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第48話 魔族令嬢は、愛しい王弟殿下の心を救いたい

 ロベルト王から王位継承の話を聞かされてから五日が過ぎた。すっかり歩けるまで回復した私は、再びダンスやお妃教育が開始されるようになった。でも病み上がりだからと、レッスンの時間はいつもの半分もない。


「こんな調子で、夜会に間に合うのかしら?」

「それは気にしなくていい。王妃が重い病にかかったという理由で、夜会も少しずらしたからな」

「そうなのですか?」

「代わりに、茶会は開いた方がいいだろうと、ベルフィオレ公爵夫人がいっていたな」

「……そういう重要なことは、早く教えていただきたいですわ!」

「ははっ、すまない」


 笑いながら私の手を引くエドワードは、パーゴラの中に入ると、クッションの積まれたベンチへと私を誘った。


 薔薇の蔦が美しく絡まり緑に覆われた空間は、まだ陽射しが強い昼下がりでも、涼しい風が通り抜ける。

 ベンチに寄り添って座ると、大きな手が私の腰を引き寄せた。


「疲れていないか?」

「もう、心配性ですこと」

「心配もするさ。五日前は立つことも出来なかっただろう?」

「お医者様の苦い薬で、すっかり元気ですわ」

「あー、あれな……」

「エドも飲んだことがありますの?」

「幼い頃にな。熱が出ると、必ず飲まされたんだが、口の中にじゃりじゃりと残るんだよな」

「そうなんです! もう、灰や砂利でも食べてるんじゃないかって思うくらい、何ともいえない味でしたわ」


 思い出しただけでも口の中に苦味が広がる。でも、ちゃんと薬を飲んだからか、お医者様も驚くほどの回復を見せ、今、こうして元の生活に戻りつつある。

 優しい風が吹き抜け、青々とした葉の香りが鼻腔をくすぐった。


「もう少ししたら秋咲きの薔薇が咲きますね」

「そうだな。その頃に夜会を開こう。この庭も開放し、魔法の光で花を照らすのはどうだ?」

「素敵ですね。クラリッサとマリアンヌも呼びましょう」

「ああ、そうだな」

「その前に……エリザ様のお墓にも連れていって下さいね」


 医者から部屋を出る許可が降りたのは今朝のこと。王家のお墓がある教会は城塞の中にあるのだけど、そこに行くのはまだ駄目だといわれてしまった。


「そのことなんだが……」


 膝に置いていた指に、エドワードの武骨な指が絡まった。

 少し戸惑うような声を不思議に思って見上げると「エリザの墓はここにないんだ」と告げられた。


「どういうことですか?」

「エリザのご家族の希望で、墓は領地に作られた」

「そうですか……では、お会いできるの、だいぶ先になりそうですね」


 残念に思っていると、立ち上がったエドワードが私の手を引っ張った。


「墓に今すぐ連れていってやれないが、エリザを感じられる場所がある」

「エリザ様を感じる?」


 不思議な物言いに首を傾げつつ、エドワードに手を引かれ、パーゴラを出た。

 燦燦と降り注ぐ陽射しの中、吹き抜ける風が、庭木の葉を揺らしてさわさわと囁く。

 広い庭園を進みながら、エドワードの大きな背中を見つめた。


「エド、エリザ様とも庭を歩きましたか?」

「いや……王妃を油断させるため、不仲を演じようといってきたのはエリザでな。元より、全て片がつけば離縁する約束だったし、彼女が離縁されても外からあらぬ事をいわれぬよう、城の中では距離を置いていた」


 エドワードの手に力が少し込められた。

 この景色を、二人で眺めることはなかったのね。

 エリザ様はどんな思いで庭を眺めたのかしら。離れ離れになった想い人を恋しく思っていたのか。それとも、ただ王妃を追い詰めることを考えていたのか。


「……エドは、エリザ様が弱いといってましたが、とても、強い女性だったと思います」


 エリザ様がこの城に訪れたのは、使命あってのことだったのだろう。だとしても、想い人がいながらエドワードに嫁ぐのは、形ばかりとしても辛かっただろう。早く、帰りたかっただろう。

 エドワードの足が止まった。私を振り返り、眉をひそめて笑っている。


「想像でしかありませんが……エリザ様は、辱めを受けてしまわれたのでしょう。どんなに強くとも、愛する者がいたら、お心が弱られても仕方ありません」


 エリザ様と同じ辱めを受けていたら、どうだったか。フェルナンドの薔薇として、それでも毅然と戦ったかもしれない。堪えられず、同じ道を歩んだかもしれない。


 どちらかわからないけど、いえることが一つだけある。

 今、私がここにいるのはエドワードが助けてくれた。彼が私を救ってくれた。もしも五年前、エドワードが、エリザ様を愛していたら、彼女は助かったのだろう。私が、助けられたように。


 エドワードの手を握りしめ、彼を見上げた。


「エド……私は大丈夫です。あなたが、助けてくださったから。だから……もう、自身を責めないで」


 エドワードの頬を濡らした涙を指で拭い、もう一度「助けてくださり、ありがとうございます」といった時、ふわりと甘い香りを含んだ風が吹き抜けた。


 風を振り返ったエドワードが私の手を引き、甘い香りがする方向へと歩き出す。

 なにかに誘われるように、私たちは薔薇の植え込みの間を進んだ。そうして、その先に現れたのは、真っ白な小花が咲き誇る樹木だった。五メートルはあるだろう背の高い木の側には、ヒマワリが咲いている。


 風が吹き抜けるとヒマワリが揺れ、白い小花からは優しく甘い香りが広がった。


「これはエルダーフラワー?」

「ああ。エリザが好きだった花だ。恋人と愛を誓い合った場所に咲いていたそうだ」


 ヒマワリの花に歩み寄ったエドワードは、その花びらにそっと触れた。 


「死んでまで、この城に囚われる必要はない。だけど……ああ、弱かったのは私だな」


 エルダーフラワーを見上げたエドワードの頬を、再び涙が伝い落ちた。


「この木を植え、必ず王妃の企みを明かすと誓った。取り返しのつかないことをした私を許して欲しい……そう、ここで何度も願った」

「エド……」

「エリザ、私は……リリアナと共に生きていいか?」


 エルダーフラワーに問いかけた時、ひと際大きな風が吹き抜け、甘い香りが私たちを包み込んだ。まるでそれは、温かな腕が私たちを抱きしめているようで。

 差し込む木漏れ日を見上げ、目を細める。そこに、ハニーブロンドの髪を揺らした人影が見えた気がした。

次回、本日13時頃の更新となります


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