7. 暴走王子は求婚をやめない
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「……いつまで……そうしてる……つもりなの!? ぐぬぬ……!」
握られた手を振りほどこうとしてもビクともしない。あの時の小さな手とは比べ物にならないぐらい、『男』になった掌。ルシウスはリヴィエラの両手を、逃げ場を塞ぐようにがっしりとホールドしたまま離さない。その背後では、ホロウがルシウスの服を破れんばかりに引っ張っている。
「師匠が『はい』と言うまでです。僕は大真面目ですよ? さっさと王城へ移って、僕の妃として……」
「おーい、聞こえてるかー? リヴィはお前のモノじゃないんだよ。だいたい、この魔力の高さ……お前、人間じゃないだろ」
ホロウのアンバー色の瞳が、ルシウスを射抜くように光る。ルシウスはリヴィエラに向けた甘い微笑みを崩さないまま、声のトーンだけを氷点下まで落とした。
「人間ですよ。……少し、王家の血に混じった『力』が目覚めただけです。それより君、使い魔の分際で僕の師匠に馴れ馴れしく触れないでもらえますか。羽を毟られたいんですか?」
「はあ!? やってみろよ、このデカ物王子!」
「ストーーーーップ!!!」
リヴィエラの絶叫が、狭い庵に響き渡った。
「ルシウス! あなた、王子様なんでしょ!? 公務とか、もっと大事なことがあるでしょ! 私みたいな『しがない薬師(自称)』に構ってる暇なんてないはずよ!」
「師匠より大事なことなんて、ありません」
ルシウスは事も無げに言ってのけた。その瞳は、冗談を言っているようには到底見えない。本気で「世界よりも師匠」だと断言する、狂気に似た真っ直ぐな熱を帯びていた。
「さあ師匠。まずはその、僕のいない間に拾った『不審な鳥』を追い出しましょうか。それとも、僕が今ここで調理しましょうか?」
「鳥じゃないし! 獣人だし! バカにするのもいい加減にしろ!」
目の前で言い合いがヒートアップしそうになったその時――。
「ルシウス様! 見つけましたよ!!!」
「……ジークか」
大きなため息をついてドアを開けるルシウスの態度は、あからさまに「邪魔者が来た」と言わんばかりだった。
庵の入り口に、数名の騎士と共に肩で息をしながら転がり込んできたのは、一人の青年だった。高級な騎士服はあちこち土埃にまみれ、整えられていたであろう赤褐色の髪はボサボサ。琥珀色の目の下には、数日は徹夜したであろう深刻なクマが深く刻まれている。
「今日は来客が多いわぁ……招かれざる客の方だけど」
リヴィエラがため息をつきながら、途中だった朝食に再び手をつける。
「あいつの知り合いか? そのまま連れて行ってくれりゃいいのに」
ホロウが毒づく。ジークと呼ばれた騎士は、膝をついて必死に訴えた。
「殿下がいきなり書面に『師匠のところへ帰る。探すな。以上』とだけ書き残して王宮を脱走したせいで、今どれだけの大騒ぎになっているか分かっているのですか!?」
「やかましい。僕の居場所は、僕が決める」
「決めるじゃありません! 閣僚たちは泣きながら僕にすがってくるし、王妃様は先程刺客を送……」
ルシウスが指をスッと動かす。
ジークが庵を囲む森の先を見ると、直線上に木がなぎ倒されて焼け野原のようになっており、その先には王妃の手先であろう隠密魔導師たちが一網打尽にされ、無惨に気絶していた。
焼けた空気の匂いが、遅れて鼻を刺した。
ジークは天を仰ぎ、こめかみを押さえる。
「なるほど、状況はよく分かりました」
ジークはリヴィエラの存在に気づくと、ハッと姿勢を正し、それから力なく崩れ落ちるように深々と頭を下げた。
「……あなたが、リヴィエラ様ですね。話は……というか、殿下の独り言という名の惚気で耳にタコができるほど聞いております。この身勝手すぎる我が主を、どうか……どうかお引き取りください……もう限界です」
「い、いや、私にお願いされても……!」
リヴィエラが困惑して手を振ると、すかさずホロウが間に入った。
「聞いたか? ほら、部下が泣いてるぞ。とっとと城に帰れよ、デカ物王子」
「……おい、そこの鳥。構ってもらえないからって、あまり調子に乗るなよ」
ルシウスの碧い瞳から、冗談とは思えないほどの魔力が漏れ出す。大気がピリピリと震え、庵の窓ガラスがガタガタと悲鳴を上げた。
「二人とも、いい加減にしないと追い出すよ!?」
魔力がないはずのリヴィエラの背後から、静かな、けれど有無を言わせぬ圧が放たれた。瞬間、庵の中の空気が氷結したように止まる。
「「……すみませんでした」」
一秒前まで殺し合わんばかりの殺気を放っていた王子と獣人が、一転して行儀よく正座せんばかりの勢いで頭を下げた。
「なっ……!?」
ジークは目を見開き、あいた口が塞がらない。
後ろに控えていた精鋭騎士たちも、互いに顔を見合わせ、信じられないものを見たというように戦慄している。
「あの、冷酷無比で誰の言葉も聞き入れないルシウス様が、あんなに素直に頭を下げるなんて……」
「殿下のお相手は、もうあのリヴィエラ様しか考えられないな……。あの方以外に、あのご気性を制御できる人間がこの世にいるとは思えん」
騎士たちのヒソヒソ声を無視して、ジークは気を取り直して尋ねた。
「と、とにかく!! リヴィエラ様にはプロポーズのお返事はもらえたんですよね!? おめでとうございま――」
「まだだが」
「……はい?」
「口説いてる最中だ」
「え、じゃあご公務は……」
「しばらくお前が回しておけ」
「は!? 無理ですよ! 国王様が何と仰るか……!」
「嫌です」
――即答だった。
「殿下ぁぁぁ!!!」
ジークの絶叫が庵に響く中、ルシウスはリヴィエラの方を向き、一転してとろけるような甘い声で囁いた。
「少し“掃除”してきます。夜には戻るので僕の寝床を用意しておいてくださいね。……間違っても、その不潔な鳥と一緒に寝るなんて許しませんから」
「誰が不潔だ! 毎日リヴィと一緒にお風呂入ってるわ!」
ホロウは、にやりと笑った。
「…」
「……は?」
一瞬、ルシウスの背後に立ち昇る魔力が、本物の龍のような形を成したのを、リヴィエラは見逃さなかった。静寂が、爆発直前の火山のような熱を孕む。
「ホロウ!! 余計なこと言わないで! ……ルーシー、とにかく一度帰りなさい! 話はそれからよ!」
リヴィエラは半分強引に、ルシウスの背中を押して庵の外へと追い出した。
「待ってください! 今、絶対に聞き捨てならないことが! 一緒に……風呂!? 誰が!? 許可なく僕の師匠の肌を!! いますぐその鳥を焼き鳥に――!!」
バタン!!
ドアを勢いよく閉めると、外からはルシウスの絶叫と、ジークたちが「殿下、落ち着いてください!」「行きますよ、殿下!」と必死に彼を抑え込む騒がしい音が遠ざかっていった。
「ジーク」
「は、はいっ(ヒィッ、目が据わっている……!)」
「庵に『影』をつけろ。一匹の虫も僕の許可なく師匠に指一本触れさせるな。あの鳥……覚えていろ……」
「……かしこまりました(もう、完全なストーカーじゃないですか……)」
静かになった室内で、リヴィエラは椅子に崩れ落ちた。
「……なんか、一気に寿命が縮んだ気がする……ねぇ、まさかホロウも実は男の子でしたなんてことないよね……?」
「ぶっ、それはない。正真正銘女だよ。……ねえリヴィ。あいつ、絶対また来るよ。……というか、目つきがもう『獲物』を見てる時のそれだったぞ」
「知ってるよ……」
あの瞳に、少しだけ――。
胸が高鳴ってしまった自分が、怖い。
男になった途端にやりたい放題の王子が好きです




