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第三十九話:多賀の地鳴り、土の牙

夜空に吸い込まれた信号弾が、紅蓮の尾を引いて弾けた。

 その光が砂浜を照らした一瞬、入鹿は李世民の剣を横に受け流し、砂を蹴って大きく後退した。大江の合図。それが何を意味するか、誰よりも現場で「失敗」を共有してきた入鹿には分かっていた。

「……何をする気だ、大江!」

 李世民が鋭い踏み込みを見せようとした、その時だ。

 ゴゴゴゴ……と、足元の砂浜が不気味に震え始めた。

 私は司令壁のレバーを、全体重をかけて引き下ろした。

「蒸気機関は動かなかった……。だが、高圧に耐えられず漏れ出した『可燃性のガス』を溜めておく技術なら、失敗続きの中で完成していたんだよ!」

 多賀の砂浜の下には、竹筒と蜜蝋でコーティングした土管が縦横無尽に張り巡らされていた。そこには、製鉄の過程で生じる副産物のガスが、高圧で封じ込められていたのだ。

 シュッ、という微かな排気音の直後、李世民ら唐軍の足元から火柱が突き上がった。

「――伏せろォッ!!」

 入鹿の叫びと共に、砂浜が連鎖的に爆ぜる。地雷のような直接的な殺傷力ではない。一気に噴出したガスが火を噴き、砂を巻き上げ、巨大な「土の牙」となって唐の陣形をバラバラに引き裂いたのだ。

「ぐ、あああッ!」

 爆風に煽られ、皇帝・李世民の体も砂煙の中に消えた。

 

 一方、背後の森。

 鎌足は、大江が支給した「小型の連発クロスボウ」を、目にも止まらぬ速さで操っていた。理詰めで作られたバネの反発力が、蝦夷の戦士たちの予想を超える射程と速度で矢を放つ。

「大江殿は、戦うたびに新しい『理』を現場に強いる……。全く、恐ろしい男だ」

 鎌足は、倒れ伏す蝦夷の戦士を見下ろし、小さく溜息をついた。彼が守っているのは、蘇我の家ではなく、大江がもたらすこの「終わりのない進化」そのものなのかもしれない。

 砂煙が晴れた。

 そこには、服の一部が焼け焦げ、片膝をつきながらも、依然として不敵に笑う李世民の姿があった。

「……ははは! 面白い、実に面白いぞ大江! 土地そのものを武器に変えるか。もはやこれはいくさではない、貴様の創り出す『試練』だ!」

 李世民は、砂に突き刺さった愛刀を引き抜いた。その周囲には、爆発を生き延びた数百の精鋭たちが再び集結しつつある。数では依然、唐が圧倒している。

 入鹿は肩で息をしながら、私の隣まで戻ってきた。

「大江……今のので手札は全部か? 相手はまだやる気満々だぜ」

「……いや、まだだ。入鹿、あの『未完の心臓』を、最後は本来の使い方で動かす」

 私は、要塞の奥底で予熱を続けていた蒸気機関の「安全弁」に目を向けた。動力としては失敗作。だが、その巨大な「圧力」を別の形に変換すれば……。

 西暦六二四年、八月。

 多賀の夜は、科学の敗北と勝利の狭間で、いよいよ最終局面へと突入する。

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