第6話 魔族令嬢は、着せかえ人形になる
並べられたトルソーにドレスが三着、次々にかけられていく。
一つ目は、真っ青なドレスに白のリボンがあしらわれているシンプルなものだ。二つ目は、シロツメクサの花が刺繍された緑のドレス。最後はリボンで飾られたヒマワリを思わせる黄色いドレスで、裾に可愛らしい小鳥が刺繍されている。
どれも派手ではなく、ふわりと風に舞いそうな優しいデザインだ。これが、アルヴェリオンでいう夏の色なのね。
デズモンドで、ドレスは重厚で華やかであればあるほど良いとされている。優しい風合いは赤子や幼児の着るものに多かったし、季節の色を意識した装いなんてなかったから不思議だわ。
「どれか、お気に召すものはございますか?」
「……どれも、着たことのない色で抵抗があるわ」
「リリアナ様なら、きっとどれも似合いますよ!」
「私もそう思います。ダンスレッスンでお疲れだとは思いますが、一度、着てみませんか?」
正直、どれでもいいのだけど。
期待に満ちた顔の二人を見て、そうとはいえなかった。
「わかったわ。貴女たちから見て、似合うと思うものに決めましょう」
空になったカップをテーブルに置き、そう提案すると、デイジーとサフィアは顔を見合って笑顔になった。
着せかえ人形よろしく、私は次々に着替えた。
シンプルな青空のドレスを着ると、デイジーが「ドレスがリリアナ様の美貌に負けてます!」といった。シロツメクサのドレスを着ると「少々、地味すぎましたね」とサフィアが残念そうな顔をした。
そうして、黄色いドレスを着ると──
「断然これですね!!」
「はい。花束のように愛らしく、私も、こちらが一番お似合いと存じます」
意気投合した二人の顔が華やいだ。
鏡に映る姿を見て、ドレスの裾をつまみ上げてみる。踵の高い靴を履けば平気かもしれない、少し裾を擦ってしまいそうだわ。
「……裾が長くないかしら?」
「少し長いですね。そちら、明日までに上げておきます」
「私も手伝います!」
「デイジー様、ありがとうございます。その前に、リリアナ様。帽子の試着もお願いいたします」
差し出された帽子は、向日葵の花を模したリボン飾りがあしらわれたものだった。少し、リボンが日に焼けているようにも見えるし、顎下で結ぶリボンに汚れや擦れも目立つ。
誰かが使ったことのあるもののようだわ。
もしかして、王家の女性がお忍びで外出するよう、あらかじめ用意されてるドレスの一着かしら?
それだったら、使用感があるのも頷ける。
裾に施される小鳥の刺繍のあたりにも、擦れがあるし、もしかしたらこれを気に入って着ていた令嬢がいたのかもしれない。──もしかして、エドワード様と死別されたというエリザ様?
顔を見たことのない前妃の影がちらついた。
じっとリボンを見ていると、サフィアが「申し訳ありません!」と声を上げた。驚いて振り返ると、その顔色は焦りに青くなっている。
「汚れが残っているとは気付きませんでした」
「いいのよ。急に下級貴族の装いをといったのは、私だし」
「……明日までに、そちらのリボンもお取り替えを」
「このくらい平気よ。それに、新品よりもそれっぽく見えるわ」
リボンを顎下で結び、用意されていた靴に足を通す。「どうかしら?」と問いながら振り替えると、デイジーが拍手をして大喜びした。
「……──様」
「リリアナ様、素敵です!!」
サフィアが唇を震わせ、誰かの名を呟いたように聞こえた。だけど、すぐに明るいデイジーの声にかき消された。
今、エリザ様っていわなかった?
「エドワード様も、きっと喜ばれますね!」
「……別に、喜ばせるために着るわけじゃなくて、お忍びだからよ」
「でも、リリアナ様の愛らしさに目を奪われますよ!」
「それじゃ、目立ってしまうわ」
頬が熱くなり、つんっとしながら「下級貴族に見えるかしら?」といってサフィアを見ると、彼女は微かに目を潤ませていた。
「……サフィア?」
「とてもお似合いでございます。では、明日に備えて裾を直させていただきます」
「私も手伝いますね!」
涙に見えたのは、気のせいだったのだろうか。デイジーと手を取り合うサフィアに、なにかを憂える表情はもうなかった。
さっき私じゃない誰かを呼んだ気がするのも引っ掛かるわ。
やっぱり、このドレスを着たことのある令嬢がいるってことよね。それはいったい……エドワードに聞けば、わかるかしら。
ふと、私を呼ぶエドワードの声が脳裏によみがえった。
胸がきゅっと締め付けられるような気がする。
この気持ちはなんなの?
わからないことだらけだわ……
鏡の中、可愛らしいヒマワリのドレスを着た私は、フェルナンドの薔薇に似つかわしくない、頼りなさげで不安な顔をしていた。
次回、本日21時頃の更新となります
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