第37話 魔族令嬢は、夜の果実を知らない
カップを下ろした私を見て、ヴィアトリス王妃は微笑みを浮かべながら「お口に合わなかったかしら?」と訊ねた。
突き刺さるような黒い瞳に息を飲む。
まさか、怪しいから飲みませんというわけにはいかないわ。
ちらりとテーブルへと視線を移して「いいえ」といながら、美しい花を指差した。
「紅茶も美味しかったのですが、こちらの花も気になってしまいまして」
「私も、気になっていました。そちらの薔薇は、とても瑞々しく美しいです」
私に賛同するように、クラリッサもカップを下ろしてテーブルの中央にある花飾りを見た。
「ふふっ、素敵でしょ。全部、今夜のためにフルーツで作らせたのよ」
「フルーツでございますか?」
「そう。遠慮なく食べていいのよ」
滑らかに語るヴィアトリス王妃は、ちらりと控えている侍女に視線を向けた。そうして手招くと、側に寄った彼女に、なにか耳打ちをする。
なにか、仕掛けるつもりかしら。
侍女の動きを視線で追っていると、他の侍女が側に寄ってきて、皿の上に薔薇をかたどった果物をのせた。
「食べてごらんなさい。たっぷりの蜜をかけていただくのも美味しいのよ」
「いただきます」
皿の上に盛られた果物にフォークを挿し、そっと口に運んでみた。甘い蜜の香りがする。蜂蜜漬けなのかもしれない。
「どうかしら?」
「とても甘露にございます」
「そうでしょう。デズモンドでは、フルーツをどのように食べますの?」
「生のままいただくこともございますが、ジャムやコンポートのようにすることが多いです」
フォークを下ろして答えると、子爵家の二人が「アルヴェリオンと変わりませんのね」と嬉しそうに笑った。その横で、ディアナがなにか思い付いたようで「そういえば」と呟いた。
「デズモンドには、大人にならないと食べられないフルーツがあると聞きましたわ。とても濃厚で甘いとか」
「あら、それはどんなフルーツかしら? リリアナは知っているの?」
「……いいえ、存じ上げません」
「まあ、そうですの? 私がお聞きした話では、魔族の女性は成人すると、必ず食べるそうです。舌触りはとろりとして、チーズのように濃厚でいて、うっとりしてしまうほど甘露だとも聞きましたわ」
そんな果物は聞いたことがない。
なにをいっているのか見当もつかず、首を傾げていると、ディアナは頬を赤くして「夜の果実と呼ばれているとか」といい、喉をこくりと鳴らした。
「申し訳ありません。私の記憶にはそういった果物はありません」
「あら、そうですの?」
「リリアナは成人してすぐに、エドワードへ嫁いだのですから、知らされずにこちらへ来たのかもしれないわね」
「……そうかもしれません」
「残念ですわ。魔族の夜には欠かせない蜜の味。どんなものか聞いてみたかったのに」
がっかりとした様子のディアナが発する言葉の端端から、淫らなものが感じられた。ほうっと口からこぼれるため息も、どこが艶やかだ。
もしかしたら、彼女がいう果物は精力剤の材料となる木の実かもしれない。確かに、デズモンドにあるけど、それをそのまま食べるとか聞いたことがないわ。精製しないと、毒性も強くて危険な木の実の筈だけど。
別に禁忌の果物という訳ではないし、アルヴェリオンに情報が渡っていてもおかしくはないのだけど。
なぜ、そんなものをここで話題に出したのか。
考えると背筋が震えた。
「デズモンドにしかない果物もあるのですね」
返す言葉に困っていると、マリアンヌが話しかけてくれた。
「そうですね。アルヴェリオンでは、どういった果物が好まれるのですか?」
「今はアンズが食べごろですわね。セルダン領にはアンズの栽培を行い、お酒にしてますのよ」
「もう少ししたら葡萄が食べごろですわ。ノーブル領では、葡萄酒を作ってますのよ」
二人の令嬢がそろって「リリアナ様にご賞味いただきたいです」というと、ヴィアトリス王妃は楽しそうに笑って「仲のよいこと」と呟いた。
次回、明日8時頃の更新となります
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