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モンスターズ・ナイトシリーズ

モンスターズ・ナイト外伝-残月の末路人-

作者: 神夏美樹

 サザナミに響く青葉の笛は月夜を悲しく煌めかせ、降る様な星空はいくさとは異なる淡き思いを響かせ、静かに地上を見守り続ける。


 戦場いくさばでなお雅を尊ぶ薄化粧の若き武将は初陣の篝火に照らされて、その影をゆらゆらと揺らめかせ、明日の心に一抹の不安と抑えきれない猛りを纏いつつ、無の境地を求め空しく地上に彷徨う。


 若い……いや、幼いと言っても過言では無い心を無骨な鎧で隙無く包み、明日の今頃、命が有る事が保障されていない、危うく儚い運命に無情の想いを馳せる。


 この戦が、我が身を滅ぼす事になったとしても少年は後悔する事は無い、それが自分に与えられた運命さだめなのだから……


 笛の根は時として魔を呼ぶ事が有る。類稀たぐいまれなる笛の音は、まごう事無き魔の者を呼び寄せたのだ。その姿を見た少年は、笛を収め、その無垢な美しさに言葉を失った。


「――そなたは……」


 銀色の髪の毛と透き通る様に白い肌、そして艶やかな深紅の唇はこの世のものとは思えない程煌びやかで漆黒の瞳は宇宙そらの色を映し出す。


 人のしょうは一夜限りの夢の中。後に残されるのは来世に繋がる血の記憶……


「もののけか?」


 もののけと呼ばれた者の瞳は全てを見通し透明な眼差しは若い心に刺さる。確信ではないが少年にはその「気」がひしひしと感じられ、それを拒む事は無かった。渡り合うべき戦、収める戦、人の拘り……


「私はこの世を彷徨う時の化身……」


「時を彷徨う?化身?」


 魔の者はゆっくりと若き武将に近付いて行く。そのあゆみは人の物とは思えないほどたおやかで『気』を全く感じさせなかった。


「そう、時を旅して人を見詰めるのが私の宿命……その命の行く末を見届けるのが私の務め…」


 若き武将は笛を収め懐にしまうと、隙の無い足取りで、ゆっくりと間合いを詰める。


「わが名は平経盛の三男、敦盛。そなた、名は何と申す?」


 その言葉に彼女は眼を伏せ答える事は無かった。何故ならば自分には名乗るべき名が無かったからだ。


「名乗る名は無いと申すのか?」


 彼女はゆっくりと瞳を閉じ小さく一度頷いた。そしてまるで凪ぎの海を思わせる様にたおやかな歌を歌い始める。


 若者は、その声に心を魅かれ、魂を吸いとられそうになる感覚に背筋が冷え、太刀に手をかけ引き抜こうと身構える。しかし、その歌声は魂を吸い取るのでは無く温める為の歌だと気付き、再びその場に立ち尽くした。その歌が止み、彼女は若者に向かい、ゆっくりと瞳を上げる。


「あなたの命は、明日の今頃この世に無い筈。でも、今、この場を去れば少なくとも命を取られる事は無い……今ここで引けば全てが上手くい行く…」


 しかし若き武将は彼女に向かって堂々とこう言った。


「武人の誇りを持って旅立つわが心は無である。死など取るに足りない事。人間たかだか五十年の命、悠久の時の流れの中、それを惜しんで何とするか」


 彼女はその言葉を沈黙のまま聞き、言葉を濁す事無くこう言った。


「あなたの身の滅びは平氏の滅亡…それでも、この場に留まると……」


「武人の言葉に二言は無い」


 若者の言葉を聞いた魔の者は、再び静かに歌い始める。若き武将の心を鎮めるかの様にたおやかに、そしてゆっくりと歩み寄ると若き武将の頬に手を当て優しく柔らかな口付をする。その突然の接触に、若者は暖かく切なく、そして確かに生きる証を感じた。


 波の音だけがあたりを包む。月夜の空はこれからこの星が滅びるまでの間、地上をひたすら見詰つめ続けるのだ。


 魔の者はゆっくりと若き武将から離れると寂しそうにこう言った。


「悔いが残らない様に生きるといい……たった一度しか無い命の重さに感謝して…」


 そして光の粉と共に若き武将の前から消え去った。


「悔いなど、残す物か……」


 若き武将は砂浜に視線を落とし少し震える唇でそう呟くと、懐から笛を取り出し再び雅な音色を奏でる。


 笛の音は闇夜と海の波に混ざり、儚く静かに消えて行く。若き武将の心は、無なのか……それは、誰にも知る事は出来なかった。そして打ち寄せる波は黙として何も語らなかった。


モンスターズ・ナイト外伝 -残月の末路人- End

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