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第三十話:北方要塞都市、多賀の胎動

――西暦六二三年(推古三十一年)。

 聖徳太子の死から一年。飛鳥の朝廷が後継者争いに明け暮れる中、私と入鹿、そして鎌足の三人は、その喧騒を離れ、陸奥の荒野に立っていた。

 目の前に広がるのは、冷たい風が吹き抜ける原野。だが、私の脳内には、現代の都市計画に基づいた「不落の要塞都市」の完成図が鮮明に描かれていた。

「大江、本当にここに『都』なんてできるのか? 熊と狼の足跡しかないぞ」

 二十歳を目前にし、近衛軍一万を束ねる総帥としての風格を漂わせ始めた入鹿が、泥にまみれた長靴(私が開発したゴム引きの革靴だ)で湿地を踏みしめる。

「ここが将来、東方の中心となるんだ、入鹿。名を**『多賀たが』**としよう。……唐の軍勢は海からだけじゃない。もし大陸の軍が北の海を渡り、蝦夷えみしを味方につけて南下してくれば、飛鳥は背後から刺される。ここを、絶対に抜かせない防波堤にするんだ」

 私は、現代の**「星型要塞(ヴォーバン様式)」**を模した設計図を広げ、集まった石工や技術者たちに声を張り上げた。

「いいか、これまでの城のように四角く囲うな! 角を突き出し、どこから敵が来ても二方向から射掛けられる『星の形』にするんだ。石垣を積む前に、まずはこの『飛鳥コンクリート』を使え!」

 私は石灰石と火山灰を混ぜた灰色の粉末を指差した。

「これを水と練って石の隙間に流し込めば、木造建築とは比較にならない強度の壁になる。素手で触るな、肌が荒れるぞ!」

 現場に私の怒号が響く。鎌足が新羅や百済から買い叩いてきた三千人の石工たちが、見たこともない建築手法に戸惑いながらも、急速に巨大な城壁を立ち上げていく。

 さらに私は、陸奥の急流に建設した巨大水車の横に陣取り、鍛冶職人たちに詰め寄った。

「水車の回転をこの送風機ベローズに繋げ! 人の息で火を熾す時代は終わりだ。機械の力で、鉄鉱石をドロドロに溶かすほどの高温を作り出すんだ。不純物を徹底的に叩き出せ。飛鳥を守るのは、お前たちが打つ『はがね』の硬さにかかっている!」

 自動化された製鉄所からは、昼夜を問わず火花が上がり、大量の高品質な鋼が産み出されていった。

「大江……お前、本当に寝てないだろ。でも、街が一日ごとに形を変えていくのを見てると、俺も血が騒ぐよ」

 入鹿が笑いながら、資材を運ぶ人足たちに混ざって巨大な材木を担ぎ上げた。

 私は次に、全国から集まってきた農民や豪族の次男坊たちの前に立った。

「皆、よく聞け! この多賀に移住する者は、向こう三年の税をすべて免除する! 黄金を掘り当てれば、その一部は君たちのものだ。ここは蘇我の土地ではない。お前たちが、自分の力で豊かになるための街だ!」

 私の宣言に、入鹿の近衛軍からも、移住者からも、地を揺らすような勝鬨が上がった。自由と富。現代の開拓精神を植え付けられた民の目は、もはや単なる人足のそれではなく、自らの国を創る「当事者」の輝きを放っていた。

 しかし、この「急速な軍事化」と「富の集積」は、長安の李世民の耳にも届いていた。

「……倭国の蘇我大江。奴は陸奥に、我らの『長安』に匹敵する、いや、それ以上に不気味な城を築いているというのか」

 唐の皇帝、李世民は、地図上の「多賀」という地点を爪で弾いた。

「……面白い。その城が完成する前に、こちらの『切り札』を送り込め。……武力ではない。倭国の神々を揺るがす『魂の武器』をな」

 西暦六二三年、秋。

 多賀要塞の完成を目前に控えたある日、大陸から一人の僧侶が飛鳥に上陸した。

 その名は、歴史に名を残す名僧――ではなく、李世民が送り込んだ最強の宗教扇動家。

「大江様。大陸より、釈迦の真理を極めたという高僧が、あなたに会いたいと……」

 与志古が不安げな報告を持ってきた。

 

 鉄と金、そして科学。

 私が築いた「物質の楽園」を破壊するために、李世民は「信仰」という名の、科学では割り切れない攻撃を仕掛けてきたのだ。

「……多賀の完成を待ってくれないか。歴史の神様は、本当に意地が悪い」

 私は多賀の城壁から北の空を見上げた。

 科学と迷信、そして国家のプライドを賭けた、新たな戦いの火蓋が切られようとしていた。

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