第3話 魔族令嬢は、城に咲く薔薇になにを思う?
エドワードに連れられ、王城内で王族が暮らす居住区へときた。その一室に案内されると、先に荷物の整理をしていたデイジーが出迎えてくれた。
「リリアナ様、お顔の色が優れないようですが……」
「心配ないわ。少し、疲れが出ただけよ」
おろおろとするデイジーに微笑み、エドワードを振り返る。
「エドワード様、先ほどは失礼いたしました」
「先ほどとは、なんのことだい?」
「王妃様からの言葉に戸惑い、すぐにお返事をすることができませんでした」
「ああ、気にすることはないよ。妃殿下は少々気難しいところがあるが……私が君を守るから、安心して欲しい」
慈しむように私を見る双眸に、憂いのような影がよぎった。だけど、その憂えた表情は一瞬のことで、少しだけ顰められた眉も、気付けば元のように凛々しく上がっている。
私を守るといった言葉に、引っ掛かりを感じる。もしかして、エドワードはヴィアトリス王妃に、なにか不信感を抱いているのかしら。この国は、なにか問題を抱えているの?
魔王様から仰せつかったのは、王弟エドワードに嫁ぐこと。
それは、我が国デズモンドとアルヴェリオン国の不可侵条約を、より強固にするための取り決めだと聞かされた。提案したのは、ロベルト王だったはずよ。まさか、ヴィアトリス王妃は望んでいなかった?
だとしたら、なにか企みがあるのかもしれない。もしや、アルヴェリオンに攻め入ろうと考えているとか?
そうであれば、魔王様の血族であるフェルナンド公爵家の私が選ばれるのも、納得だわ。
「リリアナ?」
「……今後は、ご迷惑をおかけしません」
「迷惑なんて思っていないのだが」
ふわりと微笑むエドワードは、私の手を取ると、こちらにといって部屋の奥へと導いた。
「ここから見える中庭が、とても美しいんだ」
「庭、ですか……?」
「君はフェルナンドの薔薇、そう呼ばれると聞いているが……どうだい、アルヴェリオンの薔薇は」
大きな窓を開け放つと、ふわりと春風が入り込んだ。ほのかに甘い香りが漂ってくる。
バルコニーから下を見渡すと、色とりどりの薔薇が咲き乱れていた。
魔王様のお城にも大きな庭園はある。ただ、その庭に咲く草花、樹木は全て魔法薬を作るためのものだ。美しさを楽しむものではない。
春を喜ぶ蝶やミツバチが飛び、小鳥のさえずりが聞こえる。
「……この薔薇は、なんのためのに植えられているのですか?」
「面白いことをきくね」
「デズモンドに咲く薔薇には棘があります。それは、命を守る……武器なんです」
「フェルナンドの薔薇は、武器なんかじゃないよ」
「……私はお飾りだと仰りたいのですか?」
少し驚いた顔をしたエドワード様は瞳を細めると、庭へと視線を移した。
武骨な指先が、ピンクの薔薇を指差した。
「あれは、亡き母が愛した薔薇だ。そして、その横にある紫の薔薇は、祖母の薔薇」
「……王家の方々は薔薇を育てられるのがお好きなのですね」
「いや、そういう習わしなんだ」
「習わし、ですか? 薬にも毒にもならない花を育てるだなんて、無駄ですね」
「はははっ、そうでもないさ。薔薇の実は食べることもできるし、花弁だって茶にできる」
「そうなのですか?」
美しさだけが取り柄だと思っていた薔薇の花が、まさか食用になるだなんて思いもしなかった。
棘の多い薔薇の花は、デズモンドでは、美しさの中に武器を隠し持つ女の象徴だ。私は所詮、魔王様の武器でしかない。なのに、人族の国では、薔薇を食べるだなんて。
「花びらの砂糖漬けもあるぞ」
「……お菓子にするのですか?」
意外過ぎる話に驚きが隠せず、食い入るように訊き返せば、エドワードは嬉しそうに頷いた。そうして、中庭の中央にあるパーゴラを指差す。そこには赤い薔薇の蔦が絡まり、美しく咲き誇っていた。
「あの薔薇は、アルヴェリオンの母と名付けられている」
「アルヴェリオンの母?」
「戦争が絶えなかった時代、城で働く女たちの心を癒し、食糧にもなる薔薇を、当時の王妃が植えたんだ」
「……その方を称えて名付けられたのですね」
「ああ。それから、歴代の王妃が薔薇を植えている」
なるほど。人族の国にも戦争の歴史があるのね。
未だ争いの絶えないデズモンドでも、いつか『アルヴェリオンの母』のように、美しい習わしができるのかしら。
命を守る棘ではなく、その花を求められ、語り継がれている事実が、少しだけ羨ましい。
私は、フェルナンドの薔薇──魔王様の武器は、このアルヴェリオンでどう輝けばいいのかしら。
庭を見渡し、小さくため息をつくと、エドワードの大きな手が、そっと肩に触れた。
抱き寄せられたことに驚き、慌てて距離をとろうとすると、彼は少しだけ驚いた顔をしてから嬉しそうに笑った。
「少しは意識してくれたのかな?」
少し悪戯っ子のように笑う顔に、鼓動が跳ねた。
次回、本日17時頃の更新となります
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