第30話 魔族令嬢は『月影の恋歌集』に心を痛める
塔の階層によって、蔵書の種類が異なっていた。
二階は子ども向けの絵本やお料理の本が収められていた。城に出入りする者なら、誰でも本を読みに立ち入ることができるそうだ。幼い貴族子女のために、絵本の貸し出しも行っていると、サフィアが教えてくれた。
三階、四階は古い伝承から市井で流行る物語集まで、様々な書物を収めているそうだ。
「四階までは、どなたでも入ることが出来ます。書物も、一部を覗いて貸し出しが認められています」
「一部を覗いて?」
「絶版のものや、貴重なものは貸し出しておりません。さらに上の階は、魔術師の資格を持たないと、入室すらできないことになっています」
「そう……『月影の恋歌集』は、どこにあるの?」
「四階です」
案内された四階にも、たくさんの本があった。
整然と並べられる本棚を辿りながら、進むサフィアの後をついていった。歴史、伝承、物語集──それらを眺めていると、サフィアが中から、一冊の本を手に取った。
「こちらでございます」
表紙には飾り文字で『月影の恋歌集』と書かれている。厚い表紙をめくると、表題が並ぶ目次が目に入った。
「……これが落ちていた場所はどこ?」
「ご案内します」
サフィアについていくと、板の打ち付けられた窓が見えた。そのすぐ側には椅子がいくつか並んでいる。本を読んだり、休憩するように椅子は置かれているのだろう。
他の壁をみるも、窓枠に打ち付けられた板は、ここだけだわ。これって、おそらく──
「エリザ様は、ここから転落したの?」
「……はい」
俯いたサフィアの弱々しい声が、辛く胸に響いた。
板が打ち付けられたのは、やはり事故と判断され、今後、事故が起きないようにという警告のようなものね。
板の隙間から見える塔の外を眺め、エリザ様がなにを見て、なにを考えていたのか思いを巡らせてみた。だけど、隙間から見える外の景色では、なにも伝わってこない。
「リリアナ様、こちらをご覧ください」
そういったサフィアは『月影の恋歌集』を開いた。
パラパラと音を立てて、薄い紙がめくれる。その先にあったのは、無惨破かれたページだった。
「これは?」
「……転落したエリザ様が、このページを握りしめていました」
「このページを?」
「はい……読んでいたところ、転落したのだろうと」
サフィアの言葉に、やるせない思いを感じた。
「ここに書かれていた物語のこと、もしも、わかるなら教えてくれる?」
「……書かれていたのは『瑠璃姫の涙』という、悲恋の物語です」
サフィアに勧められ、椅子に座って彼女の話に耳を傾けた。
◇
ある国に、心優しい姫がいた。
彼女は城の若い騎士とひそかに愛を誓い合っていた。だが、冷酷な魔女である継母は、誰からも愛される姫を妬んだ。魔女は姫を陥れるため、一つの罠を仕掛ける。若い騎士を遠い戦場へ送り、姫に偽の訃報を告げたのだ。
悲しみに暮れる姫に、継母は甘い言葉をかけ、魔法の葡萄酒を飲ませる。魔法で心を失った姫は、継母が差し向けた隣国の貴公子を、愛する騎士と誤信してしまう。彼を受け入れてしまった姫は、やがて子を宿した。
戦場から生きて戻った騎士は、姫の懐妊を知り、裏切られたと絶望する。
全て継母の罠だったと知った姫は、耐えることができずに塔から身を投げてしまう。その夜、空に赤い星が二つ流れたのを多くの人が目撃し、きっと、姫と御子の魂だろうと、泣いたという。
姫の死と継母の罠を知った騎士は、姫が最期まで握りしめていた瑠璃のペンダントを胸に、魔女である継母を討ち取った。
こうして赤い瑠璃は、恋の試練に耐える恋人たちのお守りとなった。夜空に輝く赤い星は、瑠璃姫の涙だと今もなお語り継がれている。
◇
サフィアは時折、言葉をつまらせながら、物語を掻い摘んで教えてくれた。
最後まで聞き、私は胸の内で「そういうことか」と呟いた。
エドワードの心にエリザ様が残っているのも、ヴィアトリス王妃が彼女の死に関わっていると考えているのも、『瑠璃姫の涙』を握りしめていたのなら頷ける。
エリザ様にお相手がいることを知るのは、限られている。エドワードとサフィア、それとエリザ様の兄であるローレンスくらいだろう。王家に嫁ぎながら、他に想い人がいるなど、口が裂けてもいえない。だから、エドワードたちもそのことを口にできず、調べがおざなりになったのね。
「私は……あのページがエリザ様の心の叫びとしか思えないのです」
「サフィア……辛いことを思い出させて、ごめんなさいね」
静かに立ち上がり、サフィアをそっと抱き寄せた。耳元で「申し訳ございません」と謝り続ける彼女に「いいのよ」といいながら、その震える背を撫で続けた。
やはり、ヴィアトリス王妃に、エリザ様のことを問いただす必要があるわ。それを、ブローチの魔法で記録して、ロベルト王にも聞かせなければ。
次回、本日18時頃の更新となります
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