どうすれば良かったんだ。人間を愛したのが悪いのか。彼女を愛したのが。彼女を愛さなければ、彼女は人間として幸せでいられたのか」

「…お前は人間と変わらない。俺は、お前が間違ってるとは思わないよ」

「俺は人間にはなれない。彼女の望みをかなえるために、彼女を殺さなければならないなんて。…精霊と人間は関わってはいけないんだ」

「落ちつけ。…わかったよ。彼女を妻に迎えよう。そして、子供を産ませよう。ただし、子供はお前が育てるんだ」

「子供は人間として生まれる。精霊が育てるなんて、そんなこと、不可能だ」

「不可能じゃない」

「人間に精霊の子供だとばらすのか?」

「ばらさない。すべての人間から遠ざける。だから、お前がここで育てるんだ」

「人間の育て方なんてわからない」

「俺の乳母が協力する」

「人間は人間として生きた方が良い」

「お前は父親だ。その責任を放棄することは許されない」

「父親?」

「そうだよ」

「人間の、子供の?」

「お前の愛はその程度か。愛する人の子供は愛せないのか」

「どういう意味だ?全く知らない魂を持って生まれてくる人間を、どうやって愛せると言うんだ。その感覚がわからない」

「それなら、余計に子供を育てろ。そうしなければ、彼女の愛は理解できない」

「子供を産むことは、彼女が俺に求めた愛の形じゃないのか」

「彼女からお前への愛だよ」

「子供を生めば、彼女は死んでしまう。彼女を殺す子供を愛せと言うのか」

「そうだ」

「愛せるわけがない」

「愛せるよ」

「俺に理解できるのか」

「理解できるよ。お前の感情は人間そのものだ」

「俺が愛しているのは彼女だけだ」

「子供の名前を考えておけ。男でも女でも良いように」

「名前?」

「そうだ」

「名前なんて…」


 ※


「ほら、今、蹴ったわ。楽しみね」

「楽しみにできない」

「どうして」

「後、ほんの少しの間しか一緒に居られない」

「ずっと一緒に居られるわ」

「子供を生めば死んでしまう」

「生まれ変わったら、また愛してね」

「無理だ。もう、こんなことしたくない。俺が君を殺すんだ」

「神様にお願いしてくるわ、あなたを人間にしてって」

「不可能だよ」

「不可能じゃないわ。あなたは人間と変わらないもの」

「俺は人間じゃない」

「人間になれるわ。あなた、父親になるのよ」

「人間を育てた精霊なんていない」

「この子をお願いね」

「人間は人間としか生きられない」

「私はあなたの愛を信じてる。ねぇ、名前は考えてくれた?」

「…エル」

「エル?」

「女の子なら、エルーナ。男の子なら…」

「…そう。素敵な名前ね。じゃあ、これからはエルって呼ぶ。可愛いエル。愛しいエル。元気に生まれて来てね」

「愛せるのか、自分を殺す子供を」

「愛せるわ。とても愛しいの。あなたの子供だもの。望みを叶えてくれてありがとう」

「俺にも、愛せるのか」

「愛せるわ。ほら、エルを撫でてあげて」

「エル…、わっ」

「ほら、元気でしょう」

「生きてる」

「もちろんよ。私のお腹の中で生きてる。だから、今は三人一緒に居られる大切な時間だわ」

「幸せ?」

「えぇ。とても幸せよ」


 ※


「彼女の死体をどこへやった」

「…どこにもやってないよ」

「後の処理が面倒だった」

「悪かったな」

「砂に変えたのか」

「どうせ最後にはすべて砂になるんだ」

「生まれた子供を抱いてやれ」

「…許せない。殺してしまう」

「ほら」

「無理だ。あれは、俺の大事な人を殺した。生まれれば、殺すつもりだった」

「精霊が人間を殺すのはやばいんだろ?」

「あぁ。エルを殺して、俺も死ぬんだ。そうすれば、俺は彼女と一緒に死ねる」

「殺せるなら殺してみろ。ほら」

「…小さいな」

「赤ん坊だからな」

「これが、人間なのか」

「人間だよ」

「ちっとも可愛くない」

「可愛いじゃないか」

「笑わない。目も開かない」

「すぐに笑うようになる」

「ほっといても死にそうだ」

「ほっといたら死ぬ」

「弱すぎる」

「弱いんだよ。だから守らなければならない」

「母親が居ないのに」

「父親は居る」

「俺は…」

「彼女は、なんのためにこの子を産んだんだ」

「俺に、どうしろと」

「ほら、赤ん坊が泣きだしたぞ。あやしてやれ」

「あやすってなんだ。どうすれば良い?」

「乳母に聞け。俺だって知らない」

「あぁ…。なんて面倒な生き物だ」

「名前は?男の子だ」

「名前は…」


 ※


「どこにも行かないで」

「エル?」

「一人になりたくない」

「みんなだっていっぱい居るだろ」

「みんな、精霊だ」

「俺だって精霊だ」

「違う。こんなに、あたたかいから」

「あたたかい?」

「一緒に居ると落ち着くんだ。きっと、誰かに抱きしめられるのって、こんな感じだと思う」

「エル…」

「それに、一緒に居ると、知らない人の夢を見るんだ」

「知らない人?」

「黒い髪と紅の瞳の女の人」

「エル…。お前の母親は、黒髪で、エルと同じ色の瞳だったよ」

「じゃあ、やっぱりあれは、俺の母?」

「そうだよ」

「ありがとう。見せてくれて」

「え?」

「俺が母の顔を知らないから、俺に見せてくれてるんだろ?」

「…あぁ、そうだよ」

「みんなには内緒にしていて」

「内緒?」

「人間の話しをすると、皆嫌がるから」

「あぁ、そうだな」

「ねぇ。どうして俺と一緒に居てくれたの」

「え?」

「ずっと俺と一緒に居てくれたって、皆言ってる。父親に見向きもされなかった俺と」

「父親を、恨んでるか」

「恨んでないよ。父は、俺のせいで大切な人を失った。俺が生まれなければ。俺が普通の人間だったら、きっと俺を愛してくれたよ」

「エル、」

「いいんだ。俺は恵まれてる。精霊たちが居てくれる。みんな俺に何でもしてくれるし、あらゆることを教えてくれる。俺が寂しくならないように。泣かないように」

「泣いても良いのに」

「泣かないよ。一生泣かない。俺は恵まれているから」

「エル。お前は恵まれてない」

「もう一度、夢を見せて」

「エル、」

「死んだ人間に会えるなんて。俺だけだよ」


 ※


『くそっ!人間の奴ー!エルをこんなところに閉じ込めやがって!』

『ジオ。落ちつけ』

「どうして、ジオとロアも一緒に来たんだ。出られるのかよ」

『出られないだろうな』

『この塔、真っ暗だからなー。オイラたちが通れる場所もなさそうだ』

「俺が死んだら、きっと誰かが開くよ。その時に出るんだ」

『死なせないよー』

『皆が外から開けてくれる』

「開ける?」

『だから、エル。ここから逃げるんだ』

『クロライーナを出ようよー。オイラたちがついて行くから』

「だめだ。どこにも逃げられないよ。俺は罪人だ。逃げたところで、すぐにクロライーナへ連れ戻される」

『オイラたちが守るよー!』

「みんながクロライーナを離れるの、まずいんだろ?」

『エル。お願いだ、僕たちはエルと一緒に行きたい』

「だめだ。…俺は、ここで死ぬ」

『エル!なんで短剣なんて持ってるんだ!』

『ちょ、どういうこと、ロア?』

「あっ」

『エルについて来て正解だよ。暗闇で僕の目を騙そうったって、そうはいかないからね!』

「ロア!返せよ!」

『返すもんか!自殺なんて絶対に許さない。みんなが助けてくれるのを…』

「!」

『な、なんだ?』

『すごい悲鳴だ…。うわぁぁぁあっ』

「な、んだ、この音…」

『死んだ…。死んでる。なんで、どうして』

「死んだ…?」

『精霊が死んでる。殺されてる。…誰と戦ってるんだ?』

『ねぇ!誰か近くに居ないの!何が起きてるんだよー?』

『ロアー!ジオー!エルー!』

『ドナ?』

『エルを守って!私も行くわ!』

『何が起きてるんだよ!』

『ガトが人間を殺した!』

「え…」

『応戦してくる!』

『戦うつもりか!』

『無茶だよー!オイラたちは絶対ガトに勝てない!』

『でも、このままじゃクロライーナがなくなっちゃう!』

『あぁ、レイリスが居てくれれば…』

「ロア、ジオ、レイリスは、どこに行ったんだ?」

『レイリスは、ガトと喧嘩して出て行ったんだよ』

「喧嘩?喧嘩なんてしょっちゅうだろ」

『だから、その…。とにかく、今は居ないんだよ!』

「くそっ。誰か!誰か開けてくれ!出してくれ!…うわぁぁぁっ!」

『くっ』

『う…』

「ガトを止める!誰か!…あ、あぁっ…、」

『ロア、エルを眠らせてー』

『…そうだな』

「あ…」

『僕らだって、この悲鳴はきついのに…』

『あぁ…。このままじゃ全滅だ』

『レイリスは、こうなるってわかったから、クロライーナを離れたのかな…』

『エルを置いて?だって、レイリスはエルを人間に返したかったから、エルから離れたんだろ?』

『そうだけど…。だって、エルがこんな目にあってるのに、帰らないなんてさー』

『…レイリス。本当に居ないのか?』


 ※


 クロライーナの惨劇の後。

 ミダスという男が、クロライーナに残されていた少年を連れてニームの街へ向かった。

 ミダスは少年に広場で待っているよう告げると、ニームの水源管理人の家へ走る。

 クロライーナで見たことを説明するためだろう。

 一人になって、所在無げに空を見上げる少年に、近寄る。

「よぉ、エル」

 エルは。

 何も言わずに俺に飛びつき、俺を見上げる。

「どうした。…泣いてもいいんだぜ」

 しゃがんで、エルの顔を見る。

 愛しい人と全く同じ瞳から、涙が流れる様子はない。

 エルは俺に向かって口を開く。

 声にならない、その言葉を。

―会いたかった、レイリス。

「俺も。会いたかったよ、エル」

 その体を、きつく抱きしめる。

 エルロック。

 大切な、愛しい俺の子供。




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