第8話 王弟殿下は、魔族令嬢から目が離せない(エドワードside)
リリアナを迎えに部屋を訪れた時、エリザ──今は亡き妃が現れたのかと思った。リリアナとは似ても似つかない、いつもどこか自信なさげに私を見ていた彼女の顔が、恥ずかしそうなリリアナに重なった。
「……おかしな格好をしているでしょうか?」
「そんなことはないよ。よく似合っている」
いつもの華やかなドレスと異なる愛らしい姿を素直に褒めれば、リリアナの白い頬が色づく。
出会った日に拒絶されたエスコートも、今ではすんなりと受け入れてくれる。それが嬉しくて、光栄だといえば口が上手だと皮肉られた。
こうして、若い娘の手を引くとに、本当は慣れていないと知ったら、リリアナはどんな顔をするだろうか。
亡き妃をエスコートして街に出たことなどないと知ったら、幻滅されるだろうか。
白魚のような指に指を絡めて握ると、リリアナが飛び跳ねるように私を見た。
「──!? エドワード様、なにをっ」
「今日は王弟とその妃ではなく、下級貴族の夫婦だよ、リリアナ」
「なっ、なっ、なにを急に……」
「そういう設定だ。私は早くに妻を失い、若い妻を新しく迎えた。寂しい日々に現れた花に夢中な男が、愛しい女を甘やかしてデートをする」
「……まるで、貴族のご令嬢の間で流行るロマンス小説みたいな設定ですわね!」
呆れたといいたいのか、照れなのか。そっぽを向くリリアナの耳が少し赤い。
設定なのは、下級貴族の夫婦というところだけだ。そう伝えたら、どんな顔をするだろうか。妃を守れなかったと知ったとき、愛想をつかれるかもしれないな。それでも──
離れそうになる手をつかみ、引き寄せる。
「……エドワード様?」
「違うよ、リリアナ。エドだ。いつも、様などつけないでくれと、いってるだろ?」
この悪魔が巣くうアルヴェリオンに嫁いだ君を守るのが私の役目だ。
愛してほしいなどワガママはいわない。だけど、少しくらい夫婦の真似事をさせてほしい。そのくらいのワガママは許されるだろう。
リリアナの指にキスをしたくなる衝動をおさえ、美しいラピスラズリの瞳を覗き込む。
戸惑う姿は、まるで子ウサギだな。
「今日は、下級貴族の夫婦なんだから、それらしく振る舞ってくれないと困るな」
「……そ、それでしたら! なおさら、年上の旦那様を愛称では呼べませんわ」
つんっとそっぽを見る子どもっぽさに、思わずくすっと笑ってしまった。
私と十二も離れているのだった。成人したといっても、まだ無垢な乙女に代わりはない。
「じゃあ、旦那様って呼んでくれるのかな?」
「……わかりました、旦那様」
「ふふっ、いつか私をエドと呼んでくれよ」
小さな手を握りしめると、その頬がさらに赤くなった。
それから、城の裏手に用意したお忍び用の馬車に乗って外へ出た。リリアナ付きの侍女デイジーと護衛騎士を一人連れ、二人には少し離れたところからついてきてもらう手筈になっている。
実のところ、リリアナに話していないが、街中にも護衛騎士たちを配置している。
何事も起きないだろうが、もしものことがあってはならないからな。
馬車の外を興味津々に見る横顔を眺めていると、少し照れたように「旦那様」と呼ばれた。まだ、慣れない様子が初々しくて愛らしいな。
「……旦那様、この通りは人が多いですね」
「この辺りは職人通りだな」
「職人通り?」
「鍛冶職人に靴職人、革職人、細工師……そういった職業の工房が連なっている。冒険者が多く出入りする場所だ」
「あれは武器屋ですね」
目敏く武器屋を見つけたリリアナが、少しばかり不憫に思えた。
アルヴェリオンの令嬢であれば、職人通りに興味など示さないだろう。しかし、デズモンドは争いが絶えないと聞く。若い娘であっても、武器や武具が身近なものだったのだろう。
「……あら、あちらには若いが出入りしてますわ」
「ああ。銀細工の店だな」
「銀細工?」
「魔術師、精霊使いの装飾品を作る職人の店だ」
「では、先程の娘も魔術師だったのでしょうか?」
「どうだろうか。アクセサリーも作っているから、そうとは限らないよ」
職人通りを抜け、賑やかな広場をさらに抜ける。すると、赤い幕が揺れる建物が見えてきた。建物に近づくと、沿道に着飾った貴族たちの姿が増えた。
「あの建物は、なんでしょうか?」
「劇場だよ」
「……劇?」
「恋物語や英雄譚の舞台を観る場所だ」
「物語を、見る?」
「デズモンドにはないのかい?」
まったく想像が出来ない様子のリリアナが、こくんと頷くと、通りすぎる建物を名残惜しそうに見た。
「興味があるなら、今度連れてきてあげよう」
「──本当に!?」
勢いよく私を振り返ったリリアナは、私と目が合うとハッとして、慌てて姿勢を正した。
「リリアナが喜ぶなら、なんでも叶えてあげるよ」
「……旦那様は、私を甘やかしすぎですわ」
「甘やかされてる自覚はあるんだね」
「そっ、それは……人族の男は、そうやって女に懐柔するのがお決まりなのですか?」
「さあ、どうだろうか。私はただ……リリアナの喜ぶ顔が見たいだけだ」
花の蕾がパッと開いたように、頬を染めたリリアナが「お戯れを」と呟いた頃、馬車はパサージュの外れに止まった。
「さあ、ここから少し街中を歩こうか」
「よろしいのですか?」
「当然だ。そのために連れてきたのだから」
先に馬車を降り、に手を差しのべる。
緊張した面持ちで外へ出てきたリリアナの顔が驚きに輝いた。
「さあ、行こうか」
「──はい、旦那様」
頬を染める顔に、窓辺で外を眺めていたエリザの顔が重なった。
エリザ、君も祈ってくれ。
この国に足を踏み入れてしまった無垢な令嬢が、城の悪魔に囚われないことを。
君の後を追わせやしない。私が守ってみせる。
次回、本日8時頃の更新となります
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