第三十三話:宣戦布告、長安からの断頭状
状
――西暦六二四年(推古三十二年)、新春。
多賀要塞の竣工を祝う宴の最中、難波の港に一艘の快速船が滑り込んだ。乗っていたのは、隋の時代から大陸に留まっていた老いた留学生。その震える手には、唐の皇帝・李世民からの「親書」が握られていた。
数日後、飛鳥の朝廷。
推古天皇の御前で、その親書が読み上げられた。
『東方の小国、倭。天の理を騙り、妖術(科学)を以て民を惑わし、我が帝国の秩序を乱す。今ここに、百万の軍を以てその罪を糾さん。降伏か、滅亡か。選択の時は満ちた』
朝廷内は、蜂の巣をつついたような騒ぎとなった。
「百万の軍だと!? 隋の時ですら、これほどの脅迫はなかったぞ!」
「大江殿、あなたが陸奥で勝手な城を築くから、唐を刺激したのではないか!」
保守派の豪族たちが、一斉に私を指弾する。だが、私は彼らの言葉を遮り、冷徹に言い放った。
「刺激したから攻めてくるのではありません。我々が『利用価値のある植民地』ではなく、『対等な脅威』に成長したから、彼らは本気で潰しに来るのです。……これこそが、独立を守るための代償です」
会議の帰り道。私は、入鹿と鎌足の二人を学院の秘密作戦室に呼び出した。
「……ついに、来たな。大江、百万というのはハッタリだろうが、それでも数万の精鋭が海を渡ってくるのは確実だ」
入鹿は、腰の太刀を強く握りしめた。二十一歳。その体は戦士として完成され、その瞳には恐怖ではなく、燃えるような闘志が宿っていた。
「ああ。唐の戦術は『水陸両用』だ。大型艦による海上封鎖と、新羅を経由した陸路からの南下。……鎌足殿、新羅の動向は?」
鎌足は、影の組織『八咫烏』が持ち帰った最新の情報を机に広げた。
「……最悪にございます。新羅は唐の圧力に屈し、軍の通過を認めました。事実上の唐・新羅連合軍です。……彼らはまず、筑紫(九州)を囮にし、本隊は日本海を横断して陸奥――多賀を直接叩く構えですな」
鎌足の分析は鋭かった。李世民は大江の「力の源泉」が陸奥の鉄と金にあることを見抜いている。
「……わかった。ならば、こちらも『歴史にない戦い』を仕掛ける」
私は、秘密裏に開発を進めてきた「最終兵器」の木型を二人の前に置いた。
「入鹿。お前には筑紫ではなく、多賀の守備を任せる。唐の船が接岸しようとした瞬間、これを使え」
「……なんだ、この巨大な筒は?」
「**『多賀式巨砲』**だ。火薬の爆発力で鉄の玉を飛ばし、数里先の船を沈める。……さらに、鎌足殿。あなたには難波の商人を動かし、唐の補給線を絶つための『経済封鎖』を新羅に対して仕掛けてもらいたい」
私は現代の「トータル・ウォー(総力戦)」の概念を説明した。戦場での勝利だけでなく、経済、情報、そして技術のすべてを動員した防衛戦だ。
「……大江殿。あなたは、この国を戦火で焼く覚悟ができているのですな」
鎌足の問いに、私は静かに頷いた。
「焼かれる前に、敵を海で溶かします。……入鹿、頼むぞ。お前の右腕が、この国の最後の盾だ」
「任せろ。……大江、お前がくれたこの理(科学)、世界中に見せつけてやるよ」
その夜、私は独り、学院の屋上で星空を見上げていた。
(李世民。あなたが歴史に名を残す名君なら、私は歴史を書き換える『異物』として、あなたを迎え撃とう)
飛鳥の静かな夜を、遠く難波の方角から響く「軍貝」の音が切り裂いた。
西暦六二四年、春。
後に「飛鳥大戦」と呼ばれる、日本史上最大の国難が、ついに幕を開けた。




