第9話 魔族令嬢は、パサージュで旅芸人に会う
エドワードに手を引かれ、馬車を降りるとアーチ型の屋根におおわれた通りが広がった。足元は磨かれた石畳で、通りを挟むように店が連っている。
人々の笑い声が響き、子どもが駆けていく。
こんな風景、デズモンドじゃありえない。
「ここが、一番大きなパサージュだ」
「パサージュ?」
「屋根におおわれた商店街を、そういうんだ」
「デズモンドにはないわ」
「アルヴェリオンも、どの街にでもあるわけじゃないよ。ここが、王都だからだ」
誇らしげにいうエドワードが指差す先を見ると、人集りが出来ていた。その先から、異国の音楽が聞こえてくる。
「あれは、なにをしているの?」
「旅芸人だな」
「……旅?」
「国を巡りながら、歌で物語を伝える人々だ」
「物語? さっきの劇場とは違うの?」
興味に負けてしまい、エドワードん質問責めにしてしまうと、彼は少し目を丸くした。でも、すぐに破顔して私の手を引く。
「劇とは違うよ。見ればわかるさ」
「見ればって……──!?」
音の波が優しく私の耳を打った。
人集りの中で、色鮮やかな服を着た人々が、リュートやハープを弾いている。笛の音が優しく空気を震わせ、太鼓の音が胸に響いた。
メロディに合わせ、物語を伝えるのは吟遊詩人だろうか。
物語は佳境だった。
歌は、魔女に囚われた姫が王子に救われ、笑顔を取り戻す場面。大人だけでなく、子どもも夢中になって聞き入っている。
「君の笑顔が僕の光だ」と王子の歌声に、観客たちから歓声が上がった。
優しい歌声が、胸に響く。
エドワードの手を握りしめ、私も歌に聞き入った。
拍手が沸き上がった。その中、男が帽子を脱いで挨拶をした。すると、誰かが小銭を投げ、男は器用に帽子を翻してそれをキャッチした。
そうか。彼らはこうして、日銭を稼ぎながら旅をしているのね。
なにもかもが初めてだわ。
デズモンドで、音楽は兵士を鼓舞するものであり、死者を送るものだ。こんな、人々を笑顔にするものだなんて……
「……すごいわ」
「ほら、リリアナ」
私の手に、小さな銀貨が握らされた。
小銭を投げる子どもの姿を横に見て、私はドキドキしながらそれを投げた。
キラキラと輝く銀貨が、男の持っていた帽子にストンと落ちていく。
旅芸人の男はこちらに気付くと、少し目を見開いたようだった。でも、すぐ笑顔になって紳士らしい挨拶を披露した。
「さあ、行こうか」
エドワードに手を引かれて歩き出すと、新しい曲が始まった。少し後ろ髪を引かれる思いで、旅芸人一団の横を通りすぎた。
「気に入ったかい?」
「まだドキドキしています。デズモンドにはこんな催しないから……」
「そうなのか」
少し驚くエドワードを見て、私たちは違う世界を生きてきたのだと痛感した。
「音楽は兵士を鼓舞するものでした」
「うん、それはこちらも同じだ」
「そうなのですか? でも、さっきは……」
「平和だから、新しい音楽が生まれただけだ」
「……平和とは、よいものですね」
初めて訪れたときは、この街の雰囲気を居心地悪く感じたのよね。今は、デズモンドもこうなればいいのにと思ってしまう。
魔王様の顔が脳裏にちらついた。
今でこそ、魔王様の力で魔物の進行を止めることが出来ている。それは仮初の平和。庶民はいつだって怯えている。そんなデズモンドも、いつかは誰もが笑える場所へと変われるのかしら……
「リリアナ、気になる店はあるか?」
エドワードの優しい声が、私を現実に引き戻した。
いつの間にか俯いていたようで、慌てて顔をあげると、穏やかな若葉色の瞳と目があった。優しい光が、少し寂しそうに細められる。
私はどんな顔をしていたのだろう。エドワードからはどんな風に見えたのか。
「あ、あの、旦那様……」
「時間はあるから、ゆっくり見よう。あそこはどうだ?」
瞳が逸らされ、不安になる。
デズモンドの話しなんてしたから、私が母国を恋しがっていると、勘違いさせたのかしら。
私は、魔王様にアルヴェリオンへ行けといわれた。帰ってこいといわれない限り、二度とデズモンドの地は踏めたい。
魔王様の言葉は絶対なの。だから、もしもエドワードに見捨てられたら……
「色々な店があるよ。あそこは──……リリアナ?」
ぎゅっとエドワードの手を握りしめ、苦しくなる胸に手を添える。こんな感情はフェルナンドの薔薇に相応しくないと思うのに、いつものように毅然とした態度に戻れなかった。
陽気な音楽と、聞こえてくる楽しそうな談笑、それに私の身を包む黄色いドレスが心をもろく、柔らかくしていく。
「旦那様……お許しください、私は、フェルナンドの薔薇ではいられそうにもありません」
はらはらとこぼれた涙が頬を濡らした。
次回、本日12時頃の更新となります
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