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第二十八話:陸奥の黄金、鉄の咆哮

――西暦六二二年(推古三十年)。

 飛鳥は今、一見しただけでは分からない「緊張」に包まれていた。

 唐の李世民が送り込んだ間者たちが、商人や僧侶に化けて国内の脆弱な場所を突き始めていたからだ。彼らは地方豪族に囁く。「蘇我大江こそが、伝統を壊す真の敵である」と。

「大江、陸奥むつへの遠征準備は整った。だが、あそこは蝦夷えみしの地。言葉も通じず、道もない森の中だぞ。本当にそこに『鉄』と『金』があるのか?」

 入鹿が、防寒用の毛皮を纏いながら地図を広げる。

 十七歳になった入鹿の肩には、蘇我の私兵だけでなく、大江の理想に共鳴した「飛鳥義勇軍」の若者たちが一千名、命を預けていた。

「入鹿。地面の下には、歴史をひっくり返すだけの力が眠っているんだ。……いいか、この磁石が強く反応する場所を探せ。そこには必ず、砂鉄ではなく『鉄鉱石』がある」

 私は現代の地質学知識に基づき、後に日本最大級の鉄鉱山となる「釜石」や、黄金の産地となる「平泉」の周辺を、古い地図に記した。

 

「鎌足殿が新羅から鉄を買い付けている間に、私たちは自給自足の基盤を作る。唐が本気で攻めてくるまで、あと数年……。それが私たちのタイムリミットだ」

 入鹿率いる遠征隊が北上を続ける間、飛鳥では私と鎌足が「経済と諜報」の最前線に立っていた。

 

「大江殿。あなたの危惧した通りです。地方の豪族・阿倍氏の領内で、唐の工作員と思われる者が、新型火槍の図面を盗もうとして捕まりました」

 鎌足が、影の組織『八咫烏やたがらす』――彼が密かに創設した諜報網からの報告書を差し出す。

「……やはり、技術を狙ってきているか。だが鎌足殿、捕まえたのは幸いでした。……彼らを殺さず、あえて『不完全な図面』を持たせて逃がしてください」

「不完全な図面、ですか?」

「爆発の威力が強すぎて、撃った瞬間に筒が破裂する設計です。……李世民のような男は、敵の技術をすぐに真似ようとする。その隙を突くんです」

 鎌足は、眼鏡(私が開発した老眼鏡の試作)の奥で目を細めた。

「……恐ろしい男だ。あなたは、戦場ではなく『知恵の迷宮』で唐を殺すつもりか」

 一ヶ月後。陸奥から飛鳥へ、第一報の早馬が駆け込んできた。

「入鹿様より伝令! 陸奥の山中にて、これまで見たこともない『黒い石の山』を発見! 磁石が引きちぎれるほどに反応しております!」

 講堂内が静まり返った。

 それは、日本が砂鉄をちまちまと集める時代を卒業し、**「製鉄革命」**へと突入した瞬間だった。

「さらに……川底から、砂を掬うだけで指が光るほどの黄金が見つかりました! その量、測り知れず!」

「……勝ったぞ」

 私は思わず、拳を強く握りしめた。

 黄金があれば、新羅や百済、さらには唐の反乱勢力さえも「買収」できる。鉄があれば、唐の数万の軍に匹敵する「鉄器化」が可能になる。

 しかし、その歓喜を冷やすように、新たな影が忍び寄っていた。

 

 厩戸皇子(聖徳太子)の体調が、急速に悪化しているという知らせだ。

 史実では、西暦六二二年は聖徳太子がこの世を去る年。

 

 (歴史の修正力……。この国の精神的支柱を失わせることで、蘇我と鎌足の均衡を崩そうというのか……!?)

「大江、大変だ! 皇子様が……! 皇子様が、お前を呼んでいる!」

 知らせを聞き、私は学院を飛び出した。

 鉄と金という「力」を手に入れた直後に、最も失ってはならない「指針」が消えようとしていた。

 西暦六二二年、春。

 黄金の輝きが北の大地を照らす中、飛鳥に大きな巨星が落つ。

 それは、大江、入鹿、鎌足の三人が、後ろ盾を失い「本当の政治」という嵐に放り出される序曲でもあった。

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