vol.2
スフォル連邦共和国は現在、教育面に対して、特に力を入れている。
五歳で下等学校へ入学、十歳で卒業し、その年に中等学校へ入学。下等学校卒業の一か月程前に、実力テストを行い、その結果で、その年から通い始める中等学校が決まる。そしてその中等学校を十五歳で卒業し、その年に、上等学校へ入学する。中等学校卒業の際にも実力テストが行われ、その年に通う上等学校が決まる。そして十八歳で卒業する。ここまでが義務教育。
希望すれば、自らの学力に応じた、下から三級学校、二級学校、一級学校、各三年間通うことができる。専門知識を学びたければ、そのための専門学校が整備されている。
義務教育が終わると、男性のみに兵役の義務が発生するのだが、一、二、三級学校、専門学校に進学するとその義務が遅れ、二十一歳からの兵役となる。
この制度が整備されたのは、ここ十年間だが、ここ三年間ほど、スフォルは学力で三国トップの位置にいる。
そのため今年は、冷戦中とはいえアスラム、シャグリスの両国から留学生が続出している。
そんな中、スフィル最高と謳われるセパの首都セレアの一級学校では、既に講義は終わったというのに、先月入学した一年生の女生徒が机に突っ伏して寝ていた。
その時間の講義は民俗学。本来の授業は、スフォル南部にいたとされている高技術文明についてなのだが、先生がだんだん一般的な意見に対する自分の反対意見にヒートアップしていって収拾が付かなくなってきたところで、ごーん。と講義終了のチャイムが鳴った。
その女生徒が受けているこの日の講義は、これが最後なのだがまるで起きる気配がない。
ついにその生徒以外の最後の生徒が教室から出て行こうとすると、その生徒と入れ違いに、一人、こちらも一年生の女生徒が入ってきた。
印象的なのは何のロゴも入っていない、黒いバンダナ。ショートカットの赤毛に青眼、首には彼氏の名前と自分の名前『ジェニー・ピクロ』、その間にハートマークが刻まれたプレートを紐に通してかけている。
ジェニーが寝ている生徒の肩をゆすって、
「テナ、起きろー」と、慣れた声で言った。
「う…ん………う?」テナと呼ばれた生徒は、何かに気付いたように勢いよく起き上がった。
「遅い。もうみんな帰ってるよ」
とジェニー。テナと呼ばれた生徒はジェニーの方を向いて、
「寝てた?」
「寝てた」
「ジェニーが起こしてくれたの?」
「それ以外誰がいんのよ。周りにゃ誰もいないでしょ」
あはは、そうだね。テナと呼ばれたた生徒は周りを見渡す。
「でも気付かれなかったかな…。あてられてたらどうしよ」
「あんたが授業中寝てるなんて珍しいね。昨日寝てないのかい?」
「うん。五時限目までは頑張ったんだけど。なんか授業が始まると同時に睡魔が」
「まあ、あんたのことだから、どうせ今日の内容はもう全部頭にはいってるとかだろ?」
「まあ」
「まあって。 はあ、天才はいいよね」
はあ。ともう一度ジェニーがため息を吐いて言った。
「いいよね、天才は。ほら、帰ろ」
二回目。
「うん」
テナ・フルート。腰の少し上あたりまで伸ばしたブロンドの髪と、灰色の目に縁なしの眼鏡をかけている。
頭が良いという以外は、特に変わったところもなく、基本的に真面目なため、抗議の最中に寝るなんてことは、ほとんどないのだが今日は違ったようだ。
父親がルーシーというコーヒーショップを兼ねた喫茶店を経営しているため将来はそこを父親に代わって経営したいと思っているが、学校の研究室や外部の研究機関からのオファーが何件も来ていたりする。
なぜそれを受けないかは、本人曰く、『頭を使う仕事はしたくない』ということらしい。
「あんたさあ。また告白されたって?」
ジェニーが、面白くてたまらないという表情で言った。
「え? あ、うん…」
テナが赤くなってうつむいた。
「何回も言うけどさ。慣れたら? 週に二回は告白されるんだし。」
瞳の色が珍しく、顔立ちも綺麗なためか、テナは良くモテる。
本人はいたって初心なため。何回同じ目にあってもこれだけは、慣れないないのだという。
「でも今日は、前にも言われたことあった人だから、いつもよりはましだったよ」
「それもひどい話だね」
「? どーゆーこと?」
「あー。うん、あんたは知らなくていいよ」
「?」
テナはよく分からないという顔をした。
「でもなんで昨日は寝てないんだよ?」
ジェニーが話を変える。
テナはなんだか急に赤くなって、俯きだした。歩きペースも遅くなって、ジェニーに五、六歩置いてかれる。
「今日は…、…り、リグレ、さん…が、帰ってくるから」
相手の名前を言うのに四苦八苦しているようだった。恥ずかしいらしい。
ジェニーがそれを聞いてニッと笑った。
ジェニーが嬉しそうに言う。
「ああ。スパイの。暗部潜入捜査隊だっけ?」
にやにや。
「うん…」
「テナが惚れてる」
にまにま。
「…うん」
「嬉しくって寝れなかったんだ?」
ほくほく。
「………」
テナは顔を真っ赤にしながらうつむき、自分のブロンドの髪をいじり始めた。
リグレ・アーロンは、ルーシーの常連客だ。マスターであるテナの父、クロードと仲が良く、暗部の任務が無いときはよく彼と駄弁りに来るのだった。
クロードと仲が良いと言っても、年齢は親子ほど離れていて、クロードが五十一歳、リグレが二十四歳だ。
そのためかリグレは、クロードのことをおやっさんと呼ぶ。
はたから見れば親子のようなので、本当に親子だと思っている者たちも少なからずいるという。
「あのさ。今日あたしもアンタんちの喫茶店行ってもいい?」
ジェニーが聞いた。
「えっ、なんで?」
「そのリグレって人を一回拝んでおこうかなあ、と」
言って、
「いやさ、あんたが惚れてるそのリグレさんって人を人目拝んでおこうと思ってね。あんたが一目惚れしたってんだから相当だろ?」
テナは返事をする代わりに赤くなった。