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第二十四話:巨星落つ、遣隋使の終焉

――西暦六一八年(推古二十六年)。

 飛鳥炎上事件から四年。焼け跡から再建された街は、耐火性の高いレンガ造りの建物が並ぶ、より強固な都市へと進化を遂げていた。

 しかし、その春、難波に到着した最後の一艘の小舟が、大陸の「終わり」を告げた。

「隋の煬帝、楊広が部下に殺害されました。……隋は、滅びました」

 小野妹子による最後の報告。朝廷は沈黙に包まれた。

 三十年にわたって東アジアに君臨した巨大帝国の崩壊。それは、この飛鳥が築いてきた外交秩序が完全に白紙になったことを意味する。

「……ついに、来たか」

 私は、執務室で地図を睨んでいた。

 現代の歴史知識では、隋の後に現れる「唐」という帝国は、隋とは比較にならないほど組織的で、軍事的にも洗練されている。高句麗、百済、そしてこの倭国も、その巨大な「飲み込む力」に晒されることになる。

「大江、何を暗い顔をしてるんだ。あの威張り散らした隋がいなくなったんだ、むしろ清々するだろ?」

 入鹿が、近衛軍の新型防具――軽くて丈夫な「蘇我式鋼はがね」を鳴らしながら入ってくる。十七歳になった入鹿は、今や近衛軍の総大将として、飛鳥の若者たちの憧れの的となっていた。

「入鹿。怪物が死んだ後に来るのは、もっと賢くて恐ろしい『神』なんだ。……唐がこの半島と海を席巻する前に、私たちは自らの形を完成させなければならない」

 その日の午後、私は斑鳩宮へ向かった。

 待っていたのは、厩戸皇子と、彼に寄り添うように座る中臣鎌足だった。

「大江、そして入鹿よ。よく来た。……隋が滅んだ今、鎌足から一つの提案があったのだ」

 皇子の表情は硬い。鎌足が、沈叔安の失敗から四年、より緻密に練り上げた「国家構想」をぶつけてきたのだ。

「大江殿。隋の滅亡は、氏族が力を持ちすぎたゆえの必然にございました。……我が倭国も、今こそ蘇我氏を筆頭とする有力氏族の『私有』を廃し、全てを天皇の下に一元化する時です」

 鎌足の瞳には、かつての復讐心を超えた「狂気的なまでの使命感」が宿っていた。

 「大化の改新」の本質である、公地公民と律令制。彼はそれを、隋の崩壊というショック療法を利用して強行しようとしている。

「鎌足殿、あなたの言う『一元化』は、この国の多様性を殺す。……全ての田畑を国が取り上げれば、民がこれまで工夫して増やしてきた収穫の喜びは奪われる。それは、停滞への道だ」

「停滞こそが安定なのです! 大江殿、あなたの『加速』はあまりに早い! ついていけぬ者が、裏でどれほど血を流しているか、気づかぬふりをするのか!」

 火花が散る論戦。

 だが、その時。皇子が静かに手を挙げ、二人を制した。

「……二人とも。戦っている暇はない。……百済の隠密より、新たな報せが入った。大陸の新たな主、李淵りえんとその子、世民せいみんが率いる『唐』の軍勢が、すでに山東半島に集結し始めている」

 皇子の言葉に、部屋の空気が凍りついた。

 李世民。のちの太宗であり、東アジア史上最強の軍事的天才だ。

「大江よ。お前がこの数年で築いた『富』と『武器』は、唐の百万の軍を退けるに足りるか?」

 皇子の問いに、私は入鹿と顔を見合わせた。

 

「……今のままでは、足りません。ですが、入鹿の武力と、私の技術、そして――鎌足殿の『組織論』を一つに束ねれば、対等に渡り合える道はあります」

 私はあえて、鎌足に手を差し出した。

 歴史通りなら、彼らは数年後、入鹿を殺す。だが、私はその「殺意」さえも、国家防衛という巨大なパズルの一片として組み込むつもりだった。

「……協力しろというのか、この私に」

 鎌足が、忌々しげに、だが興味深そうに私の手を見る。

「共通の敵が必要なら、私が用意しましょう。……数カ月後、唐の偵察船がこの海に現れる。その時、飛鳥がバラバラならこの国は終わる。……一緒に『新時代の防衛線』を引きませんか?」

 西暦六一八年、夏。

 隋の滅亡という歴史の巨大な転換点。

 大江、入鹿、鎌足――のちの「乙巳の変」の主役たちが、皮肉にも「唐」という圧倒的な外的脅威を前に、一つの机を囲むこととなった。

 だが、その協力関係は、脆い氷の上にある危ういものだった。

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