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第二十五話:三極合議、唐風の来襲

――西暦六一九年(推古二十七年)。

 隋という巨塔が倒れ、大陸では「唐」という名の新たな怪物が産声を上げた。その産声は、激しい軍靴の音となって海を越え、飛鳥の地にまで響き渡っていた。

「……これが、私の描く『大和防衛構想』だ」

 飛鳥学院の一室。私は床一面に広げた巨大な日本地図の上に、幾つもの色のついた駒を置いていった。

 私の左右には、入鹿と鎌足。かつて対立していた二人が、今は険しい表情で地図を覗き込んでいる。

「大江、この赤い駒……難波だけじゃなく、筑紫(九州)からこの飛鳥まで、点々と置かれているのはなんだ?」

 十七歳の入鹿が、鍛え上げた指で海沿いの拠点を指差す。

「それは『烽火のろし』と『早馬』を組み合わせた、超高速の情報伝達網だ。唐の軍船が水平線に見えた瞬間、わずか数刻で飛鳥の朝廷にその報せが届くようにする。入鹿、お前の近衛軍が動くための『目』だよ」

 私は現代の「通信インフラ」の概念を、烽火台という形に変えて配置した。

「……だが、大江殿」

 鎌足が、冷徹な声で口を挟む。

「拠点を置くには、その土地を治める豪族の協力が不可欠。彼らは蘇我の私兵が領地に入ることを何よりも嫌う。……あなたの『理』だけでは、人は動かぬ」

「だから、あなたの出番だ。鎌足殿」

 私は鎌足を見つめた。

「あなたが隋で学んだ『律令』……それを、まずは『国防法』として期間限定で施行する。土地を奪うのではなく、『国の危急に際して、全ての豪族は軍の通行と物資提供を拒めない』という法を作るんだ。これは蘇我の命令ではない、法による強制だ」

 鎌足の瞳に、微かな驚きが走った。

 彼が蘇我を縛るために持ち込んだ「法」を、私は国家を一つに束ねるための「大義名分」へと逆用したのだ。

「……蘇我の力を削ぐための法を、蘇我を守るために使えと言うのか。皮肉なものだ」

 鎌足は自嘲気味に笑ったが、その手はすでに、法案を記すための筆を掴んでいた。

 会議が数時間に及んだ頃、与志古(車持の娘)が冷えた茶を持って部屋に入ってきた。彼女は、三人の少年(今や若者だ)が並んで座る異様な光景に、一瞬だけ足を止め、眩しそうに目を細めた。

「大江様、難波の港から早馬が届きました。……唐の偵察船と思わしき影が、対馬の沖に現れたとのことです」

 部屋の空気が一気に張り詰める。

「……来たか。李世民の尖兵が」

 私は立ち上がった。

「入鹿、お前は筑紫へ飛べ。私が開発した最新の『新型火槍(火縄銃の改良版)』と、例の『火炎投石機』を配備しろ。唐の船を、一歩も日本の土に踏ませるな」

「わかった。……大江、お前はどうする?」

「私は飛鳥に残って、鎌足殿と『徴兵と補給のシステム』を完成させる。……唐の強さは、個人の武勇ではなく、尽きることのない『組織的な物量』だ。それに対抗するには、この国自体を一つの巨大な『工場』に作り変えるしかない」

 入鹿が部屋を飛び出していった後、私と鎌足だけが残された。

 

「大江殿。一つ聞いておきたい。……あなたは、この国を唐から守った後、一体どこへ向かおうとしている? 権力に興味がないと言いつつ、あなたは誰よりもこの国を『支配』している」

「……私は、誰も殺されない未来を創りたいだけですよ。入鹿も、あなたも、そしてこの国の民も」

 私は窓の外を見つめた。

 歴史の修正力は、唐という外圧を使って、再び私たちを殺しに来るだろう。

 だが、私には現代の戦術がある。鎌足には行政の組織力がある。そして入鹿には、未来を切り拓く力がある。

「鎌足殿。あなたが私を殺したいのなら、この国を唐から守り抜いた後にしなさい。……その時まで、あなたの知恵を私に貸してほしい」

 鎌足は無言で、私が差し出した協定書に署名した。

 

 西暦六一九年、秋。

 後に「唐倭戦争(仮)」と呼ばれることになる、巨大帝国との激突の第一幕。

 蘇我の双星に、かつての宿敵が加わった「三極の盟約」が、日本の運命を未知の領域へと導き始めた。

 対馬の海を切り裂き、黒い影が迫る。

 それは、飛鳥の「理」が、世界最強の「武」と初めて激突する予兆だった。

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