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助けた弟子の『女の子』が執着王子になって帰ってきて逃がしてくれません  作者: 栗原りんご


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5. はじまりの場所

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(……あの日、僕は初めて「生きたい」と思った)



ルシウスの記憶の中で、四年前の景色が鮮やかに色づく。

逃げているはずなのに。

隣を歩く彼女は、どうしてこんなにも楽しそうなんだろう。


「ルーシー! まずは足元の薬草をたくさん摘むよ!」

「わ、わかりました!」


これらが薬草……? と思いながらも、言われるがままに土にまみれて草を採る。禁忌の森。普通なら、入った時点で死ぬ場所だ。けれど、透明になっているおかげで魔物の殺気すらどこか遠い。彼女の手にかかれば、そこはただの「薬草の宝庫」へと姿を変えた。


リヴィエラは手際よくトランクの中へそれらを詰め込むと、迷いのない足取りで森を抜けていく。

どれだけ歩いただろうか。そろそろ足が限界に近付いてきた頃、薄暗かった森に光が差し込んだ。ようやくたどり着いたのは、王都から遠く離れた、活気溢れる街だった。


「わー……!」


二人して、子どもみたいに目を輝かせた。

見たこともない街の喧騒が、僕を包み込む。

リヴィエラは何やらキョロキョロと辺りを見回すと、パッと顔を輝かせた。


「あった!」


視線の先には、年季の入った薬屋の看板。店内にいたのは、恰幅のいい、いかにも人の良さそうなおばさんだった。


「この薬草を買い取っていただきたいのですが」

「おや、これは上質な薬草だねぇ! 若いのに大したもんだ」

「あと、もし可能であれば薬も売りたくて……」

「お前さん、薬が作れるのかい?」

「……普通の薬しか作れないんですけど」


リヴィエラは少し遠慮がちに、トランクの中から丁寧に瓶詰めされた色とりどりの液体を取り出した。


「なるほど。こっちは……熱冷まし、こっちは頭痛薬、こっちは胃腸薬かい? ……ほう、普通と言ったが、どれも綺麗な純度だ。これも買い取ろう。このご時世、薬は貴重だからね」


おばさんは感心したように頷くと、買取金額を紙に書き記した。その数字を見た瞬間、リヴィエラの目が丸くなる。


「こ、こんなに!?」

「薬は貴重だって言ったじゃないか。お前さんも薬師なら知っているだろう? 今後も贔屓にしてくれるなら、もっと色をつけてやるよ」

「あ、ありがとうございます! 今後もこちらに売りに来ます!」


リヴィエラと目が合い、僕は思わずホッと息をついた。お金を受け取り、今後の調合に必要な瓶や袋を一通り譲り受ける。


「お前さんたち、若そうだけど、二人で冒険者でもやってるのかい?」

「あ、……ええ、そうなんです! この子が冒険者で、私が薬師をやっていて」


リヴィエラがとっさに嘘を重ねる。僕が「冒険者」という響きに少し気恥ずかしさを覚えていると、おばさんは心配そうに眉を下げた。


「ふーん。禁忌の森は魔物が多いから気をつけるんだよ。それで、宿はどうするんだい?」

「はい! あの、しばらくここを拠点にしたくて、家を借りたいんですけど……このあたりで家を借りられる場所って……」

「ああ、それなら通りを一本入ったところに不動産屋があるよ。紹介してやろうかい?」


紹介された空き家は、どれもこれも今の二人には手が届かないほど高価だった。


「んーーーーーー……」


二人きりの生活、贅沢はできない。

リヴィエラが唸りながら地図を眺めていると、不動産屋の男が困ったように頭を掻いた。


「そういえば……ずっと売れ残っているこの『庵』なんてどうでしょう? いわくつきなんですけどね」


街の外れ、森の入り口に建つその庵は、かつて風変わりな魔法使いが住んでいた場所で、夜な夜な奇妙な音が聞こえるという噂があるらしい。だが――。


「安い!!!! ここにします!」


その思い切りの良さに、僕は驚くばかりだった。単に何も考えていないのか、それとも肝が据わっているのか。

住む場所が決まり、ついでに数日分の食材や最低限の日用品も買い込んだ。

両手に持ちきれないほどの荷物を抱え、賑やかな通りを歩き、ようやく例の「いわくつきの庵」に到着した。


「お、お化け屋敷みたい…」


向かった庵は、案の定、荒れ果てていた。埃が舞い、蜘蛛の巣が張った室内。薄暗い奥から何かの気配がするようで、リヴィエラさんが思わず僕の後ろに隠れる。

度胸があるんだかないんだか、そんな姿も可愛らしくて思わず笑ってしまう。守られているはずの僕が、彼女を守らなければという奇妙な使命感を抱いたのは、この時が最初だったかもしれない。


リヴィエラは自分の両頬をパチンと叩いて気合を入れると、袖を捲り上げ、まずは寝床を確保しようと掃除を始めた。


「こんな時、魔法が使えたら便利なのに……」


ふと漏らした彼女の言葉に、僕は手を止めた。


「リヴィエラさんは、魔法が使えないんですか?」

「うん。……そういえば、ルーシーは?」

「僕も……使えません」


正確には、ペンダントに封じられていただけなのだが、その時の僕は自分の正体すら定かではなかった。


「そっか! でも、私にはこれがあるから、きっと大丈夫だよ!」


そう言って、楽しそうに掃除をしながら彼女は古びたトランクをポンと叩いて誇らしげに笑った。何もないはずの彼女が、その古ぼけたトランク一つで運命を切り拓こうとする姿は、僕の目にはどんな騎士よりも雄々しく見えた。


「なんでもするから、遠慮なく言ってほしい!」


必死にそう申し出ると、彼女は「あはは!」と明るい声を上げて、僕に歩み寄った。


「そんなに気負わなくていいよ。これからよろしくね、ルーシー!」


不意に、優しく頭を撫でられる。

歳なんて一歳かそこらしか変わらないはずなのに。その温かな手のひらは、僕よりもずっと大きく、頼もしく感じられた。

胸の奥がくすぐったくなるような気恥ずかしさと……。そして、守られている自分への、微かな悔しさ。


(いつか、僕が……あなたを守る)


そんな誓いを立てる暇もなく、僕のお腹が盛大に鳴った。リヴィエラさんはそれを見て、また楽しそうに笑った。


「早速ご飯を作るね!」


まだキッチンは荒れているので、外の平らな石の上にかまどを組む。彼女は火打ち石を手際よく使い、あっという間に火を起こしていく。

煮え立つスープの香りが、夕闇の迫る森の入り口に広がっていった。


「おいしい……!!!! リヴィエラさんて……掃除も料理も、なんでもできるんですね」

「え? ……あぁ。家で一通りのことは、嫌ってほど体に叩き込まれたからね」


ふと漏れたのは、感謝の言葉でも、誇らしげな自負でもなかった。家族と呼ぶことすら忌まわしい者たちの冷酷な顔が脳裏をよぎったのか、自嘲気味に呟かれたその言葉は、冷たい夜風に浚われて消える。


「……リヴィエラさん?」

「なんでもないよ! さあ、冷めないうちに食べて」


影の差した瞳を隠すように、彼女はまた無理に笑って僕を促した。


その一瞬見せた危うさに、僕の心臓が不自然に跳ねた。彼女の過去に触れたいような、触れてはいけないような、落ち着かない熱が喉の奥にこみ上げる。

ものすごい勢いで食べる僕を、彼女は微笑ましそうに見つめていた。慌ただしく、けれど不思議と満たされた一日が過ぎていく。


ルーシーは、隣で規則正しい寝息を立て始めたリヴィエラの顔をそっと見つめ、自分も深い眠りへと落ちていった。この安らぎを、何があっても手放したくないと、心のどこかで強く願いながら。


あの日、僕は初めて「生きたい」と思った。


そして――この人と一緒に、生きていきたいと願った。


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