第7話 魔族令嬢は、旦那様に敵わない?
窓の向こうには、今日も清々しい青空が広がっている。開け放たれた窓から吹き込む初夏の風が、とても気持ちいい。
着替えを終えて化粧台の前に座った私は、外に聞こえる小鳥の鳴き声を心地よく感じていた。
一ヶ月前は、この穏やかな空気に慣れないと思っていたけど、慣れてしまうものね。それは果たして、フェルナンドの薔薇として、喜ぶべきことなのか。
「リリアナ様、今日はうんと可愛くお化粧させていただきます!」
「ほどほどでいいわよ」
「お任せください!」
だから、ほどほどでいいのに。
アルヴェリオンに来て、すっかりこちらの侍女と仲良くなったデイジーは馴染んでいる。化粧やファッションの研究、令嬢の間で流行ってる文化まで、ありとあやることの情報を集めていた。
彼女は元々、情報収集能力にたけているし、順応性もあるからなせる技よね。
ぱふぱふと粉がはたかれるのをじっと待ちながら、次第に心が浮わつくのを感じた。
どんな顔になっているんだろう──
「さぁ、出来上がりましたよ!」
促されて目を開けると、そこには見知らぬ少女がいた。
長い髪は結い上げられ、黄色いリボンで飾られている。唇には、薔薇のような赤と異なる淡いピンクのリップが艶めいている。アイメイクは優しいオレンジで、ぱっちりと愛らしく色が引かれていた。
目を瞬けば、目の前の少女も睫を揺らす。
「……これが、私?」
「お気に召していただけましたか?」
デイジーの手腕が発揮され、鏡に映る私の雰囲気は、いつもの凛としたものとは全く違う。
「変じゃないかしら?」
「とても愛らしくて素敵ですよ!」
「……なんだか、落ち着かないわ」
黄色のリボンを首もとに結び、支度を整えて立ち上がると、ちょうど扉がノックされた。
出迎えると、茶色のスーツに身を包んだエドワードが「おはよう」と微笑んだ。いつもの上質な服ではない。襟元もスカーフではなく、細いリボンタイが結ばれたシンプルなものだ。これも、お忍び用なのだろう。
「おはようございます、エドワード様」
ドレスの裾を摘まみ上げ、淑女の挨拶を披露すると、彼の綺麗な瞳が見開かれた。
やっぱり、こんなに可愛いドレスは私に似合わなかったのかしら。
「……おかしな格好をしているでしょうか?」
「そんなことはないよ。よく似合っている」
大きな手が差し出された。
一ヶ月前は、この手を取るのもなれずに困惑したけど、今は慣れたもの。
「こんなに愛らしい貴女をエスコートできるとは、光栄です」
「……相変わらず、口がお上手ですこと」
「ははっ、相変わらず手厳しい。そんなところも、リリアナのいいところだな」
「褒めても、何も出ませんわよ」
「それは残念だ。では、今日は──」
エドワードの手のひらに指をのせると、彼はいつものように私の指を腕へと導かず、指を絡めるように握りしめた。
「──!? エドワード様、なにをっ」
「今日は王弟とその妃ではなく、下級貴族の夫婦だよ、リリアナ」
「なっ、なっ、なにを急に……」
「そういう設定だ。私は早くに妻を失い、若い妻を新しく迎えた。寂しい日々に現れた花に夢中な男が、愛しい女を甘やかしてデートをする」
「……まるで、貴族のご令嬢の間で流行るロマンス小説みたいな設定ですわね!」
「ははっ、バレてしまったか。サフィアに小説を借りて学んだのだが」
「お忙しいのに、そのような無駄なことをなさらないでください!」
呆れて手を離そうとしたが、エドワードは少し手に力を込めた。
「……エドワード様?」
「違うよ、リリアナ。エドだ」
「──!?」
そんな急に愛称で呼ばれても困る。
「いつも、様などつけないでくれと、いってるだろ?」
「で、ですが……」
「今日は、下級貴族の夫婦なんだから、それらしく振る舞ってくれないと困るな」
「……そ、それでしたら! なおさら、年上の旦那様を愛称では呼べませんわ」
つんっとそっぽを見ると、少し間を置いてくすっと笑い声が聞こえた。
「じゃあ、旦那様って呼んでくれるのかな?」
「……わかりました、旦那様」
「ふふっ、いつか私をエドと呼んでくれよ」
手を引かれ、頬が熱くなるのを感じた。
次回、明日7時頃の更新となります
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