表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/28

第4話 魔族令嬢は、一人の夜を孤独に思う

 近づいたエドワードの胸を押し返し、距離をとると、二人の間を優しい春風が通り抜けた。

 別に彼を意識したわけではないけれど、むず痒いような居心地の悪さを感じる。恥ずかしさを誤魔化すように、再び庭へと視線を移して「お戯れを」と呟く。

 エドワードは、ふふっ穏やかな笑みをこぼした。


「照れているリリアナも可愛いよ」


 揶揄われているとしか思えず、帰す言葉を探しながら庭を眺めていると、ふと、ヴィアトリス王妃の顔が思い浮かんだ。


「ところで、ヴィアトリス様の薔薇はどれでしょうか?」

「ああ……妃殿下は植えられていないよ」

「そうなのですか?」

「この習わしは、お子を授かった王妃が行うからね」


 困ったように笑ったエドワードに、ああと納得した。いつかはお子を成して、薔薇を植えるのだろうけど。

 ヴィアトリス王妃の冷たい眼差しを思い出し、思わずぞくりと背筋を震わせた。あの瞳に、どうしても違和感が残る。

 魔族の女でも、王妃の座に上り詰めるものは慈悲深さを兼ねそろえている。民衆を率いる魔王様を慈しみ、支える王妃だもの、当然よね。だけど、ヴィアトリス王妃に、その慈愛は欠片ほども見えない。


 やはり、なにか企んでいるのかしら。もしそうなら──横にいる穏やかなエドワードを見つめると、彼は不思議そうに首を傾げて「リリアナ?」と私を呼んだ。

 この優しすぎる王弟殿下が、あのヴィアトリス王妃に敵うとはとても思えない。


 もしかして、魔王様はこの国の異変に気付かれて、私を遣わしたのではないか……私の為すべきことは、王弟エドワード殿下を守ること?


「……風が冷たくなってきましたね。疲れも出たようです。今日はもう、休んでも良いでしょうか?」


 私の申し出を、エドワードは笑顔一つで受け入れた。そうして、ご自分の上着を脱ぐと私の肩にかける。


「身体を冷やすのは良くないからな」

「ありがとうございます……ですが、上着は結構です」

「はははっ、そういわずに受け取ってくれ」


 大きな口を開けて笑ったエドワードは、部屋に戻ると、デイジーを呼んでお茶を淹れるよう指示を出した。


「私は執務に戻るとしよう。夕食は部屋に運ばせるし、今夜はゆっくり休むといい」

「お気遣い、ありがとうございます」


 ドレスの裾を摘まみ上げ、淑女らしく礼をすれば、エドワードがそっと私の頬に手を伸ばした。


「リリアナ、まだ慣れないだろうが……私たちは夫婦になるのだ。その、もう少し……君と仲を深めたいと思っている」


 頬を撫でる温かな指先に、心が少しだけ震えた。

 こんな風に優しく触れられたのはいつ以来だろう。幼い頃、私を抱いた母の手? それとも……脳裏に、夢の中で私を導く影がちらついた。


「……善処いたします」

「ありがとう。では、また明日」


 頬を撫でていた手が、そっと髪を撫でた後、離れていった。

 部屋を去る大きな背中を見ていると、なにかを思い出しそうになる。だけど、それを思い出す前に、扉が静かに閉ざされた。



 エドワードとの婚姻は正式に結ばれたが、国民へのお披露目は三か月後となった。

 私が人族の習わしを学ぶため、時間が必要だったこともあるけと、王弟であるエドワードには数々の責務もあり、忙しい日々を過ごしていたのも理由の一つだった。

 

 正式な夫婦となってから一ヵ月。私たちは、いまだ初夜を迎えるどころか、ベッドすら別々の夜を過ごしている。

 私が淑女のマナーやダンス、アルヴェリオンの歴史、諸侯の相関関係など日々、家庭教師がついてのレッスンで軟禁状態なこともあって、エドワードが気遣ってのことらしい。


 一枚の扉の前に立ち、そっと触れてみた。この向こうに、エドワードの寝室がある。

 ドアノブを捻れば、彼のもとに行ける。

 嫁いだ令嬢は、子を成すのも務め。本来であれば、彼のもとに行くのが正しき行いなのだろうが……


「……私は、お飾りの薔薇なのかしら」

 

 激しく求められたいわけではない。

 だけど、日々のレッスンで彼との時間が取れないことに、少し、不安がよぎった。


 先代アルヴェリオン王の子は、エドワードと兄ロベルト。その他に子はないとされている。しかし、過去の歴史を垣間見ると、多くの子孫を残している。その血筋を辿れば、ヴィアトリス王妃も、王家の血筋だとわかった。


「私は所詮、外者」


 わかり切っていたことだけど、歴史を学べば学ぶほど、この身が蚊帳の外のような気がした。

 扉に触れていた手を握りしめ、静かに息を吐く。


 今日は、ダンスのレッスンで失敗をしてしまったし、少し、気が弱くなっているんだわ。

 嫌なことは寝て忘れよう。

 ベッドに戻ろうと踵を返した時だった。扉が静かにノックされた。


「リリアナ、起きているかい?」


 気遣うような声に、どきりと鼓動が跳ねる。再び扉の前に戻り、呼吸を整えて胸元で手を握りしめた。

次回、本日19時頃の更新となります


続きが気になる方はブックマークや、ページ下の☆☆☆☆☆で応援いただけますと嬉しいです。

↓↓応援よろしくお願いします!↓↓

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ