第九話:紙王(しおう)の誕生、宿敵の密航
――西暦六〇五年(推古十三年)晩秋。
飛鳥学院の片隅から、規則正しい「音」が響いていた。
パシャ、パシャ。
それは、高句麗の僧・曇徴から伝授された製紙法を、私が現代の知識で改良した「流し漉き」の音だ。これまでの麻紙よりも滑らかで、なおかつ大量生産が可能な、のちの和紙の原型となる「大江紙」が産声を上げようとしていた。
「すごいぞ、大江! こんなに薄くて、なのに破れない。これなら筆の滑りも段違いだ!」
入鹿が、出来立ての白い紙を太陽に透かしながら興奮気味に声を上げる。
「ああ。これが普及すれば、徴税の記録も、役人への指示も、すべてが正確になる。言葉は消えるが、文字は残る。入鹿、これが国家を縛る『神経』になるんだ」
私は、乾燥中の紙を見つめながら、かつての世界で当たり前だった「情報の重要性」を噛み締めていた。
だが、学院の生徒たちや職人たちは、私のそんな理屈よりも、この奇跡のような「白い布のようなもの」を創り出した私の手腕に、畏敬の念を深めていた。
「大江様は、水と木から宝を創り出す……」
「やはり、あの御方は神仏の化身に違いない」
そんな囁きが聞こえるたびに苦笑いしてしまうが、この「名声」こそが、守旧派の攻撃を防ぐ防波堤になる。
一方、飛鳥の華やかな喧騒から離れた難波の港。
冬の冷たい海風が吹き荒れる中、小舟に乗り込もうとする二人の影があった。
中臣御食子と、その息子・鎌子――のちの中臣鎌足である。
「……良いか、鎌子。蘇我の神童は、理でこの国を染めようとしている。あやつの知恵は、もはや飛鳥の枠に収まらぬ。あやつが『新しき理』を創るなら、我らはその本場、隋の大帝国から『さらに強き理』を持ち帰らねばならぬ」
御食子の言葉には、並々ならぬ執念がこもっていた。
筑紫での敗北、そして飛鳥での蘇我の躍進。中臣一族が守ってきた「神事の権威」は、大江がもたらす「利便性と富」の前に風前の灯火だった。
「わかっております、父上。大江……あの男の瞳は、まるで百年先の未来を見ているようです。私は、その瞳が映さぬ『影』を見つけてみせます」
幼い鎌子の瞳には、嫉妬ではなく、純粋なまでの対抗心が宿っていた。
彼らは、蘇我の監視を潜り抜け、密かに出航する隋の商船へと身を投じた。
歴史の強制力か。遣隋使という公的な派遣を待たずして、彼らは己の知恵を磨くために大陸へと旅立ったのである。
数日後、私はその事実を伝書鳩の報告で知ることになった。
「中臣が……大陸へ?」
書簡を読み終えた私は、窓の外に広がる飛鳥の山々を見つめた。
史実の鎌足は、大陸へ渡った記録はない。だが、私の存在という異物が、彼という天才をより早く、より鋭く覚醒させてしまったのだ。
「……面白くなってきたな」
独り言が漏れる。
強大なライバルの出現に、恐怖よりも高揚感が勝っていた。前世のコンサルタント時代、競合他社が強ければ強いほど、私の戦略は研ぎ澄まされた。
そこへ、慌ただしく厩戸皇子の使者が駆け込んできた。
「大江様! 皇子様がお呼びです! 隋の皇帝より、親書が届きました!」
「親書? 煬帝からか?」
私は急ぎ、斑鳩宮へと向かった。
広間に入ると、皇子は広げられた豪華な絹布の書簡を前に、不敵な笑みを浮かべていた。
「大江、聞け。皇帝・楊広が、こう言ってきたぞ。『倭国に、天の雷を操り、空から巨石を降らす童がいると聞いた。その童を、隋の宮廷へ献上せよ』とな」
周囲の役人たちがざわつく。それはあからさまな徴用であり、拒めば戦争の口実になりかねない無礼な要求だった。
「献上、ですか。私は物ではないのですが」
私が淡々と答えると、皇子は声を上げて笑った。
「当然だ。だが、断れば隋との国交は閉ざされ、新羅や百済が勢いづく。……大江、お前ならこの傲慢な皇帝に、どう返事を書く?」
私は、入鹿が大切に持っていた、出来立ての「大江紙」を一枚、皇子の前に広げた。
「皇子。この真っ白な紙に、こう記しましょう。……『日出づる処の天子、書を日没する処の天子に致す。恙なきや(お元気ですか)』と」
皇子が目を見開く。
それは史実において、小野妹子が持参した、皇帝を激怒させた伝説の文面だ。
「……対等だと言い切るか。この小さな島国の知恵が、大帝国の武力に屈せぬことを示すのだな?」
「はい。そして、文面にはこう付け加えます。『雷の術が見たければ、自らこちらへお越しあれ。ただし、その時は我が国の要塞が歓迎いたします』と」
皇子はしばし沈黙したあと、その紙に力強く筆を走らせた。
「入鹿、お前も準備しろ。近いうちに、隋からの使節団……あるいは刺客が、この紙の価値を確かめにやってくるぞ」
「ああ! 望むところだ、大江!」
入鹿が不敵に笑い、腰の刀を鳴らした。
西暦六〇五年、冬。
ついに飛鳥の知恵が、大陸の覇権と正面から衝突しようとしていた。
中臣が大陸で何を学ぶのか。そして隋の皇帝がどう動くのか。
私の二度目の人生は、もはや日本の運命そのものと化していた。




