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第36話 魔族令嬢は、夜のお茶会へゆく

 静かに夜が更けてゆく。

 エドワードとの晩餐を終え、部屋で一休みした後に、真新しい水色のドレスへと着替えた。この日のために、サフィアに用意してもらったドレスだ。


 透けるように薄い生地が重ねられた淡い水色のドレスには、いくつものガラスのビーズが縫い付けられている。それ以外の華美な装飾のない、シンプルなものだだけど、まるで朝露をまとったように清楚で美しい。

 穢れを知らない乙女に相応しい、清らかなドレスは、エリザ様が五年前に袖を通したドレスに似せて作らせたもの。これを見て、ヴィアトリス王妃は何を思うのかしら。


 魔法の灯りで照らされた廊下をデイジーと共に進んだ。昼間なら幾人もの侍女ともすれ違うというのに、今日はしんと静まり返っている。


 ロベルト王の居室の前を過ぎ、その横にある扉の前で立ち止まった。壮麗な扉の前には、二人の若い衛兵が立っている。


「ヴィアトリス王妃の招待で参りました」


 招待状を見せると、衛兵たちは一礼をしてから扉に手をかけた。

 重たい扉がゆっくりと開けられる。この奥にヴィアトリス王妃がいるのね。

 深く息を吸い、ゆっくりと足を踏み出した。


 広い部屋を照らす魔法の灯は小さく、広い部屋はぼんやりと幻想的に照らされている。壁の花模様がその光を反射して、キラキラと輝く様は幻想的で、どこか怪しくもある。


「リリアナ、待っていましたよ」

「お招きいただき光栄です、王妃様」


 ドレスの裾を摘まみ上げ、静かに淑女の挨拶を披露する。

 出迎えたヴィアトリス王妃は、美しいナイトドレスの裾を揺らして歩み寄ってきた。いつもの重厚な金糸のドレスとは異なり、今日は真っ白で、まるで聖女のような姿だ。だけど、その黒い瞳は私を射抜くように冷たい。私のドレス姿を、上から下まで見る瞳は、まるで値踏みをしているようだ。


「ナイトドレスでいらっしゃいと、いったのに」

「王妃様の手前、そのような姿では失礼かと存じます」


 ヴィアトリス王妃は顔色変えずに「そう」と興味なさそうに呟いた。

 まさか、このドレスを見てなにも思い出さないの?


「さあ、お掛けなさい。他にお呼びした令嬢たちを、紹介しましょう」


 席に座っていた三人の令嬢が静かに立ち上がった。


「ノーブル子爵家クラリッサ嬢」と紹介された花柄のドレスを着た令嬢が静かに淑女の挨拶を披露する。私と同じくらいの年頃だろう。次いで「セルダン子爵家マリアンヌ嬢」と紹介された令嬢も、同じくらいの年頃で、素朴な印象だ。顔を上げた二人は、少し緊張した面持ちで私を見ている。


「二人とも、リリアナと年の頃が近いのよ。仲良くして差し上げて」

「こちらこそ、よろしくお願いします。アルヴェリオンのことは知らないことばかりなので、色々と教えてくださいね」

「身に余る光栄でございます、リリアナ様」


 ほっと安堵の吐息をついた二人は、もう一度ドレスの裾を持ち上げ、腰を屈めた。それを見て微笑むヴィアトリス王妃は、ピンクのドレスを身にまとった令嬢に歩み寄った。


「もう一人、いらしてよ。こちらはパスカリス侯爵家のディアナ嬢」

「お初にお目にかかります、王弟妃殿下」

「お会いできて嬉しいですわ」


 先に紹介された子爵家の令嬢たちとは異なり、私の目を真っすぐに見る彼女の瞳には、なにか決意めいたものがあった。


 脳裏に、ベルフィオレ公爵夫人の話が蘇る。


 この令嬢が、どこぞの騎士へご執心しているというディアナなのね。ピンクのドレスは金糸で美しい刺繍が施され、子爵家の二人と比べると裕福な家柄で育ったことがよくわかる。ただ、その胸元は大きく開き、たわわな胸がこぼれそうなデザインで、少しばかり品性にかける姿にも見える。本人は、胸の谷間を見られることを気にもしていない様子だ。


「さあ、皆さん、お掛けになって。今宵は楽しい時間をすごしましょう」


 ヴィアトリス王妃が告げると、控えていた侍女たちが動き始めた。

 ゆったりとした布張りの長椅子に座ると、中央のテーブルに、次々と銀のティーセットが運ばれる。


「先日いただいた薔薇の紅茶、とても美味しかったわ。私も、とても幸せになれるお茶を取り寄せましたのよ」


 銀のカップに注がれる赤いお茶が、ふわりと甘い香りを立ち上げた。その香りはとても濃厚で、まるで熟した果物のようだ。

 テーブルには、美しくカットされた果物やケーキや焼き菓子も次々に並べられる。

 一見すれば、なんの変哲もないお茶会だけど、なにかが違う。


「お口に合うといいのだけど」


 含み笑いをするヴィアトリス王妃は、カップを優雅な手つきで持ち上げ、香りを楽しむ。それに習うように、私もカップを口元へと近づけた。


 甘い香りが鼻腔から胸の奥に入り込んできた。


「どうかしら?」

「……とても芳醇な香りにございます」

「素敵でしょ。蜂蜜ともよく合うのよ」


 とろりとした蜂蜜をカップに垂らし、スプーンで静かにかき混ぜる。すると、ディアナも王妃のまねをして紅茶を一口飲むと、うっとりとした表情を浮かべて「美味しゅうございます」といった。


 この甘い香り、どこかで嗅いだことがある気がする。それに、これを飲んではいけないような気がする。

 胸のブローチにそっと触れ、カップを受け皿に戻した。


次回、本日18時頃の更新となります


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