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第三十七話:爆鳴の余韻、泥濘の接敵

――ドォォォォォン……!

 水底から響いた重低音が、多賀の海面を不気味に盛り上げた。数秒の静寂の後、巨大旗艦『大唐威鳳』の右舷から、山のような水柱が噴き上がる。

「当たった……! 当たったぞ!!」

 海面に顔を出した入鹿が、塩水にむせながら叫んだ。だが、喜んでいる暇はなかった。爆発の衝撃波で周囲の海は激しくうねり、船上からは「曲者だ!」「海に刺客がいるぞ!」という怒号と共に、無数の松明が海面を照らし始めた。

「潜れ! 大江の言った通り、船の残骸の影に隠れて岸まで泳ぎ切るんだ!」

 入鹿は仲間の肩を掴み、降り注ぐ矢の雨を避けて再び暗い海中へと沈んでいった。

 その頃、要塞の指揮所にある望遠鏡にしがみついていた私の手は、嫌な汗で滑っていた。爆発の衝撃で旗艦は確かに傾いている。だが、あの巨躯だ。浸水を食い止める隔壁を閉じる時間を与えれば、沈没までは至らない。

「大江殿! 敵艦、まだ浮いておりますぞ! 傾きを抑えようと、反対側の荷を捨て始めました!」

 鎌足が、影の組織『八咫烏』から届いたばかりの、戦場を駆けるような報告を叫ぶ。

「……さすがに一筋縄じゃいかないか。入鹿たちが命懸けで開けた穴だ、無駄にはさせない。おい、砲兵隊! 照明弾を撃つのはやめだ。火薬の配合を変えた『焼夷弾』を前に出せ!」

 私は、不完全な蒸気機関の調整で指の皮が剥け、煤と油にまみれた手で無理やり信号旗を掲げた。逆転などという華々しい状況ではない。ここからは、敵が体勢を立て直す前に、文字通り「焼き尽くす」ための泥臭い力仕事だ。

 多賀の砲台では、兵たちが熱気に包まれながら、油脂と硫黄を練り込んだ「火薬弾」を次々と装填していた。

「日食の時に見せた光とはわけが違うぞ! これは敵を焼き払うための理だ、外すなッ!」

 砲術長の怒号が響く。

 私は第一砲台へ駆け込み、傾いたことで無防備にこちらを向いた『大唐威鳳』の甲板へ、自ら照準を合わせた。

「撃てッ!」

 放たれた砲弾は、空中で火を吹きながら敵艦の巨大な帆に突き刺さった。現代のテルミット反応に似た高熱の炎が、瞬く間に木造の船体を舐めるように広がる。

 海水を被って震えながら岸に辿り着いた入鹿が、茂みの中からその炎を見て吠えた。

「大江! まだ『予備の樽』があるんだろ! 船を捨てて小舟で逃げてくる連中を片っ端から吹き飛ばせ! 皇帝を陸に上げさせるな!」

 燃え上がる旗艦の甲板で、李世民は崩れ落ちるマストを避けながら、浸水の振動を足の裏で感じ取っていた。

「……船を捨てよ。全軍、右舷から海へ飛び降り、小舟で多賀の海岸へ向かうのだ。海で焼かれるより、敵の懐へ飛び込んで白兵戦に持ち込む!」

 皇帝自らが剣を抜き、炎の海へと飛び込む。その背中を追って、数千の唐の精鋭たちが執念で多賀の砂浜へと這い上がり始めた。海戦は終わったが、それは多賀要塞を舞台にした、史上最も凄惨な白兵戦の始まりに過ぎなかった。

「鎌足殿、剣を取れ。……ここからは理屈じゃない、泥仕合だ」

 私は未完の蒸気機関の横に置いてあった火槍をひったくり、司令室の扉を蹴り開けた。

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