第1杯目 始業式、欠席。
「・・・・・くそ」
朝、四時二十三分。
外はまだ薄暗く、雨は降ってない。
木造二階建て戸建、最寄りの駅から徒歩五分の商店街。
一階部分のキッチン兼仕事場。
「・・・ありえねぇ。」
苛立ちながら、開け放たれている棚を乱暴に閉める。中は若干カビていて、食材を管理するには微妙なラインのその棚にはしかし、本来あるべき食材は無かった。
「こんなこと今までなかったのに」
赤﨑和菓子店。赤﨑雪弥は高校生ながらも、この店の実質的な店長を務めている。若干黒い肌、視力が悪いせいで若干悪い目つき、若干短めの髪の毛、くらいしか特筆することのない容姿である。その足元でメスの三毛猫が眠そうに雪弥を眺めていた。名前はタマ。
今までに何度もミスしたり経営が不安定になったりもしたが、なんとか乗り越えてきた。しかし、こんな初歩的なミスは初めてだった。
「餡が・・・無い・・・・・。」
和菓子の基本である餡をきらしていたのだ。
落胆しながら準備していた調理器具を片付けていく。それに合わせてタマも移動する。
「今日から二年生だってのに」
一年生の時は店が忙しく、あまり学校には行けなかったが、なんとか二年生にはなれていた。昨日、仕入れるはずだった餡を忘れたのはずっとウキウキしっぱなしだったせいだろう。
初日くらいはしっかり学校に行こうと、始業式しかない学校に行くための準備をし、タマに引っかかれないように細心の注意を払い、確認に確認を重ねた結果、制服の準備は完璧だった。
だけど、しかし、それなのに。
「・・・今日は学校行けないかもなぁ」
短めの髪が隠れていた三角巾をとり、エプロンも外した。使ってないんだし洗わなくていいか等と衛生管理上、店員としてあるまじき思考をしつつ、本物の店長を呼びに一階にある専用の寝室へと足を進める。タマはついて行かず、畳で丸くなっていた。
「ばあちゃ~ん」
本当なら二階が居住スペースなのだが、もう老体である赤﨑チヨ子(72)の体を気遣った結果こうなった。
弱々しく襖を開けると、チヨ子はまだ全然曲がっていない背中を強調するように正座して、淡い明りのもとで老眼鏡越しの大きな目で本を読んでいた。
「なんだい朝から騒々しいね、朝ご飯は出来たのかい?」
小さな体を入口に向け、見事に白くなっている髪の毛の髪飾りを整える。本日は春らしく桜の花をモチーフにしたもののようだった。
「いや、朝ご飯はまだなんだけど・・・その・・餡が・・・」
「餡が・・・なんだって?」
妙に優しく聞いているのが怖い。
「その・・切らしてて」
「あんたねぇ、爺さんでもそんなミスはせんかったよ」
爺さんというのは、三年前に雪弥に和菓子の作り方を全て教えた人物で、死ぬ間際、最後の言葉が「お前に教えることはもう何もない」というなんともふざけたジジイだったのだが、和菓子の味だけは凄かった。
「申し訳ないです、はい。」
「しょうがないねェ、今日は新しいのは出せないね。常連さんには謝っといてあげるから、とっとと仕入れてきなよ。」
「い、いぇっさー」
学校一日目、登校の夢が潰えた瞬間だった。