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新しい作品が公開されました

作者: こうき

 数年ぶりに、小説投稿サイトから通知が来た。


「あなたがフォローしている作者が新作を投稿しました。」


 見ると、その通知は「こうき」からのものだった。


 爽やかで快活な文体、少し肩の力が抜けたようなユーモアのある作風が好きで、学生時代はずっと読んでいた。


 何度かコメントをしたこともある。


 この作品のこのシーンが好きです、

 あのシーンはあの映画のオマージュですか?

 前の作品のキャラが登場してましたね


 作品はもちろん、返信から感じる彼(あるいは彼女)自身の快活な人柄が滲み出ていた


 特に彼が憧れの仕事に就くために今の仕事を退職すると投稿した時には、「新天地でも応援しています!」と感想欄に書き込んだ。

 こうきは「ありがとう!環境変わっても、書くのはやめません!」と返信をくれた。


 それが最後の投稿だった。


 それから早くも3年以上経った。

 更新も長らく止まっていたから、正直もうこのアカウントは使われていないものだと思っていた。


 きっと仕事が忙しいんだろう。充実した日々を送っているのだろう。

 自分も社会人になって、学生という身分がいかに時間に恵まれているのか実感している。


 そんな折に突然新作投稿の通知が来たわけだ。


 タイトルは「新しい作品が公開されました」だった。


 変なタイトルだった。


 久々の投稿でタイトル設定をミスったのか?


 少しだけ胸がざわついたが、懐かしさが勝った。

 ページを開くと、前書きにこう書かれていた。


「ずっと放置していてすみません。この場所に戻ることにしました」


 そんな謝罪から入る作品だった。

 文体は変わっていない。だけど、じっとりとした重苦しい、そんな印象を受けた。


 物語はある男の視点で進んでいった。


 男のもとに、ある日通知が届く。

「数年ぶりに、フォローしていた作者が更新しました」というものだ。

 懐かしさに誘われて開くと、長らくの筆無精を詫びる、そんなシーンから始まる物語だった。


 これって………


 今の俺の状況と全く同じじゃないか


 “自分が今読んでいる話”と、まったく同じ文面で。


 メタフィクションのような構造だった。

 読んでいる自分自身を描かれているような、奇妙な既視感がある。

 だが、こうきの持ち味だった軽やかさは、読み進めても感じられない


 しかし、この内容は小説、というよりは日記か?


 物語というよりも、本人から今の心持ちや近況報告を受け取っているような感じがする。


 つまり、フィクションというよりも、今の自分について書き記しているようだった。


 作品?の途中で、更新が止まっていた理由が語られる。


 主人公が憧れていた仕事に就くことになり、それを読者が祝福する場面だった。

「転職しました。学生の頃から憧れていた仕事です!」

「資格勉強や転職活動は大変だったけど、やりがいを感じてます!」

「もう少し慣れたら、またいっぱい書きます!」


 じっとりとした文体には似つかわしくないとも言える、とても喜ばしげなシーンだ。


 だが、この辺りから物語が徐々に変質していく。

 仕事を激務を極め、最早ブラック企業という蔑称ですら生ぬるい地獄のような環境だった。


「こんな仕事だと知っていたら目指していなかった」

「終電で帰って、風呂も入らず、寝て、また朝が来て、吐いて、会社に、行きます」

「今日は、誰とも、喋らなかった誰かと、目を合わせるのが怖い嫌だ」

「仕事を、終えって帰りから時も、課長上司に怒鳴ら先輩にされた思い出してばかりしてしま」

「駅はいい場、所安心しまいつも、好きなときに終ね、たい」


 …文章は、どんどん崩れていった。句読点の位置が乱れ、段落も分けられず、明らかな綴りミスも増えていた。

 途中はもはや言語として成り立っていない。


 まるで本人が壊れていく心のうちを、そのまま文字にしているようだった。

 物語として破綻しており、最後の方は終始支離滅裂だった。


 そして、後書きにこう書かれていた。


 ⸻


 ご報告です!仕事を辞める決心がつきました!

 やっぱり自分の居場所はここしかないんだ、と感じました!

 これからはもっと更新できるようになります!

 今までありがとう!そして、さようなら!


 ⸻


 文章の終わりに、深く開けられた空白。

 そのあとに、こう記されていた。


「あとはお願いします」


 そこまで読んだあと、エラーによりページが勝手にリロードされた。


 再び画面が表示されると、タイトルが「遺言」に変わっていた。


 プロフィール欄も更新されていた。

 そこには、たった一言。


「あなたが続きを書いて」


 心臓が強く打ち、スマホから手を離した。

 閉じる、戻る、電源を切る…指が震えた。


 その日は何も考えずに横になった。



 翌朝。

 昨夜は恐怖からなかなか寝付けず、この朝も頭が痛い。

 やかましいアラームを止め、時間を見ようとスマホの画面を開くと、アプリから通知が来ていた。



 《こうき:新作が投稿されました:「お願い」》


 寝ぼけた頭に冷えた水をかけられたようだった。

 昨日の出来事が思い起こされる。


 通知をタップして、投稿サイトにアクセスする。



 そこには、たった一行だけ。


 ⸻


 なんで書かないんだよ


 ⸻


 それ以来、そのサイトにはアクセスしていない。


続きはよ

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